まちのチカラ 12 北海道 東川町 文・写真 牧野佳奈子(フォトライター) 旭岳を望む“写真の町”
北海道の中心にそびえる大雪山の麓に、“写真の町”を大々的に掲げるユニークな自治体があります。
毎年、夏には「写真甲子園」を開き、プロ、アマ問わず全国のカメラマンが集結。
雰囲気に惹かれ、都会からの移住者も多い東川町を訪ねました。
神々が遊ぶ庭
旭川空港から車で15分、JR旭川駅からなら約30分で東川町の中心部に着きます。そこから「旭岳温泉」に向かってさらに車で40分ほど行くと、点在する温泉宿の先に「大雪山旭岳ロープウェイ」があります。
標高1100mから1600mを結び、10分間の空中散歩を楽しめる大雪山連峰への入り口です。夏は朝6時台から登山客でにぎわい、幼い子ども連れの姿も。ロープウェイの終着駅から約1時間で回れる「姿見散策コース」は、登山初心者でも旭岳を望みながら気軽に高山植物が楽しめる観光スポットです。
「天人峡」まで足を運べば、羽衣が風に舞うような美しさの「羽衣の滝」や、生々しい噴火跡が残る「柱状節理※の岩壁」など、旭岳とは異なる自然美も。温泉や足湯もあるので、旅の疲れも癒せて一石二鳥。北海道の魅力を骨の髄まで味わえます。(羽衣の滝に続く遊歩道は8月現在通行止め。最新情報をご確認ください)
大雪山は古くから、「カムイミンタラ」と呼ばれてきました。アイヌ語で「神々が遊ぶ庭」という意味です。特に7月はチングルマをはじめ様々な高山植物が咲き乱れ、まさに天空の楽園。9月には早くも紅葉前線のスタートを切り、真っ赤な衣装をまとった旭岳が多くの登山客を魅了します。
写真甲子園に挑む高校生
雄大な自然を活かすため、東川町が“写真の町”宣言をしたのは1985年。毎年7?8月に著名な写真家を招き、国際的な写真コンテストをはじめ「東川町フォト・フェスタ」を開催しています。
なかでも白熱するのは「写真甲子園」。全国500以上の高校写真部から予選を勝ち抜いた18校が集い、撮影と作品講評を通して優勝校を決めるというものです。
高校生たちは3人1組で撮影に回り、決められたテーマに沿って8枚の写真をセレクト。プロの写真家から講評をもらうという一連の流れを3日間繰り返すハードスケジュールで、身も心も写真漬けに。
公開審査会では「動きや表情が弱い」「雑誌のような写真はつまらない」「においや音が感じられる写真がほしい」など辛口なコメントも容赦なく飛び出し、見ている私までハラハラするほど。写真の難しさと面白さが学べる見応え十分な“試合”でした。
近畿ブロックから出場した大阪市立工芸高校の生徒は「写真甲子園は写真の上手さを競う場所ではないことがわかりました」と悔しそう。まさに“写真道”にゴールなし。すでに来年に向け、全国各地で闘志が燃えていることでしょう。
写真で町づくりの効果
東川町役場近くにある文化ギャラリーには、「写真の町課」という珍しい部署があります。いったいなぜ、写真にこだわるのか。窪田昭仁課長に尋ねました。
「もとは風光明媚な景観を活かす目的で、住民も参加できる取り組みとして始まりました。当初は反対意見もありましたし、公務員がキヤノンやニコンなど大企業に協賛を依頼するのも大変でした。しかし、根気強く続けるうちに人と情報が集まるようになり、町全体が活性化してきた。今では町民が自らイベントを企画したり、高校生らのホームステイを受け入れたりしています」。
町のユニークな事業は、写真イベント以外にも。たとえば婚姻届けの複写に記念写真とメッセージシートをつけて夫婦に渡す「新・婚姻届」や、新生児に職人手作りの木製椅子を贈る「君の椅子」など。こうした発想力こそ、“写真の町”の産物だと窪田課長。写真を介した数多くの出会いが、町民のみならず役場職員の感性も大きく変えているようです。
冬の厳しさに勝る魅力
一直線に伸びる道道1160号線沿いには、おしゃれなギャラリーやカフェがいくつもあります。町が移住や起業を支援していることもあり、ここ20年間で1000人余り人口が増加。15軒以上の個性的なカフェもオープンしました。
写真スタジオ兼カフェを営む飯塚達央さんは、大阪出身で11年前に東川町に移住。心境の変化を尋ねると、好きだった風景写真をほとんど撮らなくなったとのこと。「冬の厳しさを何度も味わうと、単に美しいだけの風景写真と実際の生活にギャップを感じるようになりました」。
最新の作品「秋の終わり、冬のはじまり」からは、北の国に暮らす人々の息遣いが聞こえてくるようです。厳しい環境にありながら、移住者が絶えない町の魅力とは? 「ここは水田地帯。旭岳の雪解け水が、ゴーゴーと音を立てて水路を流れる様は迫力ありますよ」。なんだか意味深な返答の意味は?。
蛇口をひねれば天然水
田園風景に心を癒されながら再び大雪山連峰をめざしました。道中に「大雪旭岳源水」という公共の取水場があり、たくさんの人がペットボトルを抱えて訪れます。中には大きなポリタンクを10個以上持ち込む人も。ほとんどは町外の住民です。
町民は源水と同じ天然水を家庭の蛇口から手に入れることができます。町には上水道がなく、生活用水は地下水を使用。ミネラル豊富な上質の弱アルカリ軟水です。雪解け水は田畑を潤すだけでなく、生活の隅々まで深く染み込み、人々の味覚と健康を支えているのです。
家具づくりを通して発信
ものづくりを通して自然と共生する暮らしを提案しているのは、創業31年の家具メーカー「北の住まい設計社」です。
廃校になった小学校を改装し、ショールームやカフェも併設。「あくまで自分にとっての心地よさを追求してきただけなのですが」と話すのは、創業者の一人、渡辺雅美さん。「作り手も使い手も自然を感じながら生きてほしい」との思いから、すべての家具を天然塗装で仕上げています。
東川町は日本を代表する「旭川家具」の産地のひとつ。良質な木材と機能性に富んだデザインが明治期から注目されてきました。加えて今、同社が発信するライフスタイルが多くの人の共感を呼んでいます。町に点在するカフェに自然素材や地産地消にこだわる店が多いのも、その表れかもしれません。
■次回は長野県栄村です
いつでも元気 2016.10 No.300
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