日本人の本質には九条がある 俳人 金子兜太
花げしの ふはつくやうな 前歯哉
小林一茶
江戸時代の俳人、小林一茶が四九歳の時、今の千葉県木更津市で作った句です。抜けかかった前歯を舌でペコペコしていると、まるでケシの花が風に揺れているように感じる。花びらと歯の状態を一瞬でつかんだ、いかにも一茶らしい句です。
このような感覚は、日本人の多くが持ち合わせています。日本の大本の宗教は神道。「ご神木」があるように、杉の木一本にも神が宿ると捉える。昆虫でも植物でも、あらゆる命を尊重する。もともと森の多い国に住んでいた民族だから、こうした感覚が鋭いのでしょう。
日本民族の命を中心に据える本質が、戦後七〇年、憲法九条を守ってきた。命を本能的にいたわる習性を持っている人たちの間に、通用するのが九条です。
私の青春は、治安維持法でがんじがらめだった。男性の俳人の中には牢獄につながれた人もいましたが、女性は声を挙げなかった。でも、今は違う。
さいたま市の公民館が一昨年、「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」という俳句を“政治的”と判断し、月報への掲載を拒否しました。作者の七四歳の女性は黙さず、訴訟を起こしました。これも戦後七〇年の成果です。
「他国が攻めてくる」と国民を脅す安倍政権は、一五年戦争と同じ発想ですよ。生きているものが、そのまま生きていることの大事さが分からない。そんな連中が増えるのは不幸です。
一茶は生涯、貧乏で苦労しました。おそらく、歯もがたがただったのでしょう。でも、その歯で遊びながら楽しんでいる。生きる喜びをかみしめている。私は九六歳ですが、まだ死ぬ気はしません。私たちは生のエネルギーを持っている。くだらない情報に惑わされず、命の強さを信じ、九条に確信を持ち、結集しましょう。
金子兜太(かねこ・とうた)
戦後俳壇の第一人者。1919年(大正8年)、埼玉県出身。父は開業医。現代俳句協会名誉会長、朝日俳壇選者。1944年、海軍中尉としてトラック島に赴任し捕虜を経て帰国。日本銀行に勤めながら俳句を作った。「アベ政治を許さない」と揮毫した書が、全国で掲げられている。
いつでも元気 2016.5 No.295