DVを知っていますか?
野末浩之医師
聞き手・武田 力(編集部)
みなさんはDV(ドメスティック・バイオレンス)という言葉をご存じですか?
言葉は知っていても、被害の実態や立ち直りのプロセスなどについては、あまり知られていないかもしれません。
『DV被害の回復にむけて~精神科医からのメッセージ~』を著した、うしおだ診療所(神奈川民医連)の野末浩之所長にお話を聞きました。
DVとは家庭など限定された空間で起こる暴力のことです。密室でしかも本来は親密な関係であるはずの間柄で起こるために、外からうかがい知るのが難しい場合が多くあります。DVには身体的暴力だけでなく、心理的暴力や経済的暴力も含まれます(表)。
DV加害者は圧倒的に男性が多いわけですが、最初は善人の仮面を被って現れます。被害者が精神的に落ち込んでいる時、巧妙に話を聞いて助言するなど優しく接してきます。何の根拠もなく「俺に任せておけば問題ない」などと言い切ります。
この時点で被害者の自己決定権を奪いにかかっているのですが、心が弱っている時に他人に頼ってしまうのは仕方ない部分もあるでしょう。被害者はその相手と幸せになろうと交際し始めますが、加害者にそんな気はありません。対等なパートナー関係ではなく、一方的な支配・被支配関係に持ち込むことを狙っているのです。
私がカウンセリングしてきた経験から言うと、加害者は独特の嗅覚を持っていて、最初から支配・被支配の関係を作ろうと狙って被害者に近づいている印象があります。
◇ 密室から洗脳へ
加害者は最初に必ず密室を作ります。親族や友人との付き合いを制限して、被害者が第三者に相談したり助けを求めたりできない状況を作ります。
ほとんどの被害者に「勝手に携帯電話(スマホ)を見られる」ということが起きます。メールを覗いたりするのは通常のカップルでもありえますが、DVの場合は被害者を監視して支配・被支配関係を作るのが目的です。
第三者の目が届かない状況を作ってから、暴力が日常化することが多いようです。さらに加害者は被害者をマインドコントロール(洗脳)して、「(暴力を受けるのは)お前が悪い、お前のせいだ」と刷り込みます。圧倒的な支配・被支配関係のもと、被害者は自分を責め、声をあげられない状態に追い込まれます。
なかには「被害者にも落ち度があるのでは」と思う方もいるかもしれません。しかしこれは全くの誤解です。
完璧な人間などいませんし、「落ち度」ということであれば、お互いに少しずつあるのです。また「落ち度」があるからと暴力をふるうこと自体、絶対に許されない犯罪です。
◇ 再スタートを支援
私はDV被害者の保護施設でカウンセリングをしています。被害者は逃げた直後は、自分の受けた被害が「DVだったのかどうか」と半信半疑です。それほど洗脳の力は大きいのです。
身体にも心にも深い傷を負っており、フラッシュバックやPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ方もいます。また、被害者は絶えず「お前が悪い」「暴力を受けて当然な(一段下の)人間だ」と刷り込まれてきたため、自分や周囲に対してネガティブな認識しか持てなくなっています。
まずは安全で安心できる環境を確保して、落ち着いたところでDV被害を一緒に振り返ります。加害者との出会いから、被害者が受けたDVを専門家の言葉で意味づけていくと、多くの方が「自分がされた行為は明らかにDVだった」「今も心に傷を負っているのだ」と気付きます。
ほとんどの方は自分を責め続けますので、自己評価や自尊感情を高められるような援助がとりわけ重要です。必要に応じて、法律家や自助グループなどにつないで再スタートを支援します。
◇ 私たちにできること
もし身近にDV被害を疑う方がいらしたら、安心して話せる環境を確保した上で、率直に自分の心配や意見を伝えて良いと思います。最初は否定されるかもしれませんが、周囲の声が本人の気付きにつながることもあります。
くれぐれも被害者を責めたり、相談内容を加害者に確認したりはしないでください。適切な専門家の支援が受けられるよう、必要があれば病院や相談窓口へ付き添ってください。
また、DVには社会における男女の不平等な力関係を反映している側面があります。男女平等への取り組みとともに、固定された性別役割の見直しなど、身近なところから意識を変えていく必要があると思います。
最後に、今の日本自体が心理的な“密室”になっていないでしょうか。メディアがコントロールされて、自己責任論が跋扈している状況に危惧を覚えます。多様な意見が交わされ、お互いをリスペクト(尊敬)し合える風通しの良い社会を作ることは、DVのない社会を作る上でも大切なことだと思っています。
DV被害の回復にむけて
~精神科医からのメッセージ~
(本体750円+税)
著者:野末 浩之
発行:萌文社
(Tel.03-3221-9008)
いつでも元気 2020.3 No.341
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