まちのチカラ
かがり火照らす踊りのまち
文・写真 橋爪明日香(フォトライター)
秋田県南部の内陸に位置する羽後町。
日本三大盆踊りの一つ西馬音内盆踊りが町の誇り。
長い歴史の中で、大切に受け継がれてきた町の魅力を訪ねました。
※十分に感染対策をしたうえで取材しています
西馬音内盆踊りの歴史は古く、700年以上前に神社の境内で豊作祈願の踊りとして始まったといわれています。毎年8月16~18日の3日間、西馬音内地区の本町通りにかがり火が焚かれ、朗らかなお囃子とは対照的に、麗しい踊りが繰り広げられます。
踊り手は藍染の浴衣に彦三頭巾、端縫い衣装に編み笠といった特徴ある衣装を身につけます。踊りの衣装を見せてもらおうと、老舗の赤川呉服店を訪ねました。
「踊りの動きによって、右の肩から袖にかけての柄がどう見えるかを意識して染めます」と、店主の赤川貢一郎さんが手絞りの藍染の技法を見せてくれました。鮮やかな衣装が踊り手の独特の手の反り、しなやかな足運びに彩りを添えます。
西馬音内盆踊りは母から子へ代々受け継がれ、高い芸術性を有する民俗芸能として磨かれてきました。1981年には国の重要無形民俗文化財に指定され、首都圏での講習会や海外公演などにも踊りの輪を広げています。
「おらだの踊りは日本一だと自負しています。赤ちゃんの頃からお囃子のメロディーが身体に染み付いていますよ」と、西馬音内盆踊り実行委員長の菅原政一さんは熱い思いを語ります。
コミカルな人形芝居
西馬音内盆踊りの他にも仙道番楽や元城獅子舞など、民俗芸能が羽後町には多く残ります。そのうちの一つ、猿倉人形芝居の継承に尽力している野中吉田栄楽一座の中川文子さんに会いに行きました。
明治26年(1893年)創始の猿倉人形芝居は、唄やお囃子を交えたコミカルな芝居が特徴。口上と三番叟・劇物・鑑鉄和尚の手踊りの三本立てがワンセット。素早く人形の首をすげ替え七変化させる手妻式や、セリフの声色も使い分ける二体一人遣いなどの操法には、厳しい修練が必要です。
「長く続いてきた民俗芸能を残していく覚悟が、20年間かかわるうちにできました」と中川さん。一座の座員には、人形芝居のためにUターンした若者もいるそうです。定期公演は毎年1月と8月の2回、むかしがたり館(民話伝承館)で行われています。
冷やがけ西馬音内そば
羽後町を訪れたらぜひ食していただきたいのが西馬音内そば。町内には古くからそば屋が多く、コシの強さを生かす「冷やがけ」が代表的です。
西馬音内そばの発祥は弥助そばやに始まります。文政元年(1818年)、創業者の金弥助が大阪で砂場系のそばを習得。つなぎに布海苔を使用した手打ちで、昆布と鰹節のつゆでいただきます。しなやかでツルツルとした食感がクセになりそう。
町内には弥助そばの流れを汲むそば屋が4軒あり、西馬音内そばの系譜図が店内に掲げられていました。家伝200年のそば打ちを守る弥助そばや6代目店主の金昇一郎さんは「秘密なんてそったもんない。お前さんも来れば教えてあげるよ」と、来年にそば道場を開く計画を嬉しそうに話してくれました。伝統を継承する羽後の人々の心意気を、ここでも垣間見ることができました。
雪国のロマン花嫁道中
1月の最終土曜日に行われるゆきとぴあ七曲は、馬そりに揺られ七曲峠を越える昔ながらの嫁入り風景を再現したお祭り。羽後町は秋田県内屈指の豪雪地帯で、山間部の積雪は2mを超えることもあります。なかでも田代地区と西馬音内を結ぶ七曲峠はカーブが49カ所もある難所。1964年まで、田代地区は冬の間は雪に閉ざされた陸の孤島でした。
今から35年前、花嫁道中を地域の祭りに仕立てた菅原弘助さんは「雪には大変な思いをしてきましたが、その雪を好きになってもらいたいと思ったんです」と、当時を振り返ります。毎年1組の新婚カップルを募集し、お付きの一行は羽後中学校の野球部員を中心に地域住民が力を合わせます。
沿道からは祝福の声援と温かな笑顔が送られます。ロウソクに照らされた雪の回廊を行く情景はファンタスティックで、今では雪を望む声が聞かれるようになりました。
また、町の山間部の集落では田園風景の中に立派な茅葺屋根の民家が見られます。町内には実際に住まいとして使用されている茅葺民家が約50棟点在。観光化されていない普通に暮らす生活風景が郷愁を誘い、まるで日本昔ばなしの世界に迷い込んだかのよう。
歴史と人々の温もりに触れることのできる羽後町。さまざまな文化を現在まで大切に受け継いできた情熱の火は、長い冬の間も明るく灯り続けています。
■次回は宮城県蔵王町です。
まちのデータ
人口
1万4436人(9月30日現在)
おすすめの特産品
羽後牛、スイカ、西馬音内そば、そばまんじゅう民芸品
アクセス
東京から車で6時間30分。秋田新幹線でJR大曲駅乗り換え、JR奥羽本線湯沢駅まで4時間、車に乗り換え20分。秋田空港から車で1時間30分
問い合わせ先
羽後町観光物産協会 0183-55-8635
いつでも元気 2020.12 No.349