まちのチカラ
富士の絶景と湧水の里
文・写真 橋爪明日香(フォトライター)
山梨県の南東部、富士北麓に位置する忍野村。
富士山の伏流水が湧く忍野八海をはじめ、清らかな水が土地を潤します。
霊峰と密接な関係にある村の魅力をご紹介します。
※感染対策をしたうえで取材しています
東富士五湖道路の山中湖インターチェンジから車で約5分、雄大な景色が広がる忍野村に到着しました。村から眺める富士山は忍野富士と呼ばれます。富士山写真家として著名な岡田紅陽氏の作品にたびたび登場し有名に。岡田氏は千円札のデザインの元となる逆さ富士を撮影しています。
村のどこからでも美しい富士山を望めますが、一番のビューポイントを求めて二十曲峠へ。村の中心部から内野という集落を抜け、天狗社の先の三叉路を左折して登って行くと、名前の通りカーブの多い峠道があります。現在は林道が整備されていますが、道幅が狭いので注意してドライブしてください。
標高1150mの峠広場に到着すると、他を圧する絶景に出会えます。眼下に広がる忍野盆地を富士山が抱いているかのよう。二十曲峠からの眺望は、今も昔も“日本人の心の原風景”として多くの人々に感動を与えています。
神秘の泉 忍野八海
村の中心部には、富士山に降った雪や雨が長い年月をかけて伏流水となって湧き出した忍野八海があり、海外からも観光客が訪れます。
八海とは、「出口池」「お釜池」「底抜池」「銚子池」「湧池」「濁池」「鏡池」「菖蒲池」という8つの池の総称。それぞれに大きさや形が違い、言い伝えもさまざま。透明度が高く周りの景色を鏡のように映し、美しく透き通った青色の世界を大きなニジマスが泳いでいます。
国の天然記念物や名水百選に選定され、2013年には富士山?信仰の対象と芸術の源泉の構成資産の一部として世界文化遺産にも登録されています。
「天保年間に飢饉でたくさんの人が苦しんでいた時に、村人の救済事業としてたくさんある池の中から星占いで8つの池を選び、八大竜王を祀りました。富士講の人々が多く訪れ、村人は救われました」と語るのは、忍野八海に隣接する東圓寺の鷹野慈誠住職。
7つの池を北斗七星に、1つを北極星に見立てて配置し、各池に守護神の八大竜王が祀られています。富士講の修験者は富士登拝を行う前に、八海で水行し身を清めました。今も四季折々に美しい神秘の泉を、心静かに巡礼してみるのもいいでしょう。
縁起物 軒先のヒイチ
伝統的な日本家屋が建ち並び、ところどころに茅葺き屋根も残る村内を歩いていると、家々の軒先に大きな三角形の布袋が飾られていることに気づきます。これは村に古くから伝わるヒイチという縁起物です。
ヒイチは毎年1月14~15日の小正月を祝う道祖神祭りに合わせて制作され、色とりどりの紙の吹き流しや絵馬などとともに奉納されます。祭りが終わると、地域の子どもたちがヒイチを売り歩きます。
各家庭で魔よけとして玄関などに1年間掲げるのがならわし。結婚・出産などがあった家庭でヒイチを作るしきたりでしたが、現在では作ることができる人も少なくなっています。
作り手のひとり、渡辺つる子さん(82歳)は毎年暮れになると近隣住民のために20個ほどのヒイチを手作りしています。その制作風景を見せていただくと、「くれべえな(あげるよ)。み?んな縫って、嬉しい人にみんなくれるよ。お前さんもほう、持ってけ」と温かい一言。愛情込めて作られたヒイチは、縁起物に違いありません。
湧水で極上の豆腐
村の名物といえば、やはり富士の名水から作られる蕎麦や野菜、豆腐が人気です。特に80%以上が水でできている豆腐は極上の一品。全国から来店客が絶えない豆ふの駅 角屋豆富店を訪ねました。
元気に迎えてくれたのは店主の渡辺久女さん(83歳)。孫と一緒に店を切り盛りするアットホームな雰囲気が魅力です。「豆腐作りは夫の両親が始めました。山中湖の別荘地が開けた頃にテニスが流行して、あちこちに売り込みに行きましたよ」と行商の思い出を語ります。舌触りの滑らかな豆腐は喉越しもよく、思わず「うまい!」と舌鼓。ぜひ大豆の甘みを存分に感じながら、堪能していただきたい一品です。
「富士山にめいっぱい恵んでもらっている世界一の水で、おいしい豆腐を作っていきたいです。お客さんの顔を見るのが大好きなのよ」と、渡辺さんは今日も笑顔で店先に立ちます。
富士の絶景と湧水の里、忍野村。こんこんと湧く澄んだ水のように、訪れる人を心から清らかにしてくれます。
■次回は佐賀県基山町です。
まちのデータ
人口
9749人(7月末現在)
おすすめの特産品
蕎麦、とうもろこし、豆腐
よもぎ饅頭
アクセス
東京から車で約2時間
問い合わせ先
忍野村観光案内所
0555-84-4221
いつでも元気 2021.10 No.359
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