椎名誠の地球紀行
バリ島の昼と夜
インドネシアのバリ島を歩いていると、角を曲がれば何かしらの祭りをやっている。いきなり現れるから予備知識もないわけで、その内容もよく分からない。分かっても分からなくても祭りは楽しい。
たいていはその辻々の神様を奉っている。たくさんの花や果物のお供えがあり、人々は熱心に祈りを捧げている。神主みたいな人はなく、神殿の主人公はたいてい着飾った村の若い女性で、その周囲をきれいなお姉さんに憧れる村の少女たちが取り囲んでいる。
神殿の前にはたくさんの竹を並べ、その前にやはり衣装で着飾った男たちが棒を持っている。竹は太いものは直径20㎝の丸太ほどもあり、それぞれ太さの違うものが組み合わされている。
竹は長く、束ねる位置も決まっている。「バリ島に行ったら一度は見て聞くといい」と言われている「ジェゴグ」という楽器だ。
アジアの海沿い一帯はいたるところに竹が生えているが、これをまとめて楽器にする。太さによって音色が違うので、たくさんの男たちが棒で叩き、笛も混じって「バンブーオーケストラ」のように壮大かつ独特の演奏をする。ジェゴグが聞こえてくると、みんな激しく心を浮き立たせるようだ。
着飾った女性がジェゴグに合わせて踊る。そのしぐさだけで神に感謝する踊りらしい、と分かる。ストーリーがあるらしく、近くの小川で身体や髪の毛を洗ってきれいにしてもらった少女たちが、みんな目をキラキラさせて見つめている。こういうのを見ると、旅をしている者も気持ちが浮き立ってくる。
女の子たちはみんな、「大きくなったら、自分もあんなきれいな衣装をつけて神殿で踊るんだ」と、未来に胸を膨らませているのがよく分かる。
夜の森の野外劇
夜になると、村の社に向かう道で松明を持った少年たちと出会う。道ばたに座っているのは、これから始まる壮大な夜の祭りの案内係のようだ。ここでもみんな、祭り用の衣服をおしゃれに着ている。
少年たちに案内され、森の中に広がる大きな広場と神殿のある暗闇の空間に着いた。バリ島に伝わる有名な夜の森の野外劇「ケチャ」が始まるのだ。ケチャは森の二つの力に分かれた猿たちが、互いの王者とともに“猿語”を持って闘う男たちの群衆劇だ。
ストーリーは二つの部族が本気の力を尽くして闘い(武器は使わない)、最後までどちらが勝つか分からない。照明というものがいっさいないから焚き火がたかれ、猿の王様がトランス状態になると、その火のカタマリを素手で掴んで相手に投げつけたりする。
松明を持った男の子たちは「自分もいつかこうして闘うのだ」とやはり将来に胸を膨らませ、全身を震わせ目を輝かして、自分たちの役割である小猿の吠え声を合唱する。
椎名誠(しいな・まこと)
1944年、東京都生まれ。作家。主な作品に『犬の系譜』(講談社)『岳物語』『アド・バード』(ともに集英社)『中国の鳥人』(新潮社)『黄金時代』(文藝春秋)など。最新刊は『この道をどこまでも行くんだ』『毎朝ちがう風景があった』(ともに新日本出版社)。モンゴルやパタゴニア、シベリアなどへの探検、冒険ものも著す。趣味は焚き火キャンプ、どこか遠くへ行くこと。
椎名誠 旅する文学館
http://www.shiina-tabi-bungakukan.com
いつでも元気 2020.10 No.347