まちのチカラ 浅間山を望む 龍神伝説の里 長野県御代田町
文・写真 牧野佳奈子(フォトライター)
今も噴火の警戒が続く浅間山は、標高2568mの活火山。
その南麓に広がる御代田町には古からさまざまな文化が息づいています。
浅間山に抱かれて暮らす人々を訪ねました。
町民がつくる新しいまつり
まずは、しなの鉄道御代田駅から車で10分の山麓にある真楽寺へ。浅間山の鎮守の祈願所として、聖徳太子の父である用明天皇の勅願によって建立されたと伝えられる名刹です。
仁王門をくぐって杉木立の参道を進むと、右手に無色透明の清らかな池が。底一面は鮮やかな苔で覆われており、周囲から湧き水が注ぎ込んでいます。この「大沼の池」は、御代田町に伝わる龍神・甲賀三郎伝説の発祥の地。
伝説は、甲賀家の跡取りとなった三郎が兄たちの計略で深い穴に突き落とされ、龍となって現れたというもの。三郎の帰りを待ちわびた妻もまた龍となり、今は約70km南西にある諏訪湖の底でともに暮らしているといわれています。
この伝説をもとにした「龍神まつり」が、毎年7月の最終土曜日に開催されます。全長45mと30mの龍が火を吹きながら豪快に舞い、総勢100人以上の町民が担ぎ手として参加します。小学生が参加できる2頭の子龍もあり、毎年30人以上の志願者が担ぎます。
本番に向けた特訓は2カ月半前に始まります。全長45mの龍は、頭だけで200kgもあるそう。それを大勢で操るのは至難の技です。「頭から尻尾まで1つの龍として動くのが難しい。でも一度やってみると、楽しくてやめられなくなりますよ」と「龍の舞保存会」の黒澤哲也会長。
龍神まつりは3村合併を機に約40年前に始まった新しい行事です。伝統文化ではないからこそ、「正解がないという難しさと、新しいアイデアで変えていける楽しみがある」と黒澤さん。
今では町内外の福祉施設や小学校で出張公演をすることも。「町民全員が御代田の龍を誇れるようになってほしい」という黒澤さんの目標は、小学生から大人まで年齢の切れ目なく龍の担ぎ手になれる仕組みをつくること。新しい芸能文化が、今後100年、200年と続いていくことを願わずにはいられません。
縄文時代に栄えた地
御代田駅に戻り、次に「浅間縄文ミュージアム」を目指しました。実は今、縄文文化は秘かなブーム。昨年から関連書籍が複数出版されているほか、東京を中心にドキュメンタリー映画や博物館での特別展が相次いでいます。
縄文時代は約1万3000年前から1万年続きましたが、中期には長野県中部にある八ヶ岳山麓が最も栄えていたといわれています。浅間山周辺にも比較的大きな集落が点在しており、八ヶ岳とは違う型式の遺跡が見つかっているそう。中でも焼町土器は浅間山南麓が中心の特徴的なデザインで、表面にドーナツ型の穴が幾つも開いています。
浅間縄文ミュージアムの堤隆館長に縄文文化が繁栄した要因を尋ねると、「御代田町が位置するこの地域は、傾斜がゆるくて日当たりが良く、湧き水が豊富なため集落をつくりやすかったのだと思います」と説明してくれました。関東地方の土器や、新潟のヒスイが遺跡で見つかるなど広く他の地域と交流していた様子がうかがえます。
ミュージアムの一角では、親子連れや若いカップルが縄文体験を楽しんでいました。弓矢や火おこしは無料、土器や勾玉づくりは400円から体験できます。土偶づくりに挑戦していた女性に声をかけると、「なかなか本物と同じようにならなくて難しいです」と真剣な表情。
縄文時代は未知の世界だからこそ、知れば知るほど想像が掻き立てられハマってしまうのかもしれません。
レタス畑で楽しく農業
信州の高原野菜といえばレタスです。特に御代田町周辺の土は非常に水はけがよく、葉野菜の栽培に最適。あちこちにレタス畑があり、5月から10月には淡い緑色の絨毯が広がります。
2代目レタス農家として「株式会社ベジアーツ」を経営している山本裕之さんを訪ねました。正社員8人のうち6人は町外からの移住者で、平均年齢28・8歳という若さ。「東日本大震災をきっかけに、仕事観が変わった人は多いようですね」と山本さん。仕事でお金を稼ぐだけでなく、食べ物を育てながら自然とともに生きる道を求めて就職する人が増えているそうです。
ベジアーツでは有機肥料を独自につくり、畑ごとに土壌分析して施肥量を決めるというこだわり。「農業は大変というイメージがありますが、本来は楽しい職業。労働条件を整えれば、若い世代にも十分やりがいをもって働いてもらえます」と話す山本さん。生き生きとして活力に満ちあふれていました。
畑に行くと、若い社員たちがスポーツ選手のような服装で種まきや草取りに従事している姿が。「炎天下で大変じゃないですか?」と尋ねると「大変ですけど、大丈夫です!」と元気な声が返ってきました。
御代田町の魅力を聞けば「水がおいしい」「景色がいい」「東京に近い」など枚挙にいとまがないほど。太陽の光とともに生産者の笑顔もたっぷり注がれて育つレタスは、さぞ美味しいだろうと食欲をそそられました。
軽井沢の近郊でカフェオープン
町の中心部から東に向かって車で7分。信州産ワインが飲めるカフェバーがあると聞いて訪ねました。横浜から移住した和田耕太郎さんと真弓さん夫婦が営む「green room」です。
耕太郎さんは4年前に脱サラし、長野県東御市にあるワイン醸造会社の立ち上げに参加。2年後に真弓さんと3人の子どもを呼び寄せ、御代田町に居を構えました。御代田に決めた理由は「軽井沢が近いから」と耕太郎さん。確かにカフェから軽井沢町は目と鼻の先です。観光客のほかリゾートホテルなどで働く人たちにとってもアクセス良好。軽井沢町内より土地が安いのも好条件だったと話します。
「御代田町の人は移住者に抵抗がなく、オープンで温かい。一方で地域の古い行事もちゃんと残っていて、子育てにも最高だと思います」と耕太郎さん。富士山より浅間山が好きだそうです。
隣で「冬はびっくりするほど寒くて大変ですけどね」とはにかむのは真弓さん。「でも、体験したことのない氷の世界は感動的です。鳩がいない代わりに、毎日いろんな鳥のさえずりが聞こえることにも驚きました」。
2人は「green room」を地元の人たちが気軽に集まれる場にしていきたいとのこと。移住者が運んできた新しい風が、町全体に心地よく流れているような気がしました。
■次回は東京都奥多摩町です。
まちのデータ
人口
1万5596人(2018年8月1日現在)
おすすめの特産品
レタス、そば、小麦粉、かぼちゃ焼酎
アクセス
北陸新幹線 軽井沢駅から御代田駅までしなの鉄道で14分
上信越自動車道 佐久ICから車で約10分
連絡先
御代田町産業経済課商工観光係
0267-32-3111(役場代表)
いつでも元気 2018.10 No.324