まちのチカラ・北海道白老町(しらおいちょう)
アイヌ文化を世界に発信
文・写真 牧野佳奈子(フォトライター)
来年4月、北海道白老町にオープンする「国立アイヌ民族博物館」をご存知ですか?
アイヌの歴史や文化を国内外の方々へ分かりやすく紹介する施設として、注目が集まっています。
建設作業が大詰めを迎えた白老町に、アイヌ文化と町の魅力を訪ねました。
新千歳空港から車で1時間、ウポポイ(民族共生象徴空間)の中核施設である国立アイヌ民族博物館はポロト湖の湖畔に建設中。来年4月24日にオープンする予定です。
今年4月に通称「アイヌ新法」が成立し、アイヌ民族は日本の先住民族であると初めて法律に明記されました。博物館はアイヌの歴史・文化の紹介のほかにも、国内外の博物館等とネットワークを形成し、関係資料の情報収集なども行います。来年の東京オリンピックに向け、日本の多様な文化を世界に発信する目的もあります。
一般社団法人「白老アイヌ協会」の山丸和幸理事長も、博物館に期待を寄せる一人。「アイヌ文化は地域によって違いがあります。今までは白老アイヌの紹介でしたが、国立博物館になったら東北から樺太までアイヌ全体のことを紹介することになる。文化継承の担い手として、若い人達が活躍しやすい環境をつくっていきたいです」。
博物館に隣接する体験型フィールドミュージアム「国立民族共生公園」では、古式舞踊の公演や伝統楽器の演奏体験など多様な体験プログラムを実施予定。子どもから大人まで存分にアイヌ文化を楽しめます。
アイヌ語と口承文芸
文化の中枢をなすのは、なんといっても言葉です。町で週に1回、アイヌ語の勉強会があると聞き訪ねました。
講師は父親からアイヌの血を引く大須賀るえ子さん。この日は男女3人が参加し、アイヌに伝わる散文説話「ウエペケレ」の日本語訳に挑戦していました。
ノートを見せてもらうと、ローマ字で書かれたアイヌ語がびっしり。アイヌ語には文字がないため、大正から昭和にかけて口承されてきたさまざまな物語を、アイヌの金成マツ氏らが記録しました。
「アイヌ語は方言もいろいろあってね。白老は東北から和人の漁師がたくさん働きに来ていたので、東北弁が混じって濁音が強いんですよ」と大須賀さん。7年前に自ら編さんした「白老アイヌ語辞典」を片手に、一つ一つの単語から物語の情景を読み解きます。
アイヌ語は明治初期に公共の場での使用が禁止され、日本語教育が徹底されました。当時の人たちは子どもの前でアイヌ語を話すことを慎んだため、今では流暢に話せる人がほとんどいません。
「祖父母から習ったアイヌ語は数字の数え方だけ。でも、代々語り継がれてきた物語は残してくれました。たとえばユーカラは海外でも高く評価されている叙事詩です。私はそれらを広げたい」と話す大須賀さんの目標は、白老アイヌに伝わる口承文芸を翻訳出版すること。言葉とともに祖先の世界観を復興する試みが、着々と進んでいます。
未来に残す刺繍文化
アイヌ文様の刺繍サークルも大人気です。町内に4つあるサークルのひとつ「フッチコラチ」(アイヌ語で「おばあさんのように」)を訪ねると、約10人の男女が熱心に取り組んでいました。メンバーの3分の2はアイヌの血を引いていない地元の人だといいます。
伝統衣装などで目を引くアイヌ文様は、モレウと呼ばれる渦巻き模様と、アイウシと呼ばれる棘のような模様を掛け合わせて作られます。左右対称の曲線が連続するため、図案を描くのも一苦労。
20年以上続けている参加者も「アイヌの刺繍は奥深くて終わりがない」「難しいほどやりがいがある」と意気軒昂です。アイヌ民族で講師の岡田育子さんは、「同じ図案を刺繍しても、細かいところに必ず作り手の個性が生きます。面白いですよ」とにっこり。
近年は日本各地から刺繍体験の講師依頼があるほか、ハワイなど海外の手芸グループとのコラボレーションも生まれています。
「単に昔のものを再生するのではなく、現代生活に取り入れやすいように新しいものを開発していきたいです」と岡田さん。見せてくれた作品は赤や緑のカラフルな布にアイヌ文様が描かれ、どれものびのびと光の中を舞っているかのようでした。
全国ブランド白老牛
“白老”ブランドで有名なのは畜産業。1954年に北海道で初めて黒毛和牛の生産が始まり、今では年間1400頭を出荷。旨味のある霜降り肉が全国で人気です。
町内に20ある牧場のうち、繁殖からレストラン経営まで一貫して行う「上村牧場」を訪ねました。町の中心部から車で10分、のどかな一本道を進んだ先に大きな牧場があり、その一角にログハウス調のレストランが。年間約3万人のお客さんが牧場まで足を運び、極上の肉を堪能するのだそうです。
さっそく、おすすめの3種盛りをいただきました。どのお肉も舌の上でとろける柔らかさ。ほんのり甘い脂が口の中いっぱいに広がり、のどを通った後も余韻となって鼻腔に残ります。地元で採れる山わさびを付けて食べると、いっそう上品な味わいに。
畜産牧場がレストランまで経営するメリットをレストランマネジャーの川上勝史さんに尋ねると、「お客様に牛のストーリーを語れることです」。スタッフ全員が命の誕生や生育に触れることで、本物の安全安心につながっているのでしょう。
帰りに牛舎を見せてもらうと、生後3カ月の子牛の背中で子猫が昼寝をしていました。胃も心もほっこり温かくなりました。
ダイナミックな鮭の遡上
太平洋に面した白老町では、9月から11月まで町内各地で鮭の遡上が見られます。アイヌ語で「カムイチェプ(神の魚)」と呼ばれ、儀式などに欠かせない資源として今も重宝されています。
朝8時、町の中央を流れるウヨロ川での捕獲作業を見せてもらいました。川に仕掛けられた檻の中を覗くと、体長50cmほどの鮭がわんさか! 大型の網ですくって木箱に移し、オスとメスを仕分ける際にはバッタンバッタンと魚体をうねらせて暴れます。そのダイナミックさはまさに生命の賛歌です。
下流に目をやると、はるか太平洋を旅して帰郷したばかりの鮭が、まるで順番待ちをしているかのように遊泳していました。養殖用に捕獲された鮭の卵は大切に育てられ、4月から6月初旬に再び海に放たれます。
町の近くにはホロホロ山や倶多楽湖、アヨロ海岸など大自然を満喫できるスポットも。北の大地を全身で感じられます。
■次回は新春特別版、徳之島です。
まちのデータ
人口
1万6687人(9月末現在)
おすすめの特産品
白老牛、エント茶、虎杖浜たらこ
いくら、しいたけなど
アクセス
札幌駅からJR室蘭本線で白老駅まで約1時間
問い合わせ
一般社団法人白老観光協会
0144-82-2216
いつでも元気 2019.12 No.338