滞納は市民のSOS
滋賀県野洲市 市長インタビュー
文・武田力(編集部) 写真・若橋一三
滋賀県野洲市では2016年、税金を滞納した市民など生活困窮者を支援する「くらし支えあい条例」を制定しました。
ユニークな取り組みを進める山仲善彰市長に、市政運営で大切にしていることを聞きました。
生活再建と自立を支援
─「くらし支えあい条例」を制定したきっかけを教えてください。
山仲市長 市民からの生活相談を受ける中で、税金の滞納の背景に失業や生活苦、多重債務の問題が隠れていることが分かってきました。税金や水道料金、給食代などの滞納を市民からのシグナル=SOSと捉えて、生活支援につなげることはできないものかと考えました。問題が軽微なうちに相談に来ていただいたほうが解決しやすいですし、生活再建と自立を支援して納税につなげるほうが合理的ではないかと思いました。
─自治体によっては、差し押さえや強制的な徴収に重きを置くところもあります。
山仲市長 そういう対応を必要とする悪質な滞納者はむしろ稀で、「税金を払いたくても払えない。困っている」という方のほうが圧倒的に多いわけです。市民の生活に目を向ければ、困っている方々の生活再建に寄り添い励ます対応が必要で、市民を守るための税金が市民生活を壊すなどやってはいけないことです。
条例前文の精神
─「くらし支えあい条例」の前文には、地震や水害などの自然災害とともに、病気や事故、失業などが生活苦の背景にあると述べられています。
山仲市長 いったん職を失ったり事故に遭ったりすると、すぐに生活に困窮してしまう実情があります。日本の場合、その時のサポート体制はものすごく脆弱です。私は滋賀県庁で課税徴収の現場に携わっていた頃から、滞納者の実態を肌で感じる機会がありました。個人の責任ではないのに経済的に苦しい状況に置かれてしまうのは、自然災害も社会経済的な要因もまったく同じで、支援が必要だと思います。
─具体的にどのような支援を行っているのですか。
山仲市長 市税などの滞納があった場合、督促状と一緒に「借金はありませんか」などと書いたチラシを目立つようにして必ず入れます。市民生活相談課につながったところで相談の内容をうかがって、多重債務があれば法律家を紹介しますし、住まいの悩みには一定の給付金なども用意しています。また市役所の中にハローワークがあって就労相談に応じたり、面接のためのスーツやバッグを貸し出したりもしています。市民生活相談課を中心に包括的にチームで対応できる体制をつくり、“たらいまわし”にしないように心がけています。
くらし支えあい条例
生活困窮者等への支援の拡充のほか、消費者トラブルの防止、見守り活動の強化などを規定。市内で訪問販売を行う事業者の登録制度を日本で初めて導入した。
(条例抜粋)
前文 市民共通の願いは、健康、安全、幸せです…しかし、地震、水害などの自然災害、また、病気、事故、失業、離婚、さらには日常生活での消費に伴うトラブルなど社会経済的要因によって生活が立ち行かなくなる場合があります…このように市民の生活の困りごとを解決し、自立を促し、生活再建に向けた支援を行うことは、市の重要な役割です。(後略)
第23条 市は、その組織及び機能の全てを挙げて、生活困窮者等の発見に努めるものとする。
第24条 市は生活困窮者等を発見したときは、その者の生活上の諸課題の解決及び生活再建を図るため、その者又は他の者からの相談に応じ、これらの者に対し、必要な情報の提供、助言、その他の支援を行うものとする。
市内全域が職場
─「くらし支えあい条例」23条に「市は、その組織及び機能の全てを挙げて、生活困窮者等の発見に努めるものとする」とあります。アウトリーチと呼ばれる考え方ですね。
山仲市長 そもそも生活が苦しい方は、市役所へ相談に来る余裕もありません。さまざまな接点を捉えてこちらから働きかけなければ、最も困難を抱えた方々とはつながることすらできません。私は就任した時から職員に「みなさんの職場はどこだと思っていますか? 市役所の建物や机ではないですよ。市内全域がみなさんの職場ですよ」と言っています。むしろ当然の姿勢だと思っています。
