けんこう教室 強迫性障害
外出時に家の鍵を閉めたのか、不安になった経験は誰しも一度はあると思います。しかし、何度も家に戻り確認を繰り返している人は、「強迫性障害」の可能性があります。
強迫性障害の人は自分の症状に気付いていても周囲には言わないことが多く、「一緒にいる時間の長い家族しか知らなかった」ということもよくあります。また、そもそも病気だという認識がない場合も多く、重症化するまで受診につながらないケースもあります。
今回は強迫性障害について、読者の皆さんに理解を深めていただければと思います。
強迫性障害とは
強迫性障害には、「強迫観念」と「強迫行為」があります。
■強迫観念 苦痛や不安を伴って繰り返し浮かんでくる思考やイメージ、何かをせずにはいられなくなる衝動のことです。例えばトイレをすごく汚く感じたり、車を運転していて「人をひいてしまったんじゃないか」と不安になる、というようなことです。
■強迫行為 強迫観念を打ち消すために繰り返し行われる行為のことです。前述の例で言うとトイレに入る前に汚れないように入念に準備をしたり、何度も車を降りて周囲を確認します。強迫行為を行うと一時的に不安は解消されます。ところが、しばらくすると「自分は完全にはできていないんじゃないか」と思って強迫観念がひどくなり、また強迫行為を行うという悪循環に陥ります(図1)。
自分で「おかしい」と思っていても、強迫行為を止められないことも特徴の1つです。
よくある強迫観念と強迫行為は、(1)不潔恐怖と洗浄、(2)加害恐怖、(3)確認行為、(4)儀式行為、(5)物の配置・対称性へのこだわりがあります(図2)。
(1)不潔恐怖と洗浄 何かを汚いと思い触れなくなったり、必要以上に手洗いや入浴を繰り返す。
(2)加害恐怖 誰かを傷つけたり殺してしまったのではないかと不安になり、周囲の人に確認したり、新聞やテレビの報道を確認する。実際には誰かを傷つけてしまいそうな場面に遭遇していなくても、頭の中にイメージが浮かんできて不安になる。
(3)確認行為 電気やガスの消し忘れ、鍵の閉め忘れが不安になり、何度も確認する。
(4)儀式行為 決まった順番で物事を行わないと恐ろしいことが起きる、といった不安を感じ、どんなときでも同じ方法でやろうとする。
(5)物の配置・対称性へのこだわり 左右対称など物の配置に強いこだわりがあり、配置がずれていると不安になる。
強迫観念と強迫行為には必ずしもつながりがあるわけではなく、「家族に暴力をふるってしまうかもしれない」という強迫観念(加害恐怖)を避けるために、テーブルの上の物を左右対称に整理するという強迫行為(物の配置・対称性へのこだわり)といった代償行為を行う場合もあります。
生活の変化をきっかけに
この病気は自分で何でもコントロールしたいと思う完璧主義な人や、真面目で責任感の強い人がなりやすい病気です。その性格が良い方向に作用している時はいいのですが、入学や就職など生活に変化があった時にうまく作用しなくなり、だんだんと強迫行為が悪化していくことが多いようです。
強迫性障害の患者さんは、病気だと気付いていない人も含めると、人口の約2%と言われています。その中で軽症の人が25%、治療をすれば症状が軽くなる人が50%、入院が必要なほど重症な人が25%ほどです。最初は軽症だった人も、強迫観念と強迫行為の悪循環が長くなるうちに重症化するケースもあります。
また、男女の差は無く、多くの人が10代~20代で発症しています。私が診ている患者さんでも、10代の頃から軽い強迫行為があったという人が多く、受診に来るまでに平均7年くらいかかっています。
家族を巻き込むケースも
最初の受診は、強迫行為を見かねた家族が連れてくるか、家族だけで相談に来る場合がほとんどです。前述したように、強迫性障害の患者さんは自分で何でもコントロールしたいと思うため、周囲の人を巻き込んで支配する傾向にあります。
ある患者さんは自分自身を汚いと思い込んで外出できず、トイレに行く時は手を何度も洗い、ゴム手袋を何重にもはめて消毒をしていました。そのうち家族も巻き込むようになり、「自分が触れたところは汚いから」と母親に8時間も掃除をさせるようになりました。結局、家族も限界になって病院につながり、この患者さんは入院することになりました。
誰でも「汚い」と思って手を洗ったり、不安を感じて確認を何度か行うことはあるかと思います。しかし、その行為が行き過ぎて自分や家族の生活が脅かされていたら、受診することをお勧めします。
治療を始める前に
受診に来たら、問診をして強迫性障害に該当するかを診断します。国際的に確立されている診断基準を使い、強迫観念や強迫行為があるか、それが精神的苦痛や日常生活を困難にさせているかなどを診断します。
強迫性障害の有効な治療法に、「薬物療法」と「曝露反応妨害法」がありますが、いきなり治療を始めることはしません。患者さんは自分がしている行為がおかしいことは分かっていても、外部から自分を変えられることに強い不安を感じます。そんな心理状態で無理矢理治療を始めても医療者に不信感を抱き、治療を進めることは困難になります。
最初は強迫性障害がどういう病気なのかをきちんと理解してもらう心理教育から始めます。強迫性障害には強迫観念と強迫行為があり、強迫行為を続けていくことでどんどん症状が悪化することを知ってもらいます。ただし、この最初の段階が一番難しく、重症の人では何年もかかることがあります。
治療の進め方
患者さんの症状などによってさまざまですが、多くの場合、まずは抗うつ薬などを使った薬物療法を行います。効果のある人は、数カ月で症状が軽くなります。
薬物療法が難しい人は曝露反応妨害法を使います。曝露反応妨害法とは、患者さんに不安を感じる状況に身を置いてもらい、強迫行為をしなくても不安感は下がっていくことを学んでもらう治療法です(図3)。
治療の説明をすると、汚いと思っているものに無理矢理触れて、手を洗わずに我慢を強いられる嫌な治療だと思う方もいます。しかし、この治療法は触らずに手をかざしたり、汚いと思うものがある場所でしばらく止まっている程度でいいのです。大切なのは、「不安が現れても、時間が経てば慣れるし不安感は下がるから、強迫行為はしなくても大丈夫」だと理解してもらうことです。
曝露反応妨害法は科学的に有効だと認められ、世界中で行われている治療法です。段階を踏んで行っていけば必ず効果が出てくるので、安心して治療を受けてほしいと思います。
重症の方には入院をして治療することもあります。この場合も、強制的ではなく、患者さんや家族とよく話し合い、きちんと納得してもらった上での入院になります。
また、本人が受診を拒否している場合でも、あまりにも症状がひどく入院が必要だと判断したときには、家族の同意を得て「移送制度」を利用します。移送制度は治療を拒否する患者を医療に結びつける制度で、利用する際は必ず保健所と相談し、保健所の職員が患者宅に事前調査に伺って入院がふさわしい治療かどうかを確認します。
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最近は「強迫性障害が病気だ」という認識が少しずつ広まってきて、当院に受診される患者さんも増えてきています。一方で、治療を継続することが難しく、中断率も高い病気です。
何度も述べたように、患者さんは「自分の思い通りにしたい」という人がとても多い病気です。その思いを否定して変えようという治療なので、医療者と患者さんが対立してしまうこともあります。
大切なのは、治療内容を患者さんに理解してもらうことと、治療を焦らないことです。患者さんも私たち医療者側も、根気よく治療を続けていくことが大切です。
いつでも元気 2017.5 No.307