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いつでも元気

いつでも元気

いのちのケアを重視する社会へ

文・武田 力(編集部)  写真・酒井 猛/若橋 一三

増田 剛さん(全日本民医連会長) 岡野八代さん(同志社大学教授)

増田 剛さん(全日本民医連会長) 岡野八代さん(同志社大学教授)

 コロナ禍は、今までの社会のあり方に疑問を投げかけています。
 経済効率を追うだけでは人間の生活に必要な営みが軽視され、いのちがおびやかされることも明らかになりました。
 「ケアを大切にする社会へ転換すべき」と主張する同志社大学の岡野八代教授と、全日本民医連の増田剛会長が語り合いました。

※リモートで対談しました

増田:岡野さんの新刊『ケアするのは誰か?』を読ませていただきました。私たち医療・介護従事者が日々実践しているケア(世話、配慮など)について、たくさんの学びと気づきがありました。
岡野:ありがとうございます。誰よりも先に読み終えていただいた読者のお一人かもしれませんね。私の専門は政治思想史ですが、民主主義と女性の関係を考える中で、その価値を不当におとしめられてきたケアの問題が浮かび上がってきたんです。
増田:2020年は新型コロナの感染拡大で大変な年になりました。この国がどちらを向いているか、こういう事態になって初めて分かったこともあるように思います。
岡野:新型コロナに対する政府の対応を見て、私が一番驚きと憤りを感じたのが、2月末に突然出された一斉休校の要請でした。行き場のない子どもたちを一体誰が世話するんだろうと。ケアに対して無関心で配慮がない政府の姿勢を示す、象徴的な出来事でした。
増田:私が院長を務める病院でも、看護師などが出勤できなくなるという事態が発生しました。小学校高学年の子どもに小さい子の面倒を見させて、日中は子どもだけで過ごしてもらったという職員もいます。コロナ禍で大変な緊張とストレスにさらされた上に、そういう心の負担を強いられた職員の姿に胸が痛みました。個人的には、この間の自粛生活が子どもたちの成長と発達にどれだけ影響を与えるのか心配しています。
岡野:政府が繰り出した施策は、ことごとく的を外していました。“お肉券”や“お魚券”はさすがに引っ込めましたが、“アベノマスク”の全戸配布は強行された。GoToトラベルやGoToイートなど、大企業目線で自分たちを支持している人たちへの心配りはあっても、一番助けを必要としている人たちの声にはまったく耳を傾けない。そもそもコロナ対策を経済再生担当大臣が担うこと自体、おかしくありませんか。
増田:おっしゃるとおりです。人のいのちより経済を優先する姿勢が表れています。民医連は「コロナ禍を起因とした困窮事例調査報告」をまとめましたが、本当に深刻な事例がたくさん寄せられています。
岡野:政府が国民の批判に応答したり、柔軟に政策を修正する姿勢もない。権力は自分たちの威信やプライドのためにあるかのように勘違いしている。歴史を振り返っても、これほど政治が劣化したことはないかもしれません。

なぜケアが低く評価されるのか

増田:岡野さんはケアの仕事が社会的に正当に評価されていないと指摘しています。
岡野:付加価値を追い求める資本主義経済のもとで、ケアは不当に低く評価されてきました。ケアの価値は市場では決まらず、政治的な討論を通じて公的に決めなければならない。ところがそれを決定する政治の場は、圧倒的な男性中心社会です。ケアに実際に関わったことのない人たちが、その価値を決めている。政治家はおそらく“最もケアされてきた人種”ではないでしょうか。人に気を遣われ配慮されるのが当たり前で、そのありがたみも分からない。政治の分野にもジェンダー平等が求められています。
増田:コロナ禍のもと、世界中でエッセンシャル・ワーク(必要不可欠な仕事)に光が当たりました。医療従事者へ感謝の拍手を贈る取り組みなどもありました。皆さんからの応援に勇気づけられる一方で、それだけでケアを重視する社会に移行する保証は何もない。日本は世界一の超高齢社会に向かっているにもかかわらず、社会保障費の伸びを抑制され続けてきました。保健所も1994年の法改定で統廃合が進み、半数に減らされた。そこへコロナ禍が襲ってきたわけです。
岡野:現場の方は使命感をもって、本当に懸命に尽くしてくださる。でもその自発的な献身性に頼って、公的な支援がおろそかなまま放置されてしまっている面がありますね。
増田:人は誰もがケアされて育ち、生きています。コロナ禍はケアに対する見方を変え、今までの政治の姿勢やお金の使い方でいいのかという疑問を浮かび上がらせています。世論が変わっていくチャンスを、全体の動きやアクションにどう結びつけていくか。私たちは医療現場から発信を続けていきたいと思います。
岡野:「政府が気づいて配慮してくれるだろう」というのは、この国では通用しないことが分かってしまった。大きな声をあげていかないといけませんね。

