けんこう教室
認知症はよくなりますヨ(中)
『認知症はよくなりますョ』(本の泉社)の著者で4年間にのべ約1万人を診療してきた稲葉泉医師が語る認知症のしくみ。
3回連載の2回目は、実際の診療場面から認知症の治療について説明します。
①Aさん
90代女性/物忘れ/高血圧/
主治医なし
Aさんは日常生活での物忘れをきっかけに受診しました。身体の症状としては高血圧もありました。
長谷川式認知症検査をしたところ、30点満点で21点でした(20点以下で「認知症の疑いが高い」とされます)。その他、指模倣試験なども行いました。
その結果、私は「加齢に伴う認知機能の低下」と診断しました。家族に十分説明して、投薬はしていません。むやみに認知症の薬を使ったり血圧を下げると、日常生活に支障が出る可能性が高いのです。降圧剤で脳の血のめぐりが悪くなってしまうこともあります。
家族はノートに日々の血圧を記録してくれています。
②Bさんご夫婦
80代/物忘れ/
ゴミ屋敷で近隣とトラブル
Bさんご夫婦は、近隣とのトラブルをきっかけに受診しました。ゴミを近所の家の前に置いてしまうとのことでした。
一通りの検査をして、ご夫婦ともに「前頭側頭型認知症(ピック病)」と診断しました。興奮やイライラを抑える漢方薬「抑肝散」を処方して、あとは周囲に接し方を工夫してもらうことで改善しました。
周囲の支援を受けてゴミ屋敷も片付き、穏やかに生活しています。
私が診療してきた患者さんのうち、AさんやBさんご夫婦のような経過をたどる方は多くありません。次のCさんのような方が典型例と言っていいと思います。
なぜ典型的ではない方から紹介したかというと、決まり切った認知症の治療そのものが患者さんの生活を奪ってしまうことがあるからです。前回は多くの患者さんに見られる多剤服用(ポリファーマシー)の問題や「認知機能に影響をあたえる薬剤」について指摘しました。また認知症薬であっても、患者さんの症状に見合う投薬量を見極める重要性を述べました。ぜひ知っておいてください。
③Cさん
80代女性/アルツハイマー型認知症/
糖尿病/ひとり暮らし/要介護2
Cさんは息子夫婦、ケアマネジャーと一緒に受診しました。私が初診するまでの4年間、他院でアルツハイマー型認知症と診断を受け、認知症薬(ドネペジルとメマンチン)を服用。その他、糖尿病や血圧の薬、睡眠薬、抗不安薬、胃酸を抑える薬、かゆみ止めの薬などを処方され続けていました。
訪問看護師によって、薬と食事は管理されていたようです。時々泊まる息子さんの話によると、睡眠中の大声や奇異な運動・行動を特徴とする「レム睡眠行動障害」が見られました。
さらに1カ月ほど前から意識消失が頻回に起こり、そのつど救急受診。MRIや心電図に異常はなく、医師からは「お年だからそういうこともあります」と言われたそうです。
私は各種検査ののちに、アルツハイマー型認知症にレビー小体型認知症を合併していると診断しました。認知症薬(ドネペジル)を徐々に減らし、血圧の薬や睡眠薬、抗不安薬などは中止に。家族には過重な投薬をやめて、穏やかな介護が必要であると説明しました。
4カ月経過したところで、長谷川式認知症検査は3点から12点に改善。下がりすぎていた血圧が改善し、意識消失はなくなりました。その後2年間、買い物などもほぼ自立して、ひとり暮らしを続けています。
Cさんは多剤服用による「薬剤起因性老年症候群」※が強く疑われるケースです。
※前回の「薬害起因性老年症候群」という表記は間違いです。お詫びして訂正します。
家族や周りの協力が重要
認知症の治療では、家族や周りの方々の理解と協力を得ることがとても重要です。
家族の関わり方は、患者さんの認知機能の改善に影響を与えます。介護者が症状や治療についてきちんと理解し、協力が得られれば効果はてきめんに上がります。
実は「認知症がどんな病気なのか」「何のための薬なのか」「何に気をつければ良いか」などを知ろうとしない家族も多いのです。患者さんとは別に「認知症家族のための専門外来も必要だなあ」と思うくらいです。
診療の際に、家族の協力として私が望むことは、自宅での様子や血圧を記録したノートを持ってきてもらうことです。治療にとても役立ちます。
次に家族ができる治療についてお話しします。
・まず、家族はがんばりすぎない
介護者が疲れてしまわない工夫がとても大切です。「間違い探しではなく、いいところ探し」で明るく前向きに接してください。
・生活リズムを整える
生活リズムが乱れている患者さんがたくさんいます。日中は身体を動かさずに居眠りをして、夜眠れない悪循環に陥って経過が悪くなることがよくあります。
「睡眠を整える」ことは脳の疲れをとり、脳細胞を修復する“解毒”のためにとても重要です。
・食事の工夫をしつつ、楽しさの演出を
アルツハイマー型認知症では、重症化すると食べたこと自体を忘れてしまいます。このことを知っておき、楽しく食事を摂るように接してください。前頭側頭型認知症では食事量のコントロールができず、特に甘いものをあるだけ食べてしまうので注意が必要です。脳血管性型認知症ではむせ込みが起きることが多く、誤嚥性肺炎に注意しましょう。
・優しく見守ること
これはすべての病状において一番大切なことです。笑顔や楽しい雰囲気が患者さんを安心させ、穏やかにします。
◆
認知症と診断されても、病院での治療がすべてではありません。もっとも大切なことは家族の理解と協力です。
超高齢社会の日本では、そこに暮らすすべての人(医療従事者も含め)が“老化”についてきちんと理解する必要があると思います。私は市井の一国民として、一億分の一の声をあげていきたいと常々考えています。
次回は認知症の予防などについて、世界との比較も交えてお話しします。
〈著者の書籍紹介〉
『認知症はよくなりますョ
患者と家族のこころを支える
治療とケア』
著者:稲葉 泉
出版社:本の泉社
定価:1320円(税込)
いつでも元気 2022.4 No.365