安心して住み続けられるまちづくり(29) 取り戻した窓口無料 署名集め、県との交渉実る─山梨
山梨県で四月から、中学三年生までの障害児医療費の窓口無料が“復活”しました。この復活劇に尽力した山梨民医連の職員と、一人のお母さんを訪ねました。
文・井口誠二(編集部)
写真・野田雅也
「お母さん、なんであの子たちは先に帰れるの?」─。
二人の障害児を持つ雨宮絵里香さんは、わが子の言葉に衝撃を受けました。当時、山梨県の医療費助成制度では、障害のない子どもは窓口無料で診察後すぐに帰ることができる一方、障害児は医療費をいったん窓口で支払う償還払いのため、長時間会計を待たなければなりませんでした(ページ下別項)。
「少子化が問題視されて対策がすすめられているけれど、そのなかに障害児は含まれていない。これって差別じゃないかって思うんです」と雨宮さん。
障害児はリハビリテーションや検査をすることが多く、一回の支払いも高額です。さらに償還払いを受けるための医療費請求の手間もかかります。そのため、雨宮さんの周りでもリハビリの回数を減らす家庭がありました。
後退した制度
山梨県で重度心身障害者医療費助成制度の窓口無料が始まったのは、二〇〇八年。石和共立病院(山梨民医連)小児科の宇藤千枝子医師が中心となって、甲府市内の小児科医や民医連職員とともに〇三年から続けていた署名活動が実り、子どもの医療費窓口無料化と同時に実現しました。「私自身が子どもの医療費の償還払いで大変な思いをしました。窓口無料は、多くの患者さんと長年目指してきたことだったので、実現したときは本当に良かった」と宇藤医師は話します。
しかし、県は二〇一四年一一月に窓口無料から償還払いに変更しました。地方自治体が医療費を窓口無料にすると、国から国民健康保険の国庫負担を減らされます。重度心身障害者医療費助成制度を窓口無料にしたことで、年間八億七〇〇〇万円の減額を受けたことが大きな要因でした。
市町村が独自に復活
宇藤医師をはじめ民医連職員や県内の医師、友の会員らは、窓口無料復活を求める署名を始めました。
署名は「障害児だけ償還払いにするなんて酷い」「そんな差別は許せない」などと多くの人びとの共感を得て、広がります。
職員は、病院や診療所はもちろん、街頭でも署名を呼びかけました。一人で二五〇〇筆以上の署名を集めた障害児の祖母や、フェイスブックなどSNSを使って広く呼びかけ、二二〇〇筆もの署名を集めた母親もいました。
石和共立病院を中心とした峡東健康友の会には、同院の小児リハに通う会員でつくる班が八つあります。班員のお母さんは積極的に署名活動をしたり、職員とともに何度も対県交渉をしました。その様子は地元紙やテレビでも大きく取り上げられ、さらに反響を広げました。
こうした声に押されて、二〇一五年には県内で二つの市が、独自に障害児の医療費を窓口無料にする条例を可決。その後も窓口無料復活の条例案を提出する自治体が続出します。ついに二〇一六年一月、山梨県が中学三年までの重度心身障害者医療費助成制度の窓口無料復活を表明しました。
もっと声を出していこう
中学三年までの窓口無料復活は大きな成果ですが、高校生以上の障害者は未だに償還払いのままです。
「社会保障は、油断しているとあっという間に改悪されてしまいます。けれど、真っ当な訴えは必ず世の中に伝わる。私たちもまだまだ活動を続けて、より多くの人が苦しまない状況を作っていきたい」と、宇藤医師。
この活動を通して、あらためて障害者を取り巻く状況について考えたという雨宮さん。
「多くの障害児の親は、子どもに障害があるとわかった時点で、『障害があるから仕方ない』という諦めを持って下を向いています。だけど、それではいつまでも障害者と健常者の溝は埋まらない。障害者やその家族が、助けてほしいことやがんばれることを、もっと発信していければ良いと思う」と話します。
医療費の窓口無料
医療費の自己負担分(窓口支払い分)を払わずに済む制度
償還払い
医療費の自己負担分をいったん支払い、医療機関ごとに証明を受けて、自治体に請求すると、自己負担分が支給される制度
山梨県の子どもをめぐる医療費助成制度
(1)子どもの医療費助成制度(県では5歳まで、市町村により中学3年~高校3年まで窓口無料)、(2)ひとり親家庭医療費助成制度(18歳年度末まで窓 口無料、所得制限あり)、(3)重度心身障害者医療費助成制度(全年齢の障害者が対象、所得制限あり。2016年4月より中学3年までは窓口無料、高校1 年以上は償還払い)
〈2016年3月末までの問題〉
(3)の制度が、(1)・(2)より優先されるため、障害児が窓口での支払いを求められる一方、障害のない子どもは窓口無料となっていた。また、一定以上の所得がある場合は(3)の対象とならず(1)の対象となるため、所得の低い家庭が窓口での支払いを求められていた。
いつでも元気 2016.5 No.295