新春対談 “全体主義”に抗して
古舘寛治さん(俳優)
高岡恵さん(川崎協同病院)
映画やテレビドラマ、CMなどで活躍中の古館寛治さん。
政治や憲法、人権や差別などの社会的な問題に対しても積極的に発信を続けています。
表紙に登場した神奈川民医連の高岡恵さん(川崎協同病院・作業療法士)と対談しました。
文・武田 力(編集部) 写真・大橋 愛
高岡:古館さんはどうして俳優になりたいと思ったんですか?
古館:子どもの頃から映画が好きで、将来そういう方向へ行けたらなと漠然と思っていました。地元の高校を卒業後、上京して劇団に入りました。
高岡:そのあとニューヨークへ行かれたんですね。
古館:もともとアメリカ映画が好きだったし、ニューヨークを舞台にした作品も好きでした。29歳で帰国するまで6年余り、向こうで演技を学びながらアルバイトをして暮らしていました。
高岡:日本とアメリカでは違いますか?
古館:アメリカでは理屈で演技を学んだので、今もそういう姿勢で仕事に取り組むところはありますね。演出家などに質問して疑問を解消したり、議論をして納得した上で演じたいというか。それがアメリカで身につけたものなのか、元々もっている性格なのかは分かりませんが。
「3・11」を境に
高岡:古館さんは社会問題についても積極的にツイッターなどで発信しています。
古館:若い頃は僕も政治的な意識は全然高くなかったです。発信するようになった転機といえば、2011年に起きた東日本大震災と福島第一原発事故でした。それ以前も「この国は大丈夫かな」という感じはあったけれども、何となく霧がかかってモヤモヤしていた。あの「3・11」を境に、隠されていた国のシステムの欠陥や歪みが一気に噴き出して、クリアに見えてきた印象があります。
高岡:私にとっても東日本大震災は印象的で、大きな出来事でした。当時は群馬の病院で働いていましたが、発災から1カ月後に災害ボランティアで宮城県に行ったんです。車道には瓦礫が山積みで、すごい災害のわりに政府の動きが鈍いなという印象をもちました。被災者の方々も「こんなに困っているのに」という感じで…。被災者に寄り添わない政府の姿勢は、その後の地震や豪雨、台風による被害などを見ていても感じます。
古館:特に「3・11」以降「この国は放っておいたら、悪い方向へ行ってしまうのではないか」という僕なりの危機感があります。被災地のことだけでなく、この数年間で特定秘密保護法や共謀罪の成立、集団的自衛権の行使容認や安全保障関連法の成立などがありました。もの作りや労働を背景に「真面目に働く人間が成功する」というイメージが崩れ、「カネがカネを生む」「お金が正義」のような風潮も気になります。
発信が“炎上”することも
高岡:ただ、友人同士や職場でも政治的な話はタブーみたいなところがあって、なかなか話しづらいです。職場の研修で憲法や人権について学んだり、川崎ではヘイトスピーチが酷いので、「あれはいけないことだね」と話し合ったりはします。でも、研修のその場限りというか。職場が忙しいということはもちろんありますが。
古館:僕の周りも発信する人が少ないから、僕だけが目立ってしまう。
高岡:海外では有名な俳優さんや女優さんが当たり前に発信しますよね。
古館:そうですね。民主主義社会の中でみんなが黙ってしまうというのは、本当に問題です。もともと日本では「言わぬが花」というか、語らないところに美学を求めるようなところがありますよね。それは世の中が平和な時はいいかもしれませんが、社会が危険な方向に行こうとする時には歯止めがかからない。みんなが黙るわけだから。
高岡:みんなが黙るだけでなく、その中でさんのように発信する人がいると、大勢で「反日」「非国民」などの非難や中傷を浴びせて“炎上”させたり…。
古館:それも日本人の気質に埋め込まれている気がします。「長いものに巻かれろ」「出る杭は打たれる」という言葉があるくらいで。集団の中で個を主張すると、わがままと見なされて攻撃されてしまう。それは容易に“全体主義”に転じてしまう危険があると僕は思います。全体主義というのは“戦争に向かう力”ですから、本当に恐ろしい。
政治は身近なこと
古館:今は国政選挙でも半分の人が投票に行かない。政治に対してあきらめてしまっている。国民ひとりひとりが物を申すのが民主主義なので、みんなが物を言うのを促したいという気持ちもあって発信を続けています。高岡さんはどう思いますか?
高岡:「政治って全部自分のことなのにな」と、常々思っているのですが。
古館:自分の身近な問題と直結しているということですね。
高岡:私は医療現場で働いていますけれど、診療報酬や介護報酬、患者さんの一部負担も全部政治の話です。給与明細を見れば、総支給額から社会保険料などかなりの金額が引かれている。買い物をすれば消費税がかかる。もちろん納税や社会保障制度の必要性は理解していますけれど、社会保障は切り詰められる一方なので、助けてくれるはずのものに苦しめられている感じがあります。
古館:子育てをしていると、なおさら負担感があるかもしれません。
高岡:税金の集め方や使い方などを改めれば、もっといい社会にしていけるかもしれないのにって。国民が関心をもつことが重要だと感じます。
古館:普通に働いて普通に政治的な意識をもって、当たり前に身近なこととして話し合えるようになるのが理想ですよね。
「個の意識が大事なんだよ」と伝えていきたい
子どもたちが伸び伸び元気に過ごせる社会に
楽しく生きていきたい
高岡:新しい年を迎えるにあたって、今後の抱負みたいなものはありますか?
古館:僕はとにかく楽しく生きていきたいんですよ。そのためにも、思ったことをみんなと語り合えるということが大事じゃないかな。いろんな人がいて、多様な意見があって議論できる。それが健全な民主主義社会だし、そういう社会でこそ僕は俳優として生きていきたいと思っています。
高岡:私もそれぞれの人がやりたいことをできて、子どもたちも伸び伸び元気に過ごせる社会が一番いいなって思います。子どもが「〇〇になりたい」と言ったら、できるだけ願いや夢をかなえてあげたい。子どもが伸びていくのを抑えつけるような社会は嫌です。
古館:そういう志のある方がいるというだけで希望を感じます。僕自身も引き続き「個の意識が大事なんだよ」と伝えていきたい。全体主義的な方向に流されていくのは危険なことだし、それがどういう帰結をもたらすかは歴史を見れば明らかです。かつての日本が勝つとは思えない戦争に突き進んだのも、国民が物を言わなかったのが原因の一つだと思うし、結局焼け野原になるまで戦争をやめられなかった。あんな悲劇を繰り返すのは悲しいし、あそこまで行かないと目覚めないのか、「もうちょっと手前でみんな気付こうよ」と言いたいと思います。
高岡:私も子どもや孫の世代に平和な社会を手渡せるように、自分にできることをしていきたいと思います。ありがとうございました。
古館さん主演ドラマ!
ドラマ24 「コタキ兄弟と四苦八苦」
毎週金曜、深夜0時12分~
2020年1月、テレビ東京系にて
放送スタート
真面目すぎてうまく生きられない兄(古館寛治)と、そんな兄を見て育ったせいか、ちゃらんぽらんにしか生きられなくなった弟(滝藤賢一)。兄弟がひょんなことから始めた「レンタルおやじ」を通して、さまざまな“無茶ぶり”に四苦八苦する人間賛歌コメディー。
いつでも元気 2020.1 No.339