─(国民健康保険料を滞納した時に保険証の代わりに発行される)資格証明書の件数もゼロとうかがいました。
山仲市長 資格証明書はいったん医療費を窓口で全額自己負担しなければなりません。これではほとんどの方が受診を我慢する可能性が高いでしょう。国保料を滞納している方は、生活が苦しくて払えないケースが多い。生活再建のためには健康に生きる権利が保障されていることが前提で、資格証明書は最大限発行しなくて済むようにしています。
公営にするメリット
─野洲市では民間病院の市民病院への移行を進め、保育園や学童、給食やバスも積極的に公営にしているとうかがいました。公営にするメリットを教えてください。
山仲市長 民間でできることは民間がやったらいいし、それには大賛成です。しかし、市民に必要とされている基礎的なサービスが民間で供給されない場合は、自治体が責任を持って担わなければいけない。例えば保育園で言うと、発達支援を必要としている子どもが今2割ほどいます。民間ではどうしても経営の視点が優先されてしまい、対応しきれない部分が出てきてしまいます。民間のサービスでは漏れてしまう部分にきめ細かく対応するのが、自治体の主要な役割だと思います。
─「民間=安い」とは限らないともおっしゃっています。
山仲市長 公営の場合、市民の健康や子どもたちの成長など、市民がサービスを享受できることを利益と捉えます。金銭換算で公営のほうに利益が少ないように見えても、そうではないのです。民間がやるのと自治体でやるのと社会コストは基本的に同じです。同じサービスで民間のほうが安いとしたら、保育士や運転士の給料が安いなど誰かがマイナスを負っている。それでサービスの質まで低下してしまったら、損失のほうが大きくなってしまうでしょう。そういう大きな視点で見ないと本当のコストは把握できません。自治体の財政は金銭換算とはまったく別の観点から見ないといけないと思います。
たとえ一人の課題でも
─市政運営にあたって大切にしていることはありますか。
山仲市長 市民が抱えるさまざまな課題に応えるために自治体は存在します。とかく自治体は“この施設にはこの基準に合う人が入れます”“法令はそうなっています”という対応をしがちですが、これでは市民の課題やニーズに十分応えられません。その課題がたとえ一人から出発したものだとしても、可能な限り応えて支援して、うまくいったらそれを制度化していけばいいのです。また市の政策決定は最大限透明化しています。それが市民からの信頼につながるし、そもそも信頼していないところに相談に来ようとは思わないでしょう。
─『元気』読者にメッセージをお願いします。
山仲市長 医療や介護は住民のいのちと健康を守る最重要の公共サービスです。商売でやるのと違いますものね。また、地域の支えあいのネットワークは自治体だけではできない、社会の重要な仕組みです。ぜひ住民自治を担う主体者として取り組んでいただければと思います。
今後の取り組みに注目
藤藪貴治弁護士に聞く
弁護士になる前は、福岡県北九州市の福祉事務所でケースワーカーとして働いていました。「ヤミの北九州方式」と呼ばれた生活保護行政の現場では、職員の生活保護利用者に対する差別や蔑視がはびこっていました。
市民が相談に来た時、その人が抱えている背景、育ってきた環境や疾患まで含めて洞察して対応する専門性がケースワーカーには求められます。私見ですが、自治体には社会福祉士などの専門職を系統的に採用して配置する対応が必要だと考えています。
野洲市の「くらし支えあい条例」を読みました。良くできた素晴らしい条文があります。市民が抱える問題が大きくなる前に介入して、早めに解決しようという動機やねらいも理解できます。
取り組みをさらに発展させるためには、市民の相談に対して親身に寄り添える人材の育成と配置が欠かせないと思います。「この人なら何とかしてくれる」「市役所で相談してみよう」という市民からの信頼も大切です。今後の取り組みに注目しています。
いつでも元気 2019.4 No.330