その一歩を踏み出して
文・新井健治(電話取材)
写真・群馬民医連提供
新型コロナの影響で「収入が全くない」「体調が悪くても病院へ通えない」という人たちが急増している。
全日本民医連は5月に「いのちの相談所」を提起、地域に打って出て住民の相談に乗ろうと呼びかける。
全国に先駆けて常設の「生活相談ダイヤル」を開設した群馬民医連を紹介する。
「コロナで生活困難を抱える人々が増大するなか、いまこそ一歩を踏み出す“アウトリーチ”が求められている」と語るのは、群馬民医連(県連)事務局の町田茂さん。
県連は全国に先駆け、4月に常設の「生活相談ダイヤル」(フリーダイヤル)を開設。常時、無料電話相談に応じているほか、月に一度はマスコミに広報して集中した相談日を設けている。
受け付けた生活相談は8月末までで247件。相談から生活保護を申請したケースは21件になった。相談時の所持金が178円しかなかった母子世帯や、ゴミをあさって食べていた外国人ホームレス、雨漏りで床が抜け自宅に寝る場所がない男性など深刻な相談が次々に。自身や家族に障害があったり、シングルマザーや外国人労働者など、もともと困難を抱えていた世帯の生活悪化に拍車がかかっている。
最初の相談は電話だが、必要があれば訪問も。県連職員が40代の独居男性宅を訪問すると、全身に黄疸が出て腹水もたまっていて救急搬送した。
また、相談の内容に応じて生活保護や緊急小口資金※の申請、障害年金の手続きや債務整理の支援をすることもある。
見えづらくなった貧困
生活相談は債務整理や雇用問題、障害年金、身元保証や権利擁護、DV被害など多岐にわたる。専門知識が必要なため、県連は「反貧困ネットワークぐんま」という弁護士や司法書士、社会保険労務士ら法律家でつくる団体とともに活動してきた。
県連は2008年のリーマンショック※以降、県内の貧困に関わるさまざまな市民団体と連携してきた。コロナの影響はリーマンショックより深刻だが、貧困が見えづらくなっている。
町田さんは「リーマンショックの時は“派遣切り”が話題になった。今はさらに雇用の流動化が進み、個人請負のスタイルが増えている。個人請負の労働者は社員ではないため、雇用保険や休業補償もない。契約相手が仕事を発注しなければ、労働者は解雇されなくても収入を失う」と指摘する。
生活相談ダイヤルの情報は新聞に何度も掲載された。ところが、相談者が相談ダイヤルを知ったきっかけの9割以上が、テレビやラジオなど新聞以外のメディア。生活困窮者は新聞を購読していないことが分かり、県内全ての図書館や公民館、ハローワークに相談ダイヤルを案内したチラシを掲示してもらった。また、アウトリーチとして深夜に公園や駅を夜回りし、住居を失った人に直接チラシを手渡した。
「なんのために、誰のために」
県連はこれまでも、地域に打って出る活動を続けてきた。リーマンショックをきっかけに、はるな生協(高崎市)は2009年から炊き出しと「ハローワーク前なんでも相談会」を開催。群馬中央医療生協(前橋市)も毎月1回の炊き出しを行っており、こうした経験が今に活きている。
町田さんは「話を“聴く”ことも大切。多くの相談者は話を聴いてもらえるだけで安心する。県連事務局は基本的な研修後、まずは職員全員で電話をとる、話を聴くということから始めた」と振り返る。
また、北毛保健生協(渋川市)が7月末に電話相談会を開催。前橋協立病院は「聞き取りシート」を作成し医事課全員で患者の相談に乗る体制を築くなど、コロナ禍をきっかけに県連全体でソーシャルワーク機能の強化が進む。
町田さんは「民医連がなんのために、誰のために存在しているのか。常に私たちの原点を確認すべきです。コロナ禍というかつてない危機を乗り越えるため、事業所と共同組織が力を合わせるとともに、さまざまな団体と連携していきたい」と語る。
※緊急小口資金
緊急かつ一時的に困窮する世帯の自立を支援する貸付制度。新型コロナで減収した世帯も対象に加わった。貸付額は 20万円以内で無利子
※リーマンショック
2008年、アメリカの投資銀行破綻をきっかけに世界規模の金融危機が発生。国内でも景気が悪化し派遣切りなどが相次いだ
「助けてください」
電話相談の窓口から
60代女性 家族4人暮らし(夫と子ども2人)
夫と息子がコロナで雇い止めとなり、一家の収入は自分のパート代月6?8万円のみ。家のローンの支払いが月々5万3000円。年金は夫婦合わせて2カ月21万円だが、税金の滞納で市役所に全額差し押さえられた。市の社会福祉協議会に緊急小口資金を借りに行くと、「原因はあなたにあるのでは」「返済能力のない人に貸すお金はない」と言われて深く心が傷つき、帰り道に自殺しようと川に入ったが、死ぬことができなかった。NHKニュースで相談ダイヤルを知り「助けてください」と電話をかけた。
60代男性 独居
パチンコ部品の組み立てをする派遣社員。コロナの影響で2月中旬から仕事がなくなり、相談時の所持金は3461円。 知的障害があり、自分の亡き後のことを考え心配した母親が生前、息子を連れて市に生活保護の相談をしたが取り合ってもらえなかった(母親は2年前に死去)。
40代男性 無職
神奈川で寮に住みながら自動車工場に勤務していたが、コロナで3月末に派遣契約が終了し寮も退去させられた。仕事と同時に住まいも失いネットカフェ生活に。
50代女性 シングルマザー(子ども2人)
夫から長年暴力を受け別居中。夫から経済的支援はなく、コロナとDVの後遺症で無職。1カ月 7 万円で親子3人が生活。貯金がなくなり「助けてください」と電話。高校3年生の長男は大学進学をあきらめた。
40代男性 日系ブラジル人(ホームレス)
日系ブラジル人で18歳の時に来日。愛知県の工場を皮切りに北海道、福岡、兵庫、静岡など全国を転々。コロナにより3月から仕事がなくなり、ここ数カ月間はホームレス生活。生活保護申請中に体調が悪くなり、市役所から病院に救急搬送された。
40代男性 ホテルマン(妻と2人暮らし)
ホテルマンとして長年働いてきたが、コロナで3月から出勤停止に。3カ月間無給状態が続く。ホテルからの業務請負として働いており、雇用保険に加入しない自営業者の扱いで、コロナによる休業補償の対象にならない。
いつでも元気 2020.10 No.347