映画「人生をしまう時間(とき)」
文・武田 力(編集部)
映画「人生をしまう時間」が9月21日から公開されます。
昨年、大反響を呼んだNHKBS1スペシャル「在宅死 “死に際の医療” 200日の記録」(日本医学ジャーナリスト協会賞大賞)に新たなシーンを加え、映画化したもの。
下村幸子監督にお話を聞きました。
NHKエンタープライズで、主にドキュメンタリー番組の制作に関わってきました。2年前、先輩プロデューサーに「面白いお医者さんがいる」と、小堀鷗一郎先生を紹介してもらいました。先生は森鷗外の孫で、東京大学医学部附属病院と、国立国際医療研究センターに外科医として勤務。定年退職後、堀ノ内病院(埼玉県新座市)で訪問診療と在宅看取りに携わっています。
すぐに先生に会いに行き、訪問診療に付いて行って驚きました。外見は何の変哲もない簡素な佇まいのお宅でも、ごみ屋敷や老老介護など深刻な問題を抱えている方々がたくさんおられる。在宅の終末期医療をめぐる状況が視野に入ってきて、これはぜひ伝えたいと感じました。
看取りという、とてもプライベートな空間に入っていくので、取材も撮影も私ひとりで行うことにしました。患者さんやご家族と時間をかけてお話しして、人間関係をつくりました。映画に出てこない方を含め、全部で64人の患者さんを取材させていただきました。
在宅医療の現場で
映画にはナレーションをつけていません。1つの解釈や結論に誘導するような演出は避け、現実をそのまま感じて考えていただけるように作りました。往診する先生と患者さん、ご家族とのやりとりなど、現場に立ち会っているような感覚で観ていただければと思います。医療従事者の方にも参考になる部分がきっとあります。
死と向き合う現場ですが、往診時の小堀先生はとてもユーモアがあるんです。「足がきれいだね」「これは嫁入り道具のタンスでしょ」など、めざとく見つけてほめる。そうすると患者さんが元気になるんです。
航空管制官だったおじいちゃんのお宅では、ずっとその仕事についての話をしている。おじいちゃんの背筋がだんだんシャキーンとしてくるのを見て、高齢者が内に秘めている力を感じました。最初から体調がどうだとか、血圧が高いなんて話をされたら、そうはいかないですよね。
ケアマネが語った“孤独死”
多職種の連携も描きたかったテーマです。訪問看護師やヘルパー、ケアマネジャーなどが協力して、患者さんとご家族の日常を支えていました。
患者さんが亡くなるときの状況を細かくシミュレーションして、事前に対処の仕方を説明するのも彼女たちの役割です。患者さんの急変に動転してご家族が救急車を呼んでしまうと、患者さんが望まない最期の迎え方になることもあるので。
ケアマネジャーの相模直子さんという方が出てきます。彼女が“孤独死”について語った言葉が印象的でした。孤独死というと「誰にも看取られずにかわいそう」などと考えられがちですよね。でも「本人が住み慣れたところにいたいという気持ちを尊重する。息を引き取るときに誰かが立ち会わなくても、それまでに深い関わりがあればいい。過程が大切」と、ケアマネの役割を話してくれました。
話し合うきっかけに
在宅で24時間過ごすとなると、ご家族も患者さんと同じ時間を歩んでいくわけです。死に向かって、それまで生きてきた集大成のように、患者さんからさまざまなものが滲み出てくる。その中で死を迎える覚悟のようなものが、両者の間に生まれてくるように思います。
取材中のある2カ月間では11人の方が旅立たれましたが、ご家族が取り乱したというのは1回もありませんでした。むしろ亡くなった方とご家族に対して、「お疲れさまでした」という労いの言葉が自然にかかる。立ち会った私も患者さんの死がつらいのはもちろんですが、同時に厳粛な気持ちになりました。
103歳のお婆さまが施設に入ることを説得されるシーンでは、急に彼女がカメラに向かって話しかけてきます。「これでみんなの仲間入りができます」って。
文脈からすると“仲間”は施設を意味するのでしょうが、あの世に赴く気持ちを表現しているようにも受け取れる。ひとりひとりを取り巻く環境や事情が異なるので、死を迎えるにあたってこれが正解というのはなく、それぞれの人生のしまい方がありました。
ぜひ映画を観ていただき、自分の人生をどう終えたいかについて考えたり、ご家族と話し合うきっかけにしていただければ幸いです。
映画「人生をしまう時間」
監督:下村幸子
9月21日(土)からシアター・イメージフォーラム(東京都渋谷区)にてロードショー、
全国順次公開/110分
問い合わせ:合同会社 東風
Tel.03-5919-1542
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いつでも元気 2019.10 No.336