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いつでも元気

いつでも元気

心をつづって

みんなといる時間を大切にしたい

 担任した六年生のクラスは三十九人の大所帯だ。専科教員が担当する週に二時間の音楽。この時間に集中して宿題の点検をし、日記に返事を書きたいのだが、この貴重な時間が“専科”にならない。
 暴言、立ち歩き、極端な忘れ物などで、専科の若い女性教員は「最初だけでも音楽室に入ってもらえないでしょうか」と言う。一度入ったら出られない。専科教員が「教科書の△ページを開けて」と言うと、すかさず裕司が「まだやるんけぇ!」と叫ぶ。始まって五分が経ったばかりである。
 裕司の家に家庭訪問せざるを得ないこともあった。遅くに行くとスキンヘッドの父親が巻き舌で裕司を怒鳴り、殴りつけることもあった。そんな裕司がこんな日記を書いた。

 七月十六日
 今日ぼくは、お父さんと卓球にいった。しあいを六回ほどして、六回ともかった。スマッシュうたれたからうちかえしたら、父はうてなかった。うちあいとかラリーとかしてたのしかった。

 自分の得意なことを我が子と楽しむ親は多い。裕司の父親は子どもと試合をして六回とも負けたというのだ。いい父親だと思う。
 こんな日記を「一枚文集」で読み合いながら、少しずつ卒業に近づいていった。

 卒業 裕司
 最近よく聞く言葉は「卒業」。なぜかというともう卒業が近いから。ぼくはどっちかというと卒業はきらい。中学に行ったら小学校の友達とはなれたりするかもしれないから。はなれたりして友達が減るから。だから卒業はきらい。しかも中学は小学校の時より不安だから。
 卒業が近づくにつれて、だんだんおちつかなくなる。ぼくは中学という言葉においまわされているような気も、だんだんしてくる。家で制服を着てみると家の人は喜んだ。ぼくはあんまり着たくない。着にくいからだ。だから中学という言葉は好きじゃない。中学よりか小学校のほうが楽しいと思う。でもちょっとだけ中学が楽しみだ。

 卒業 景太
 あともうちょっとで卒業。クラスのみんなはあまりいつもとかわらない。小さかったころは、お兄ちゃんとあそんだりしておもしろかった。そのころはお母さんとでかける時が多かった。
 「前はあんなに小さかったのに、もうこんなに大きくなったんやな」と母に言われたりした。家ぞくは卒業いわいをしてくれた。中学でもがんばるんだぞとかも言われた。
 中学校へ行っても勉強も野球もがんばりたい。今のクラスでずっといっしょに勉強したいけど、それは不可能な事だ。だから今だけでもいいから、もっとみんなといる時間を大切にしたい。


得丸浩一(とくまる・こういち)
1957年生まれ。京都市の小学校教師。京都市教職員組合執行委員長、日本作文の会副委員長。
著書に『おもしろいけど 疲れる日々』(本の泉社)

いつでも元気 2020.3 No.341