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いつでも元気

いつでも元気

椎名誠の地球紀行 
北大西洋のユートピア

著者撮影

著者撮影

 気分がよい国ってちゃんとある。その逆もある。少し前の話だが、その違いはまず入国する時にはっきり出てくる。
 入国管理のシステムとか、その事務にたずさわる係員の質。こういうのは長年にわたって形づくられていくのだろうから、その国の国際的な位置や文化水準によっていろいろ変化していくのだと思う。
 なんでいきなりこんなことを書き出したかというと、かつて行った多くの国々の中で、入国から出国までとても気分よく過ごせた国が、この空前のコロナ禍でどうなったかということが気になったからである。
 ぼくがもう一度行ってみたいと思っている国はアイスランドだ。イギリスとグリーンランドと北欧三国のちょうど真ん中あたりに位置する大西洋の孤島。北海道と四国を足したくらいの大きさで人口は約35万人。ぼくがいま住んでいる中野区は33万人。改めて思うに、ゆったりした島国ではないか。
 「世界の幸福な国ランキング」というのがあって、国連が毎年まとめている。スイスやブータン、ノルウェー、そしてアイスランドが常連である。そうした情報を得て、どのくらい幸福なんだろうかと興味を募らせて行ってきた。それにしてもヨーロッパは遠い。
 予備的に聞いていた情報は軍隊がないこと、原発がないこと。税金はやや高いが、その代わり病院はすべて無料。学校も無料。いままでそんなユートピアみたいな国があるなんて知らなかった。
 空港では笑顔で入国審査をしてくれる。ホテルは小型で清潔。街を歩く人はみんな微笑んでいる。実は「いい国」にはこれが大切なのだ。

善意の手袋

 通りを行く人が互いににらみあいながらすれ違うという国が、世界にはけっこうある。「出歩く時には気をつけなさい」と注意される国もある。げんにナイロビを歩いていた時は、持っていたバッグを背後から走ってきたやつにひったくられた。ひったくったそいつはラグビーよろしく30m先を走っている仲間にそのバッグを投げ、受け取ったそいつはその先の角にドアを開けて待っていた車に飛び込んで逃げられてしまった。
 警察に行ったら「日本人なら、なぜカラテを使わないんだ」なんて言いやがる。最初からヤルキがないのだ。
 知らない国の通りを歩いている外国人は常に好奇の目で見られている、と思っていい。アイスランドの街を歩いていた時も、向かい側から何かを言いながら接近してきた人がいた。笑顔だけれど一応警戒する。しかしその必要はなかった。「この街はこれから冷えてくるから手袋をしなさい」と言っている。
 その道の少し先にトガリンボウの門の家があって、その門扉のてっぺんに片方ずつの手袋がいっぱいかぶせてあった。拾い物らしい。手袋がない人は使いなさい、という善意の門扉なのだ)。
 また、この国には火山が多く、地熱でいろんなものが煮炊きできる。パン屋さんはガスも電気も使わず、おいしいパンをふかしている。各家庭のお風呂も地熱でわかすので、燃料費はタダだ。
 北大西洋の魚はうまいし、レストランは3階だか5階だか分からないマジックハウスになっていた。コロナが気になって、知り合いの回転寿司店の大将に先月、電話をしたら「孤島だから関係ないよ」と言っていた。いいなあ。ああいう島で人生を送りたい。


椎名誠(しいな・まこと)
1944年、東京都生まれ。作家。主な作品に『犬の系譜』(講談社)『岳物語』『アド・バード』(ともに集英社)『中国の鳥人』(新潮社)『黄金時代』(文藝春秋)など。最新刊は『この道をどこまでも行くんだ』『毎朝ちがう風景があった』(ともに新日本出版社)。モンゴルやパタゴニア、シベリアなどへの探検、冒険ものも著す。趣味は焚き火キャンプ、どこか遠くへ行くこと。
椎名誠 旅する文学館
http://www.shiina-tabi-bungakukan.com

いつでも元気 2021.3 No.352