椎名誠の地球紀行
南の島でサメを丸焼き パプアニューギニア
椎名誠
パプアニューギニアの東側、ソロモン海に浮かぶ小さな南の島にしばらくいた。島中にある椰子の木には大きな実が豪快にみのり、海からの風はかなり長いあいだ安定していて、ちょっと気が抜けるくらい穏やかな日々が続いていた。
雨期を過ぎるとそういう日が続くことが多いという。乾燥した風は島全体にまんべんなく吹きわたり、島に生きる人にとって、これほど心地よい季節はないようだった。
島はひと周りするのに、大人の足で約一日程度の大きさ。島の小さな入り江から大人たちは手作りのカヌーを出す。多くはカヌーの左右にかなり大きな浮きをつけて、その上に竹によく似た水をはじく植物の幹を張りめぐらし、けっこう広い居場所を作る。まあ甲板である。
さらに一番頑丈なところに帆柱を立て、植物の葉や蔓を使い、そこに同じく頑丈な葉や蔓を編んだちょっとした帆をこしらえる。そこまでできたら、外洋に出て大きな魚を狙うことができる。
獲物はいろいろだが、いたるところにサメがいるので、水面近くまできた手頃な魚はかなりサメに食われてしまう。そこで手っ取り早くそのサメを仕留める人が多かった。
仕留めたサメはカヌーにしばりつけて浜辺に引き上げ、すぐに丸焼きにする。ほかにマグロなどの巨大魚もいるが、用心深いので仕留めるのに時間がかかる。おまけに運ぶ途中でサメに食われてしまうことが多い。だから、いつしか海からの獲物はサメが一番ということになったらしい。
ぼくも浜の焚き火の囲みに加わりサメの丸焼きをずいぶん食べたが、ここらのサメはアンモニア臭があまりなく、白身でけっこうおいしい。ただし、調味料は島に生えるトウガラシの実に似たものを潰してなすりつけるだけで、薬味までの効果はなかった。
サメ以外にはタロイモを焼いて食う。あとは島バナナで、これは固くてシブくてあまりうまくはなかった。焼くとイモの味がした。
島の子どもらは、大人たちの手仕事を見ながら大人の真似をして小さなイカダをつくり、粗末な釣り竿で小さな魚を釣る。サメ狩りの練習のようだった。
子どもの仕事は、椰子の木から熟れた実を切り落とすこと。少し幹がナナメになっているような椰子の木を選び、猿のようにするする登っていって、ブッシュナイフで実の根元を切って落とす。椰子の実は植物繊維がかなり頑丈に幾重にも重なっていて、これをこじ開けるのはかなり力がいる。
椰子の木には椰子蟹が沢山いた。椰子蟹はその大きなハサミで椰子の実を切って落とすと聞いていたが、実際にはそんな力はなく、椰子蟹そのものが食われてしまっていた。
島の南にけっこう広い砂の広場があって、女の子たちはグループを作ってそこでダンスのようなことをやっていた。やがて来る海の祭りで披露するダンスの練習らしかった。
椎名誠(しいな・まこと)
1944年、東京都生まれ。作家。主な作品に『犬の系譜』(講談社)『岳物語』『アド・バード』(ともに集英社)『中国の鳥人』(新潮社)『黄金時代』(文藝春秋)など。最新刊は『この道をどこまでも行くんだ』『毎朝ちがう風景があった』(ともに新日本出版社)。モンゴルやパタゴニア、シベリアなどへの探検、冒険ものも著す。趣味は焚き火キャンプ、どこか遠くへ行くこと。
椎名誠 旅する文学館
http://www.shiina-tabi-bungakukan.com
いつでも元気 2020.7 No.344