まちのチカラ・大分県日出町
別府湾を照らす 日いづる町
文・写真 橋爪明日香(フォトライター)
九州の北東、国東半島の付け根にある日出町。
豊臣家ゆかりの日出城の眼前には別府湾が広がり、遠くに別府の湯けむりが。
北には鹿鳴越連山がそびえ湧水が町を潤します。
心洗われる風光明媚な景色を訪ねました。
日の出とともに港へ。漁船に乗り込み、オレンジ色にきらめく大海原へ出港です。舵を取るのは底引き網漁師の中山公夫さん。
中山さんは大分県漁業協同組合日出支店に「観光部会クルージング班」を新たに立ち上げ、2年前から漁船クルーズを始めました。朝市クルーズや夜景クルーズ、ミニクルーズなど海上体験プランを提供します。
「日出町には一般の方も買い物ができる珍しい市場がありますから、少しでも多くの皆さんに来ていただきたい。別府でも日出でもホテルの近くにある漁港まで漁船で迎えに行きますよ」と中山さん。漁船は日出町、大分市、別府市の計7港を結ぶ航路で運航しています。
港から別府湾に出ると、遠くに別府温泉の湯けむりと、大分臨海工業地帯の煙が立ち昇っています。この煙の流れを見て風の吹く方向を確認。海を知り尽くした漁師が、海上から見所を案内してくれることはなかなかできない体験です。「底引き網漁船は時速18㎞と遅く、湾の中なのでそれほど揺れることもありません。安心してくださいね」と中山さん。心地よい朝の潮風に吹かれ、海から眺める別府湾の絶景を堪能できます。
鮮魚がズラリ 深江の朝市
20分ほど海上遊覧を楽しみ、到着したのは「深江の朝市」が開かれる大神漁港。深江という地名のごとく深い入り江の中にあります。日、祝日と水曜を除き毎朝7時半から市場がオープン。年間を通して魚150種、甲殻類50種とたくさんの海の幸が集まり、威勢の良いかけ声とともに次々と競り落とされます。
場外には7つの仲卸業者が即席の店を構え、常連客とのやりとりで大賑わい。観光客も仲買人を通して購入し、漁師飯の朝ごはんをいただくことができます。活きの良い海の幸と市場の活気に、元気をもらえること間違いなし。
天下の美味 城下かれい
日出町の特産品といえば「城下かれい」が有名。その城下かれいが育つ漁場が別府湾にあると聞き訪ねました。
日出町の中心部にある「日出城址」の真下の海を眺めると、海面がところどころ半径2~3mほどのちりめん模様に揺れているのに気がつきます。ちりめん模様は海底から真水の湧くところ。そこで育つマコガレイは肉厚で臭みが無く、城の下で獲れることから城下かれいと呼ばれています。おいしく食べられるのは4~9月。刺身にすると純白で美しい光沢があります。江戸時代には将軍への献上品だった高級魚。殿様をも唸らせた城下かれい独特の旨味を、是非ご賞味ください。
山から湧き出る おいしい水
町内の水道水は、そのほとんどが湧き水で賄われるほど日出町は水に恵まれた土地です。城下かれいを育んだ海底の真水だけでなく、町のあちこちに湧き水スポットが。有名どころでは「山田湧水」があり、日中は水を汲みに来る人が絶えません。
「週に一度、ここに来て水を汲むのが日課。この水でお米を炊いたり、お茶や珈琲をいれると味がまろやかになっておいしいですよ」と、大きなペットボトルを数本抱えた地元の方が話してくれました。長い年月をかけてゆっくり浄化された水は清らかで、その優しい飲み口に癒されます。
樹木医と歩く 鹿鳴越道トレッキング
山田湧水の脇には登山道があり、湧き水を育む鹿鳴越連山へと続きます。東には日出城の城主が籠に乗って山越えしたと伝わる「東鹿鳴越道」、西にはキリスト教宣教師のフランシスコ・ザビエルが、1551年に大友宗麟に会うために歩いたという「西鹿鳴越道」があります。
約2~5時間の登山が楽しめるほか、天然記念物ミヤマキリシマが咲く経塚山山頂付近まで車で行くこともできます。この山の保全に尽力している樹木医がトレッキングガイドをしていると聞き、山道を案内してもらいました。
「山歩きはまさにシナリオのないドラマ。自然に出くわした時に、どれだけの発見ができるか。そのお手伝いができれば」と、笑顔がまぶしい村松幸成さん。80歳とは思えない健脚について行くと、アセビの花の香りが漂い、メジロやソウシチョウ、ウグイスなどが至近距離で歌います。足元には木漏れ日が好きな低木のアオキがひょっこり。樹木医ならではの植物の解説に、楽しい山歩きであっという間に山頂です。じんわりかいた汗を、海から吹き上げる心地よい風が拭ってくれました。
静寂に包まれる 夜坐禅
経塚山の麓、豊岡地区に1346年(室町時代)建立の歴史ある禅寺「羯諦寺」があります。「ぎゃてい」とは般若心経の最後に出てくる祈りの言葉で、日本では珍しいサンスクリット語の寺名です。
寺では朝晩の坐禅、写経や茶道などが定期的に開催され、月に延べ200人の出入りがあります。今春からは宿坊もオープンし、観光客を中心にお寺の生活を体験することもできます。
「最近では欧米を中心に、海外の方が日本文化を真剣に求めて来訪します。2000年以上続けてきた〝坐る〟という文化は、人にとって必要なこと。何かを得ようとするのではなく、捨てることによって心が軽くなるのです」と語るのは河野紹眞住職。
時代に合わせたお寺のあり方を追求し、広く人々を受け入れます。畳の上に坐ると、まずは足の組み方を指南してくれました。日没とともに蝋燭に火が灯り、静寂に包まれた坐禅が始まります。
別府や湯布院といった有名温泉地から車で約20分の距離にありながら、日出町は人混みに邪魔されることなくゆったりとした時間が流れています。この町でほんの少しだけ立ち止まって、ひと呼吸してみませんか?
■次回は群馬県嬬恋村です。
まちのデータ
人口
2万8362人(2019年3月末現在)
おすすめの特産品
城下かれい、鱧
アクセス
大分空港からバスで約30分
連絡先
日出町観光協会 0977-72-4255
いつでも元気 2019.6 No.332