まちのチカラ 第9回 特別編 石川県加賀温泉郷 温泉と文化に酔いしれて
今回は特別編。「第13回全日本民医連共同組織活動交流集会」(9月4、5日)の開催地、石川県の加賀温泉郷を紹介します。
加賀百万石のきらびやかな文化に、松尾芭蕉も愛した数々の名湯、そして水辺から山あいまで風光明媚な大自然。加賀温泉郷には、開湯から千年の時を経ても旅人を魅了してやまない幾つもの表情がありました。
加賀百万石の栄光
金沢城を中心とした加賀藩から、大聖寺藩と富山藩が分かれたのは寛永16年(1639年)。第2代藩主の前田利常が隠居する際、次男と三男に合わせて17万石を与え独立させました。
4つの温泉地を有する加賀温泉郷は、大聖寺藩にあります。前田家のお膝元として武家文化が栄えた地。多くの文化人が集い、優れた作品を残しました。
昨年開通した北陸新幹線で東京駅から金沢駅まで2時間半。そこから特急に乗り継げば、30分で加賀温泉駅に到着します。4つの温泉地とは、海側の「片山津温泉」、山側の「山代温泉」と「山中温泉」、北部の小松市に位置する「粟津温泉」で、いずれも車で20分以内の距離。ではさっそく、湯めぐりの旅に出かけましょう。
至福の湯めぐり
案内してくれたのは、石川勤労者医療協会組織部の角田進さんと、石川県健康友の会連合会加賀支部の前田利行さん、一色眞一さんの3人。
まずは、交流集会で参加者が最も多く泊まる山代温泉の旅館「ゆのくに天祥」へ。源泉かけ流しで、18ものバラエティーに富んだ湯船を楽しめます。お湯はアルカリ性で、肌の角質を溶かすため美肌効果が高いとか。源泉は50℃以上ありますが、湯船ごとに温度が異なるので、女性なら半日かけて楽しめそう。さらっとした無色透明の湯が細胞に染み込み、しっとりとした肌触りに。全身化粧水に浸かっているような気分になれます。
続いて片山津温泉の「総湯」へ。総湯とは公共温泉のことで、加賀三湖のひとつ柴山潟を一望できます。地元の人いわく「しょっぱくて熱い」のが特徴で、「温泉通なら最も癖になる湯質」だそうです。実際に入ると、確かに骨に染み入るようなじんわり感。「10分で温まる。むしろ長湯は危険」と言われるように、こちらは比較的男性向けかもしれません。
鶴仙渓で一句
次に訪れたのは山中温泉の「菊の湯」。1300年前から続く公共浴場で、男湯と女湯が別棟になっています。隣にある「山中座」では、かつて石原裕次郎や森光子もファンだったという民謡「山中節」が堪能できます。
すぐ近くには、源泉が飲める飲泉所も。口に含むと独特の硫黄臭がつんと鼻を突きましたが、前田さんは「おいしい!」とごくごく。毎日飲んでいると臭いが気にならなくなるそうです。「山中の温泉には水素が豊富に含まれているんですよ」と微笑む姿に、健康の源を垣間見ました。
体が温まったら、大聖寺川沿いの鶴仙渓遊歩道へ。芭蕉が句を詠んだ景勝地です。渓谷にかかる3つの橋は、秋になると紅葉に浮かび、はっと息をのむ美しさ。自然の音色を聞きながら、湯上がりに一句ひねってみてはいかがでしょうか。
古民家で伝統工芸を体験
加賀の文化は、器に色濃く表れています。450年の歴史をもつ山中漆器と、華麗で優美な模様が特徴的な九谷焼。それぞれ、職人の工房や窯元、ショップ、ギャラリー、体験施設などが各温泉街に点在しています。
山中漆器の木地師、川北浩嗣さんの工房を訪ねました。祖父は人間国宝の川北良造さん。作業机の上には、木の削りカスに埋もれるように轆轤鉋が何本も並んでいました。木地師はこの轆轤鉋を作ることから始まるそうです。木地の内側を何度も指の腹でなでながら、木と対話するように曲線美をつくり上げていく若手職人の眼差しに、日本の漆器産業を担う力強さを感じました。
続いて山代温泉から徒歩圏内にある「九谷焼窯跡展示館」へ。九谷焼とともに、現存する最古の窯を展示しています。九谷焼はもともと旧山中町の九谷村で1650年代に始まりましたが、半世紀でいったん廃窯。その後に再興したものが現在の九谷焼です。
展示館にはロクロや絵付けの体験コーナーもあり、オリジナルの九谷焼も製作できます。実際に職人の住居兼工房として使われていた古民家ならではの雰囲気も味わえます。
自然科学の不思議にふれる
一色さんお勧めの施設は「中谷宇吉郎雪の科学館」です。片山津温泉から車で5分。世界で初めて人工雪を作ることに成功した、片山津出身の科学者の研究成果を展示しています。
雪の結晶の美しさに感動したことが、科学を極める原動力となった中谷宇吉郎。館内には実験観察コーナーもあり、水が一瞬にして雪や氷になる現象をやさしく学ぶことができます。
たとえばダイヤモンドダスト現象は、水蒸気に空気中のチリがぶつかって結晶化し、キラキラ輝くというもの。ダイヤモンドダストを冷えたシャボン膜に乗せると、みるみる美しい結晶が。身近にある自然の不思議に驚くこと必至です。
海の幸に銘菓まで
好奇心が満たされたら、次は胃袋の番。北陸といえば海の幸です。
雪の科学館から加賀温泉駅の道中にある「桝屋」が一色さんイチオシのお店。私は人気の小松うどんが付いた海鮮丼セットを注文しました。一口食べ、二口食べる私の顔を見て、一色さんが一言。「ね、ハマるって言ったでしょ」。
お土産には「げんば堂」の川端御亭がお勧めです。カステラとバタークリームが入った洋風最中で、特に地元の人が手土産としてよく買うのだそう。確かに、ほどよい甘さの餡がバタークリームに絡まり、口の中でとろける食感は逸品。
ちなみに川端御亭とは、大聖寺藩の藩主が休息所として建てた「長流亭」の別名で、現在は国の重要文化財に指定されています。大聖寺川のせせらぎを聞きながら、当時の大名も加賀の味に舌鼓を打っていたのかもしれません。
京とはまた違う奥ゆかしき加賀の地に、みなさんも足をお運びください。
文・写真 牧野佳奈子(フォトライター)
☆次回は島根県海士町です。
いつでも元気 2016.7 No.297