けんこう教室
認知症はよくなりますヨ(上)
『認知症はよくなりますョ』(本の泉社)の著者で4年間にのべ約1万人を診療してきた稲葉泉医師が語る認知症のしくみ。
3回連載の1回目は、認知症の症状や検査、薬の服用についてです。
みなさんは認知症に対して、どんなイメージを持っていますか?
主な症状の「物忘れ」でしょうか。「家族のことが分からなくなってしまう」もしくは「道に迷って家に帰れない」というイメージかもしれません。
一言で認知症といっても、原因や症状はさまざまです。なぜこれだけ社会問題になっているのかというと、人の老化に伴う手ごわい脳の病気だからです。まずは原因を知り、正しい知識を持つことがとても大事です。
もしあなたや、あなたの家族、大切な人が認知症になっても諦めないでください。
認知症であってもなくても、一人ひとりにふさわしい年のとり方があります。それを支え、のびのびと生活を送れるようになるためのお話をしていきます。
症状と検査
認知症は脳のどの部分に異変が起こるかによって病態や症状が異なり、さまざまなタイプに分類されます(資料1)。その人の生きてきた背景や性格などによっても症状が微妙に違いますが、どの認知症にも典型的なサインが見られます。それを診断の基準にします。
どの認知症にも共通しているのが「記憶障害」です。物忘れがあると、「もしかして」と不安を抱える方がたくさん受診します。老化によって人の名前がすぐに出てこないとか、前日の晩ご飯のメニューを思い出すのに時間がかかることはよくあります。記憶をたどって思い出すことができたり、内容の一部を忘れることは認知症とは考えません。
一方、認知症の物忘れは食べたこと自体を忘れてしまいます。あったこと自体を忘れるのは「エピソード記憶障害」といい、認知症である可能性が非常に高いです。
ご本人に年齢をお聞きした際に、特にアルツハイマー型認知症では年齢を答えることができません。大抵は生年月日をおっしゃいます。「もう年だから私、年齢なんか関係ないのよ」と話す方はとても多く、そばにいるご家族の方を振り向いて確認したり、取り繕ったりします。
また「鍋焦がし」をきっかけに受診する方もいます。料理の途中で、鍋をコンロにかけたまま忘れると焦がしてしまいますよね。これが頻回にある方は、アルツハイマー型認知症の可能性があります。
認知症の検査はまず、質問による物忘れ検査(「長谷川式認知症検査」など)を行います。さらに「指模倣試験」や「時計描画」なども簡便で分かりやすい方法です。それに加えて、脳の画像検査も行います。
なぜ難しい病気なのか
認知症が発症すると、その後どのように進行していくのか、資料2を見ながらイメージしてみましょう。
これはAさんの脳内で認知症発症のリスクが蓄積されていく様子を表したグラフです。Aさんは80代半ばでアルツハイマー型認知症を発症したあと、90代で脳血管性認知症が加わり、さらにレビー小体型認知症がかぶさってきました。年を重ねるとさまざまな認知症が重複し、合併するのです。
いくつかの種類の認知症が混在しているわけですから、各々の認知症の特徴をきちんと見定めながら治療やケアを行うことが大切です。特に投薬は慎重にしなければなりません。介護にあたるご家族にも、そのことをしっかりと理解していただきたいと思います。
正しく治療が行われれば、記憶力を完全に取り戻すことは無理でも、思い出すスピードが速くなったり、穏やかな生活を送ることは可能です。
お薬手帳をチェック
物忘れ外来に来た方に私がまずすることは、「お薬手帳」「生活習慣」「お酒を飲むか/タバコを吸うか」の確認です。特に注目するのはお薬手帳で、必要以上に大量の薬を服用することで起こる多剤服用(ポリファーマシー)の問題があるからです。
たくさん服用している薬の副作用として、認知機能の低下や抑うつ、ふらつき・転倒、せん妄、食欲低下、便秘、尿失禁・排尿障害などの症状が現れる方が多くいます。「薬害起因性老年症候群」と呼ばれ、マスコミでも取り上げられるようになりました。
高齢になるとさまざまな症状により、複数の診療科を受診することがよくあります。生活の様子を少し聞くだけで、簡単に薬を処方してしまう医師もいます。これが漫然と継続されることによって、多剤服用の問題が生じます。
多剤服用の大きな弊害として、認知機能の低下があります。私は最初の受診時に、お薬手帳をチェックすることが一番大切だと考えています。また単体で認知機能を低下させる薬もあるので注意が必要です(資料3)。
「少量投与」で改善することも
認知症を改善するために開発された薬が正しく処方されず、悪化の原因になっていることも見逃せません。現在、認知症の薬は4種類あります(資料4)。ドネペジル、ガランタミン、メマンチンは飲み薬、リバスチグミンは貼り薬です。医師が処方する薬には「増量規定」が設けられており、製薬会社が決めた用法・用量に従って増量しなければならないとされています。
多くの医師は症状・経過に関係なく「増量規定」を忠実に実行します。その副作用と思われる暴言、暴力、興奮などの症状が激しくなったり、認知機能低下で寝たきりになってしまう患者さんも少なくないのです。厚生労働省は2016年に、「少量投与」を容認するという通達を出していますが、普及しているようには見えません。
私はその人に合わせた少量投与を実行しています。投薬のルールは「その人の症状に見合う量の見極めをしなければならない」ということに尽きます。
薬を減らしてみると症状が改善することが多く、最初はとても不思議でなりませんでした。慎重で適切な投薬量・治療によって初めて、記憶障害などの中核症状や、ご家族が困ってしまう激しい症状もよくなるのです。
治療に携わる基本は、ご家族の負担になっている症状を軽くすることです。介護者の負担を軽くすることが、患者さんの元気を長続きさせる秘訣です。
次回は患者さんに対する家族の接し方などについて話します。
〈著者の書籍紹介〉
『認知症はよくなりますョ
患者と家族のこころを支える
治療とケア』
著者:稲葉 泉
出版社:本の泉社
定価:1320円(税込)
いつでも元気 2022.3 No.364