守りたい9条
自民党改憲案の狙い 渡辺治さん(一橋大学名誉教授)
文・ 新井健治(編集部)
自民党は3月に9条改憲案の方向性を決めました。
国民の批判をかわすため、現在の1、2項を残す一方で新たに「9条の2」を加え、自衛隊を明記する案が有力です(別項)。
自民党改憲案の危険性について、一橋大学名誉教授の渡辺治さんが4月11日、全日本民医連「憲法9条を守る憲法闘争全県連代表者会議」で講演しました。要旨を紹介します。
自民党改憲案をよく見ていただきたい。「9条の2」の最初に「前条の規定は…必要な自衛の措置をとることを妨げず」とあります。「前条の規定」とは現行の9条第1項の戦争放棄の規定と第2項の「戦力は保持しない」とした規定を指します。改憲案は、“1項で戦争はしないと言うが自衛のための戦争はできる、2項で戦力を持たないと言うが自衛のためなら持てる”と言っているのです。つまり改憲案は2項を残しながら、事実上、2項を“殺す”のと同じ効果を持ちます。
さらに改憲案にある“必要な自衛の措置”には、実際に日本が攻撃された時に発動する「個別的自衛権」だけでなく、同盟国の戦争に加担する「集団的自衛権」も含まれます。この改憲案が通れば、安保法制でもできなかった集団的自衛権の全面行使が可能になります。自衛隊がイラク戦争のようなアメリカ軍の全ての戦争に、武力で加担することができます。
軍法会議で死刑も
自民党は戦後、何度も改憲策動を繰り返しましたが、そのつど国民の運動で挫折を余儀なくされました。政府はやむを得ず自衛隊を「9条2項が禁止する戦力には当たらない」と強弁、海外での武力行使を禁ずるなど、活動に厳しい制約を課さざるを得なかった。これが結果的に、自衛隊に対する国民の信頼を生んだわけです。
ところが、改憲が実現し自衛隊の保持が憲法に明記されれば、そんな制約はなくなります。国民が信頼する自衛隊は変質します。
憲法に軍事組織が明記されるため、「武力によらない平和」を政府に義務づけた9条の理念は根本的に転換します。9条の下ではできなかった軍法や軍法会議など軍事組織にかかわる法律もできます。戦前の日本の軍法では、兵士を戦場に縛りつけるため“敵前逃亡”には死刑の重罰を科していましたが、これが復活します。
特定秘密保護法や共謀罪も大きく変わるでしょう。今は自衛隊の「日報問題」がクローズアップされていますが、自衛隊が憲法上の組織として位置づけられれば、秘密保護法などで国民の知る権利を妨げる事態も考えられます。報道機関が軍の内実を明かそうとすれば、処罰される危険性も高まります。
マスコミの甘い見通し
森友・加計学園問題などで「安倍首相も、そうそう改憲に踏み込めないのでは」と考える人もいるかもしれません。マスコミも例えば朝日新聞は、3月26日の1面トップで「年内発議は困難」と報じましたが、安倍政権が存続する限り改憲策動は止みません。
自民党はほとぼりを冷まして、改憲案を国会の憲法審査会に提示。国会で※改憲の発議をして国民投票に持ち込む計画をあきらめていません。
なぜ、急ぐのか。来年4月に統一地方選、5月には天皇の交代が予定されています。それが終われば夏には参院選が控えます。野党共闘により参院選で改憲派が3分の2を取れなければ、改憲は頓挫します。過密な政治日程を考えると、今年中に目処をつけなければならないのです。
※改憲の発議 国会が改憲案を提案し国民投票を求めること。
衆参両院議員の各3分の2以上の賛成で国会が発議できる
9条は死んでいない
9条は死んでいません。日本では戦後70年以上にわたり、国民の運動と結びついた9条がさまざまな形で軍事大国化の道を阻んできました。9条が生きているからこそ、安倍政権は必死に改憲を企てるのです。
安保法制によって9条に風穴は開けられたものの、それでもまだ自衛隊は海外で武力を行使できていません。それは「安保法制は違憲」と訴える市民と野党の共闘があるからです。
改憲を阻むには、3000万署名を通して市民と野党の共闘を今より一回り大きくし、安倍政権を倒すことです。倒さない限り、どんなに息絶え絶えになっても、安倍政権は必ず改憲を実現しようとするでしょう。
また、森友・加計学園問題などで自滅を待つのではなく、改憲NOの声で倒せば、政権が交代しても自民党は改憲案を出すことができなくなります。
署名の際には自民党改憲案の危険性を広く市民に知らせることが必要です。日経新聞の世論調査(3月26日)では、安倍政権支持率は56%から42%に急落したものの、自衛隊明記の改憲案の賛否は賛成が47%で変わりませんでした。安倍政権への批判は強くなっているものの、そのことが9条改憲案の批判には結びついていません。
安倍政権の相次ぐ不祥事で、3000万署名をめぐる空気が変わってきました。「安倍政権による改憲は不安」との声が増えています。この声を署名に結びつけ、安倍政権を倒して改憲の企みを挫折させましょう。
危ない!自民党改憲案
■現行の憲法9条
第1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
第2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
■自民党の9条改憲案(現行の9条に追加)
9条の2第1項 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
9条の2第2項 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
いつでも元気 2018.6 No.320