特集|71年目の命題
変わる沖縄 世論は海兵隊撤退へ
写真家・森住 卓
70年以上経ても残された課題、そして70年余が過ぎて新たに出てきた課題。
戦後71年の夏に、私たちに課せられた命題を考えます。まずは沖縄から。
5月19日、うるま市の女性(20)が、元米海兵隊員の男性に殺された事件が報道された。戦後71年が経っても、米軍基地が居座る沖縄。またも基地があるゆえの事件に、県民は深い悲しみと怒りに包まれた。本土復帰後、「基地の整理縮小」は一貫して沖縄の世論だったが、事件を受け初めて「海兵隊撤退」の要求が前面に。県民の意識に変化が起きている。
「被害者は私だったかも」
5月22日、米軍の撤退を求める追悼集会が米軍司令部のあるキャンプフォスターのゲート周辺で開かれた。「被害者は私、私の娘、私の孫だったかもしれない」と、誰もが自分のこととして嘆き悲しみ怒りを露わにした。そして「何かしなければいけない」と立ち上がった。
集会に参加した女性は「21年前にも少女暴行事件が起こり、県民一丸となって日米地位協定の見直しを迫った。あの時に根絶やしにしておけば、今回の事件は起こらなかった。被害女性に申し訳ない」と涙ぐんだ。
5月20日、名護市辺野古のキャンプシュワブゲート前。新基地建設に反対する座り込み現場で三線を演奏しようとした男性が、この事件の感想を言おうとしていた。しばらく沈黙の後、男性はこらえきれずに号泣した。沖縄の人びとが事件を自分のこととして深く関わり、怒りと悲しみを共有していることに驚いた。
第二の加害者は日本人
6月19日、那覇市の奥武山陸上競技場で「被害者を追悼し、海兵隊の撤退を求める県民大会」(主催・辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議)が開催された。猛暑の中、6万5000人が「海兵隊は撤退を」のボードを掲げた。
被害女性の父親から「次の被害者を出さないためにも、全基地撤去、辺野古新基地建設に反対」とのメッセージが寄せられた。女性と同世代の若者も発言。玉城愛さん(21歳)は「安倍晋三さんと本土の人たちは、第二の加害者。いつまで沖縄を馬鹿にするのか」と訴えた。米国のオバマ大統領に対しては「日本を解放しなければ沖縄に自由や民主主義はない」と悲しみをこらえつつ呼びかけた。
怒りは限界
大会に参加した沖縄県の翁長雄志知事は「21年前の事件で二度と繰り返さないと誓ったのに、政治の仕組みを変えることができなかったのは痛恨の極み。この問題を解決しようとする先に大きな壁が立ちはだかっている。心一つに強い意志と誇りを持って、この壁を突き崩していかなければなりません。政府は県民の怒りが限界に達しつつあることを理解すべきだ」と挨拶した。
知事は最後にウチナーグチ(島言葉)で「グスーヨー、負ケテーナイビランドー(皆さん、負けてはいけませんよ)。ワッターウチナーンチュヌ、クワンウマガ、マムティイチャビラ(私たち県民の子や孫たちを守っていきましょう)」と呼びかけた。
黒のブラウス姿の60代女性は、こうした集会に参加するのは初めて。「ウマチーに行くのを止めて、こっちに来ました」。ウマチー(稲穂祭)とは、一族が集まり安全と繁栄を祈る沖縄の大切な行事だ。「娘が被害に遭っていたかもしれないからね、人ごとではないわけサー」と言った。会場では「怒りは限界」とのボードも掲げられた。「もう後がないよ」という県民の実感がこもっている。
虐げられてきた日々
米軍関係者による殺人、婦女暴行、強盗などの事件は数え切れない。沖縄県警によると、米軍人・軍属やその家族による犯罪(1972~2015年)は、強盗、殺人、強姦など凶悪犯罪が571件。刑法犯罪の検挙件数は5862件。しかし、これらは氷山の一角に過ぎない。被害者の多くが泣き寝入りしているのだ。
1995年、米兵の少女暴行事件を受け8万5000人が集まった県民大会で怒りが爆発。日米両政府は日米地位協定の見直しと再発防止などを謳い、米軍基地の整理縮小や負担の軽減などを盛り込んだSACO合意(注)ができた。しかしそれから20年、沖縄は何も変わらなかった。
今度の事件で県民の怒りは頂点に達した。この怒りは70年余にわたり異民族に支配され、日本に返還されてからも県民の命が虫けらのように扱われ、人権を無視され続けてきた年月が育てたのだ。
連続的に開催されている抗議集会で、保守系議員までが「多くの保守系の皆さんも、もう米軍基地は撤去した方がいいのではと考えている。全基地撤去の考えが保革を問わず浸透している」と発言。翁長知事は日米首脳会談(5月25日)の直後、インタビューで「いまや日米安保条約は“砂上の楼閣”」と言った。
(注) SACO合意… | 1996年12月2日、複数の沖縄米軍基地の条件付き返還などを決定した。普天間基地の返還には海上施設の建設などが条件になっており、これが辺野古新基地建設へつながった |
矛先は日米安保へ
県民大会直後、オール沖縄会議の呉屋守将共同代表は「海兵隊撤退」を掲げた集会について「21年前の少女暴行事件を受けた大会とは違った重みを沖縄政治史に残すことになる」と記者団に語った。
元自民党議員や県内経済界の重鎮も参加するオール沖縄会議の目標は、辺野古新基地建設反対と普天間基地の閉鎖・撤去、オスプレイ配備撤回だ。保守系議員や県経済界、翁長知事も「日本の安全保障は必要だ」と日米安保条約容認の立場を表明していた。
オール沖縄会議事務局次長で沖縄県統一連の中村司代表幹事は「6月19日の県民大会で知事は『壁を突き崩していかなければなりません』と言いました。“壁”とは日米安保のこと。沖縄県民の闘いは、必然的に怒りと苦しみの根源である日米安保に向かう。知事がそのことを一番知っているから、遠回しに“壁”と言ったのでしょう」と話す。
さらに中村さんは「事件は県民の怒りと悲しみの限界を超えた決定的な変化になる。“海兵隊撤退”と言っていますが、沖縄の海兵隊は、在沖米軍の3分の2を占める。それを撤退させるというのは、安保条約に行きつかざるを得ません。海兵隊撤退のスローガンを掲げたことは、日米両政府に相当の脅威を与えた。沖縄の平和と基地をなくす闘いは本丸に踏み込んだと言える」と静かに語った。
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地元紙「沖縄タイムス」6月14日号には、県民の偽らざる気持ちを詠った2編の短歌が掲載された。
成人の祝辞を胸に女子ひとり
命うばわる 基地あるがゆえ
70余年 踏みしだかれし沖縄は
大和の捨て石 血を吐くアカバナー
森住卓さんの新刊「沖縄戦 最後の証言 おじい・おばあが米軍基地建設に抵抗する理由」(新日本出版社・2000円(税別)・A5・160ページ)が7月30日に発売予定。
辺野古や高江のゲート前に座り込んでいるおじい・おばあから聞き取った沖縄戦の体験や平和への思い、ゲート前や海上での抗議活動の様子などで構成されています。
いつでも元気 2016.8 No.298