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いつでも元気

いつでも元気

ちいさいひとはいま

ジャーナリスト 小宮純一

 児童虐待の実態を描いた漫画『ちいさいひと 青葉児童相談所物語』(少年サンデー連載)が人気だ。
 深刻なテーマにもかかわらず単行本の累計発行部数は165万部を超え2010年に始まった連載は中断を挟み今も続く。
 原作のテーマ取材と解説を担当する小宮純一さんが虐待と児童相談所の現状を語る。

 漫画の主人公は自らも虐待被害者で児童相談所で働く児童福祉司の相川健太。仕事のあり方で悩み、時には上司と対立しながらも虐待に苦しむ子どもたちを救出していく。
 漫画で扱ったテーマは、DV(夫婦間暴力)と虐待の連鎖▽里親への養育委託と子どもの試し行動▽東日本大震災編(宮城県石巻市を取材)▽見失われた子ども(居所不明児童)▽教育虐待▽施設内虐待▽子どもの貧困▽東京・目黒区の船戸結愛ちゃん死亡事件編など多岐にわたる。
 虐待は身体的虐待、心理的虐待(保護者同士のDVの目撃など)、ネグレクト(養育放棄)、性虐待の4つに分類される。
 最悪の結果は虐待で子どもが命を失うこと。厚生労働省の調査では、2003~17年の15年間で779人(735事例)が死亡しており、およそ1週間に1人の割合で亡くなっている。現在は無理心中による子どもの死亡も虐待死としており、この527人を加えると、さらに多くの虐待死が起きていることになる。
 虐待が子どもに与える影響は絶望感や無力感、恐怖体験によるトラウマ、辛い体験を記憶の底に沈めたまま生きるなどが指摘されているが、私が特に深刻だと考えるのが「愛着障害」だ。
 どんなことがあっても自分を大切にしてくれる存在(保護者という愛着対象)を失った子どもは、常に臨戦態勢で生き抜くことになり他人を信用しない。
 なかでも性虐待の被害に遭った場合は「魂の殺人」とも呼ばれる心理的な傷=トラウマを抱え、自尊心がズタズタになり、自分を誰かに愛される資格のない存在だと思うことも多い。自分も他人も大切な存在だと思えない。これは最大の権利侵害だ。

コロナ禍で家族にストレス

 コロナ禍は子どもにも大きな影響を与えている。もともと葛藤を抱えていた家族に、外出自粛で“おうち時間”が長くなった結果、ストレスが加わるためだ。
 消毒や手洗いを巡って夫婦間暴力が発生し、それを子どもが見たり(面前DV)、保育施設の休園で乳児を育てる母親が孤立し「子どもを殺して自分も死にたい」と、泣きながら児童相談所(児相)に相談に来ることもある。
 こうした家族の状況を把握するには児相による訪問調査が必須。ところが「感染が怖いから」と断られたり、玄関のみで応対されて子どもを目で確認できなかったり。直接会えず、やむなくLINEのビデオ通話で安全を確認している児相もある。

児童相談所の実態

 児相は行政機関で全国の都道府県、政令市、中核市に220カ所ある。児童福祉司、児童心理司、医師、弁護士、保健師、一時保護所の指導員、保育士など多くの専門職が働いているが、日常生活ではあまり出会う機会がない“お役所”だ。
 初めて児相を取材したのは、地方紙の記者だった1990年代前半。場合によっては親と子どもが分離され(一時保護)、親と一緒には暮らせない子(施設、里親などへの養育委託措置)もいると知り、児童福祉法に基づく強い法的権限を持つことに驚いた。
 児相は“子どもを守る砦”といわれ、18歳未満の子どもに関するあらゆる相談に応じる。虐待だけでなく、保護者の精神疾患や薬物・アルコール依存などによる養護相談、子どもの障がい相談、非行問題などにも対応している。
 しかし現在は虐待対応の比重が高く、2000年に全体の約5%だった虐待相談件数は、19年度に36%(19万3780件)に達した。これは00年の約11倍に当たる。
 ところが、この間に児相の数は1・26倍に増えたに過ぎず、虐待対応の中心をなす児童福祉司は1313人(00年)から4553人(20年)と約3・5倍増にとどまっている。実態に人的資源が追い付いていない現状だ。
 また、日本の児相職員は地方公務員のため児相以外への異動も多く、経験年数が短くて専門性が定着しにくい。「一人前の児童福祉司になるには10年かかる」といわれるが、現在の日本の児童福祉司のうち約半数は3年未満で、10年以上の経験を持つのはわずか15%。課題は山積みだが、国レベルでも解決策を検討中だ。

支援を受ける力

 虐待した親を“鬼父”“鬼母”などと表現するメディアがよくあるが不適切だと思う。支援の専門家は「虐待してしまう親は、実は助けてほしいと切望している」と見立てていた。
 援助する側は「適切な育児ができる親になるよう指南する役」と思いがちだが、親側は「私は悪い親と思われている」と感じている。親たちが身構えるのは、親自身が成育歴の中で人から助けてもらった経験が乏しいからだ。
 このため援助を求め、支援を受ける力(受援力)が身についていない。支援者が親から「この人なら相談できる」と感じてもらえるよう、親の孤独を解く努力を惜しまないことが大切だ。
 漫画の題材は実際に起きた悲しい事件を基にしているが、制作チームは児相は子どもを救い出すこと、虐待シーンをショッキングには描かないことを心掛けている。それは読者の子どもたちに、「助けて」といえば駆け付けてくれる大人がいるというメッセージを届けたいから。子どもを守るために奮闘する現場の大人にも、エールを贈りたい。


文中の漫画カット
『新・ちいさいひと』(c)夾竹桃ジン・水野光博・小宮純一/小学館 少年サンデーS増刊連載中
『ちいさいひと』(c)夾竹桃ジン・水野光博・小宮純一/小学館 少年サンデーコミックス

小宮純一
NPO法人「埼玉子どもを虐待から守る会」理事、元埼玉新聞記者。共著に『子ども虐待』(有斐閣)


漫画『ちいさいひと』全6巻
『新・ちいさいひと』
8巻まで既刊(いずれも小学館)

いつでも元気 2021.5 No.354