椎名誠の地球紀行
豊かだったメコン川の少数民族
椎名誠
インドシナ半島にあり、メコン川が貫くラオスはとても魅力的な国だ。近代化の遅れとベトナム戦争などで破壊されたところも多いので、観光地として知名度のある場所は少ない。よく「何もない国」などと酷いことを言われるが、ぼくにはそういうところがかえって魅力的だった。
特に緩やかな山林地帯に点在して生活している少数民族の生活ぶりが魅力的だった。立ち寄った村はアカ族とモン族の暮らしているところ。現金収入がほとんどない質素な生活だが、おそらく昔ながらの生活をそのままひっそり受け繋いでいるようで、いきなり訪ねていっても、みんな笑顔のおだやかな対応がここちよかった。
パチンコに竹馬
モン族の村で出会った子どもたちは、元気がよくて親しみやすかった。最初に目についたのは首からパチンコをさげている小学生ぐらいの少年。パチンコは、ぼくの子ども時代には男(の子)なら誰でも持っている必需品だった。木の枝の股のところを利用して熱心に作ったのを覚えている。
パチンコは木の枝にゴムをくくりつけ、石をゴムで引っ張り狙いすまして撃つ。日本の子どもの標的はせいぜいアキカンぐらいだったけれど、この村の少年たちは山に入ってリスやテン、ハリネズミ、キジなど野生の生き物を狙う。命中精度も拍手喝采ものだ。
みごと捕獲した獲物は、家に持って帰るとお姉さんなどが家の軒下につるして販売する。旅人がいないからあまり売れていないようだったけれど、しとめた少年は得意顔、いやカメラをむけるとハニカミ顔だった。
売れ残った小動物は、その家の夜のゴチソーになる。ちなみにこのあたりの家の朝食はみなタケノコだった。日本で食べている太くて立派なものではなく、シノダケと言われる細いやつで、朝方生えてきたまだ柔らかいのを皮ごと焼いて塩をちょっとつけて食べる。塩は岩塩で、少し甘味もあっておいしかった。
村には子どもらの遊び場があって、みんな集まってくる。遊び場まで付いていって、またもやオドロキだったのが、竹馬の練習をしている男の子がいたことだった。
パチンコといい竹馬といい、50年ぐらい前の日本のワンパク少年時代にタイムスリップしてしまったようで、びっくりするやら嬉しいやら。なかにはきちんと民族衣装を着て遊んでいる子もいた。
少年、少女たちは暑くなる日中はメコン川に入って遊ぶ。泳ぎやモリによる魚突きなどを教えるのは、中学生ぐらいのおにいちゃんたちだった。
椎名誠(しいな・まこと)
1944年、東京都生まれ。作家。主な作品に『犬の系譜』(講談社)『岳物語』『アド・バード』(ともに集英社)『中国の鳥人』(新潮社)『黄金時代』(文藝春秋)など。最新刊は『この道をどこまでも行くんだ』『毎朝ちがう風景があった』(ともに新日本出版社)。モンゴルやパタゴニア、シベリアなどへの探検、冒険ものも著す。趣味は焚き火キャンプ、どこか遠くへ行くこと。
椎名誠 旅する文学館
http://www.shiina-tabi-bungakukan.com
いつでも元気 2020.5 No.343