世界で広がる若者の取り組み

増田:岡野さんは若い学生さんとも接する機会が多いと思いますが…。
岡野:日本の政治や社会の状況に絶望したり、一方でまったく関心をもたない学生も多くいます。私は「誰もがケアされて生きている」という話をしながら、ケアの格差に注意を向けるように促します。誰しも親は選べませんから、貧富の格差が人生の選択を奪っている現実を知れば、その是正のために「政治が必要だ」と納得してくれる学生もいます。
増田:非正規雇用で働く若者も多いですし、コロナ禍で授業料を払えなくなった学生さんもいる。政府が進めてきた新自由主義政策に、相当痛めつけられている世代でもありますね。
岡野:世界では気候危機に対する若者の取り組みが広がっています。米国の人種差別に抗議する運動や香港の雨傘運動もありました。
増田:若者たちが求める「公正」という価値観や主張は、真っ当で普遍的ですよね。若者たちの中に「堂々と発信していいんだ」「動いてもいいんだ」という気運が生まれていることは心強く、期待をもって見ています。
岡野:日本はフラワーデモなどもありますが、まだまだ市民の力が弱いですね。
増田:現実を見て感じたり、自分の頭で咀嚼して発信できるフィールドを大人がつくることも必要だと思います。

尊厳を支えるケア実践

増田:僕と岡野さんはほぼ同世代ですが、老後のための資金を貯めていない層がこのあと大量に生まれると政府は見ています。「1億総活躍社会」「全世代型社会保障」などのスローガンが叫ばれる背景には、「働ける人は死ぬまで働いて」という彼らの思惑が透けて見えます。これは政府の側も切羽詰まっている証であり、新自由主義に代わる新しい価値観や選択肢を提示していく必要があると思います。
岡野:ケアの価値が正当に評価され、皆さんの仕事が報われるために私自身も積極的に語っていきたいですし、私たちの世代もがんばらなければいけませんね。
増田:最後に『いつでも元気』の読者や民医連で働く職員にメッセージをお願いします。
岡野:人にはそれぞれ価値があって、みんなが取り替えのきかない存在ですよね。ケアの仕事は尊厳ある個人の生を支える大切な営みです。「ケアがない社会は、尊厳がない社会」と言ってもいい。尊厳は社会の役に立つかどうかに関係なく、すべてのいのちにそなわっています。新自由主義のもとで人は「取り替えのきく労働者」として扱われ、「代わりはいくらでもいる」などと尊厳をおとしめられています。皆さんの仕事はそれに抵抗して覆し、「ひとりひとりに価値がある」ことを示していく実践です。人は他者から尊重されて初めて自尊心をもち、声をあげることもできます。
増田:民医連が掲げる「いのちの平等」にもつながるお話ですね。私たちは44期の運動方針に、個人の尊厳が大切にされる2020年代を実現することを掲げて取り組んでいます。示唆に富む貴重なお話をありがとうございました。この学びを糧に、飛躍が創れる一年にしたいと思います。
岡野:ありがとうございました。

書籍紹介

『ケアするのは誰か? 新しい民主主義のかたちへ』

ジョアン・C・トロント【著】
岡野 八代【訳・著】
【発行】白澤社【発売】現代書館
本体1700円+税

いつでも元気 2021.1 No.350