まちのチカラ・茨木県大洗町 老若男女に愛される港町
文・写真 牧野佳奈子(フォトライター)
夏は海水浴、冬はあんこう鍋、春と秋は生シラス―。
1年を通して観光客を魅了する茨城県屈指の港町は、日本三大民謡の1つ「磯節」のふるさとでもあります。
5年前にアニメの舞台となり、聖地巡礼に訪れる人たちが急増して新たなにぎわいも。
幅広い世代に愛される大洗町の魅力を訪ねました。
“大洗さま”越しに朝日を拝む
大洗町に着いて、まずは“大洗さま”の愛称で知られる大洗磯前神社へ。高台にある本殿に参拝した後、目の前に広がる海岸に下りました。そこには「神磯の鳥居」が岩の上にぽつり。古事記などに記されている大己貴命と少彦名命という2人の神が降臨したと言い伝えられているパワースポットです。
朝日や満月をバックに眺める鳥居は神々しく、朝夕には多くの写真愛好家が集まります。私が訪れた日も、早朝4時からカメラを持った男女が十数人。初日の出には、参拝客も合わせて約20万人が訪れるそうです。
水戸黄門として知られる水戸藩第2代藩主の徳川光圀公は、この地を訪れた際にこんな詩を詠んでいます。
あらいその岩にくだけて散る月を
一つになして返る浪かな
口の中でおどる生シラス
神社から3分ほど車を走らせると、漁船がところ狭しと停泊している大洗漁港があります。冷たい親潮と暖かい黒潮がぶつかる北関東の沖合は、多種多様な魚介類が集まる海産物の宝庫。今年は特にシラスの漁獲量が多いということで、港では朝9時頃からシラスを積んだカゴが次々と水揚げされていました。
漁港で活躍しているのは漁協女性部の皆さん。水揚げ作業が終わると3班に分かれ、加工・食堂運営・イベント出店準備の各作業に従事。中でも漁協直営の食堂「かあちゃんの店」は大人気で、休日には朝から行列ができるほど。3年前には全国青年・女性漁業者交流大会で水産庁長官賞も受賞しました。
早速お店に入り、生しらす丼定食を注文。白米の上に透き通ったシラスがこんもり乗せられ、頂上に卵黄が1つ。生姜醤油をかけて混ぜると、シラスが思ったより多いことにびっくり。箸の上でも口の中でも、まるで生きた稚魚がおどっているかのようです。
厨房を取り仕切っていた高橋早苗さんに話を聞くと、「生しらす丼は家でもよく食べますよ。塩水で2回よく洗うと臭みがとれておいしくなるんよ」。
外では加工班の女性たちが、釜揚げしたシラスを天日干しにしていました。「内緒で食べてみて」と言われ、ひとつまみ頂戴することに。こちらもまた、過去に味わったことのない甘みが口いっぱいに広がってびっくり。「秋に獲れるシラスは脂が少ないから、もっとおいしいよ」。なるほど、お客さんが絶えない理由がよく分かりました。
日本三大民謡磯節のふるさと
海の恵みは食だけではありません。日本三大民謡の1つ「磯節」は、江戸時代から唄い継がれてきた舟唄が起源だと言われています。明治初期に港近くにあった遊郭の案内人が三味線と囃子詞を加え、さらに水戸の芸者が踊りを付け加えて全国に広がりました。
町内の民謡教室を訪ね、磯節を聴かせていただきました。指導するのは「大洗本場磯節保存会」の川上一潮先生、83歳。この日は9人が集まり、三味線と太鼓に合わせて順番に唄い合いました。ほとんどの人は定年後に民謡を始めるそうですが、「最初の5、6年は腹から声が出ないんですよ。やはり民謡はできるだけ早く始めた方がいい」と川上先生。それにしてもみなさん、声量が大きくて迫力満点!
磯節の魅力を尋ねると「節回しの複雑さ。茨城弁と同じで、文尾が強く尻上がりになるんですよ」と川上先生。その強弱によって、まるで波が砕けるような豪快さと大海原の雄大さを表すのが醍醐味なのだそうです。
茨城県は民謡が盛んな地域の1つ。唄ごとにコンテストがあるほか、月1回は旅館からの依頼で宴席披露しているとのこと。病気になる暇もないほどの活躍ぶりに、大洗町の元気の源を感じました。
アニメが観光客を呼び戻す
大洗町は近年、若い世代から別の側面で注目されるようになりました。2012年にテレビ放送された女子高生のミリタリー系アニメ「ガールズ&パンツァー(通称ガルパン)?GPP」の舞台として全国に名が知られ、平日のイベント開催時でも1日700人以上が訪れるように。町を歩くと、あちこちの商店に女子高生キャラクターの等身大パネルが。ファンのほとんどは20~40代の男性です。
町をあげてガルパンファンを歓迎するようになった経緯を、「大洗まいわい市場」代表の常盤佳心彦さんに尋ねました。常盤さんは、野菜や土産品の直売所を営む傍ら、ガルパン効果を活かしたイベントの企画や、キャラクターの使用権に関する相談会なども開いています。
最初にガルパンのプロデューサーから大洗町を舞台にしたいと話があった時、「実は僕も含め町の人たちはキョトンとするばかりでした(笑い)」と常盤さん。しかし、プロデューサーの熱意に共感し、個人的に協力しているうちに仲良しに。その後、商工会と同青年部が受け皿となって町のイベントで披露すると、思いのほか多くのお客さんがやって来ました。
当時は東日本大震災からの復興時期。観光客が激減して町に活気がなくなっていました。常盤さんはすかさず、商店街にもガルパンファンが足を運んでくれるような仕掛けを提案。スタンプラリーやキャラクター探しゲームなどを展開し、町全体に人の流れを生み出しました。「最初はやや違和感を持っていた地元の人たちも、徐々にファンと会話するようになりました。すると“アニメ好き=普通の人”であることが理解できた。しかもガルパンファンは社会人が多く、非常にマナーが良いのです」。
昨年大洗町を訪れた観光客は、震災前をしのぐ454万人。ガルパンファンの中には、リピーターにとどまらず町に移住したり別宅を構えた人もいるそうです。それほど彼らを魅了するものは何か? 「商店街の人たちの人柄でしょうね。港町なので言葉は荒いけど、小さなおせっかいが上手で居心地がいい」と常盤さん。町に根付き、ガルパンファンから大洗ファンに転身した人たちが、今後も新しい風を吹き込んでくれるかもしれません。
一年中楽しめる観光地
他にも北関東最大級の海水浴場「大洗サンビーチ」は、お年寄りや身体の不自由な方でも安全に楽しむことができる、おすすめのユニバーサルビーチ。サメの飼育種類数全国1位を誇る水族館「アクアワールド」も見逃せません。さらに、大洗町は県内を代表するあんこうグルメスポット。冬の味覚「あんこう鍋」は濃厚かつコラーゲンたっぷりです。
観光資源に事欠かない大洗町。きっかけは何であれ、行けば行くほど町の魅力にハマってしまうことは間違いなさそうです。
■次回は山形県朝日町です。
まちのデータ
人口
1万7282人
(2017年5月末現在)
おすすめの特産品
鹿島灘はまぐり、常磐戻りガツオ、シラス、あんこう、さつま芋など
アクセス
水戸駅から大洗鹿島線で大洗駅まで約15分
水戸駅から車で約20分
問い合わせ先
大洗観光協会 029-266-0788
いつでも元気 2017.9 No.311