生後7日の子を連れて
イラク
安田菜津紀
トルコは昨年10月9日以降、シリア北部に空爆や砲撃をしかけ、多くの人々が犠牲になりました。
シリアの北部には主にクルド人と呼ばれる少数民族の人々が暮らしています。アメリカは過激派組織IS(イスラム国)と戦うために、クルド人の部隊を支援してきました。一方、国境を接するトルコは、クルド人の部隊が力をつけることに反発してきました。
トランプ大統領は10月6日、ISとの闘いをほぼ終えたとして、シリア北部から米軍の撤退を表明。それとほぼ同時にトルコが攻めてきたのです。
これまで約20万人もの人々が家を追われ、そのうち8万人が子どもたちだといわれています。なかには隣国イラクへと国境を越えて逃れた人たちもいます。
グルヴィンさん(18歳)はトルコが侵攻してきた直後、生後7日のタマラちゃんを連れて、イラクの難民キャンプへ身を寄せました。国境を越える許可を正式に得ようとすると、数十日かかることもあります。そもそも申請しても、本当にその許可が下りるか分かりません。安全のためには一刻も早く故郷を離れる必要がありました。
やむなくグルヴィンさんたちは、密輸業者に1人当たり数百ドルのお金を払い、秘密裏に国境を越えます。「夜中に何時間も歩いて、こっそりと国境を越えました。タマラが泣き出して、誰かに見つかったらどうしようとひやひやしましたが、幸いおとなしく眠っていてくれました」。
父親と夫は「家や財産を守るためにここに残る」とシリアにいます。離れ離れになってしまっただけでなく、いつどんなことが故郷に残った家族に起こるのか、グルヴィンさんは不安を抱えたまま日々を過ごしています。
生後間もないタマラちゃんは、まだ目がよく見えません。タマラちゃんの目がはっきりと見えるようになったとき、「その目に映るのが醜い争いではないように」というのがグルヴィンさんたちの願いです。
テントだけを張った難民キャンプの生活は過酷で、これから冬、そして雨季を迎え、ますます厳しい気候となります。雨が降った日にはキャンプ内の道は歩けないほどぬかるみ、冷気はテントの中まで容赦なく入り込んできます。タマラちゃんが元気に暮らせる環境にはほど遠い現実。一家は今、一日も早く故郷へと戻れる日を待っています。
安田菜津紀(やすだ・なつき)
フォトジャーナリスト。1987年、神奈川県生まれ。上智大卒。東南アジア、中東、アフリカなどで貧困や難民問題などを取材。サンデーモーニング(TBS系)コメンテーター。著書・共著に『写真で伝える仕事~世界の子どもたちと向き合って』(日本写真企画)『しあわせの牛乳』(ポプラ社)など
いつでも元気 2020.2 No.340