椎名誠の地球紀行
ウイグルの穏やかな午後
ウイグルの穏やかな午後、西域のウルムチやトルファンのあたりをぶらぶら歩いてみた。※1季節はまだ夏前だったが、太陽の下を歩くと一足ごとに汗が吹き出てくるようだ。
でも、それは感覚的なもの。空気が乾燥しているから、木陰の下で風に吹かれていると気持ちいい。日本のような高温多湿の国から来た者にとっては、ずっと居ついてしまいたくなる。顔を合わせる人がみんな笑顔なので、なおさら居心地がいいのだ。
さらに楽しいのは、あちこち走り回っている子どもたち。旅をしていると世界中の子どもに元気をもらうが、このあたりの子は特別に元気がいいうえ親の仕事をよく手伝う。そういうものだと思っている様子で、世界の子どもたちの代表のように思える。
それによく遊ぶ。まちなかで何人かで何者かを追う「なんとかごっこ」をよく目にした。それも真剣に全力を込めてだ。
通りをすっ飛ばしていたかと思うと、いきなり食堂の中を通り抜けて何かを追いかけて行く。誰を何の目的で追っているのか見ているだけでは分からない。でも子どもたちにははっきり見えている、というやつだろう。
世界中にこうした追いかけっこがある。日本にも「ケイドロ」という遊びがある。鬼役の「警官」が「泥棒」を追う遊びで、ぼくの息子も夢中になってやっていた。
名産のハミウリ
元気のいい子どもの姿をいつまでも追いかけて行くのは暑いので、またジャリ道に戻ると向こうの方にゆっくりと歩いている少年を見つけた。
このあたりの名産「ハミウリ」を切ってもらったのを、一心に食べつつ歩いている。ハミウリはフットボールの形をしていて、スイカとメロンの合わさったような味がして実にうまい。
まあ場所がら、冷やしてあるのはめったに手に入らない。両端を持って真剣に食べながら歩いている少年の顔の左右に、長いハミウリがハミ出ている。「ああ、だからハミウリというのか」などと独りうなずいた。こんなところまで来て、日本の親父ギャグを持ち込んではいけない。
ほかにもキュウリがうまい。もぎたてで、二つに折ったところから薄緑色のツユがこぼれるくらいみずみずしい。これもそのままおいしく食べられるし、ちょっとした喉の潤いにもなる。
太陽の出ている時間が長いから、街路樹が丁寧に植えられていて、その葉陰の下では近くの農家の人が自分の作物を暇そうに売っている。
食堂の日陰では、その店の従業員らしき数人が車座になっていた。豆のヘタ取りなどをおしゃべりしながら楽しそうにやっている。
ジャリ道をいきなりにぎやかな音が走ってきた。「何ごとか」と振り返ると、小学生ぐらいの子がロバ車をすっ飛ばしてくるところだった。親の畑の手伝いに行くようだった。
※中国新疆ウイグル自治区の20年ほど前の穏やかな一日です。
今は中国政府の同化政策で、ウイグルへの酷い弾圧が報じられています
椎名誠(しいな・まこと)
1944年、東京都生まれ。作家。主な作品に『犬の系譜』(講談社)『岳物語』『アド・バード』(ともに集英社)『中国の鳥人』(新潮社)『黄金時代』(文藝春秋)など。最新刊は『この道をどこまでも行くんだ』『毎朝ちがう風景があった』(ともに新日本出版社)。モンゴルやパタゴニア、シベリアなどへの探検、冒険ものも著す。趣味は焚き火キャンプ、どこか遠くへ行くこと。
椎名誠 旅する文学館
http://www.shiina-tabi-bungakukan.com
いつでも元気 2021.1 No.350