無意識に潜む価値観 映画監督 想田和弘
ドキュメンタリー映画『牡蠣工場』を監督した。瀬戸内海にある、小さな牡蠣工場の世界にカメラを向けた作品だ。
過疎化が進む港町にある牡蠣工場では、後継者難が深刻。かつて二〇近くあった工場は、現在六軒に減っている。牡蠣の殻をむく労働力も不足している。そのため、初めて二人の労働者を中国から呼び寄せることになった。僕らは期せずして、そういう時期に撮影をおこなった。
ドキュメンタリーを作るたびに、世界観が変容するような経験をする。本作でも、それは不意にやってきた。
工場主の息子さんは、家業を継がず会社員をしている。そのことを知った僕は「継げばいいのに」などと思った。しかし、後で痛く反省した。僕も彼と同じだったからだ。
僕の父は栃木県で、マフラーなどの衣類を作る小さな会社を経営している。しかし、長男の僕もきょうだいも当然のように継がず、大都会へ出て行った。親父も「継げ」と言ったことすらない。
それはなぜだろう。そう考えるうちに、衝撃的な事実に気づいた。
思えばこの社会には「勉強してホワイトカラーになるのが成功」という歪んだメッセージが充満していて、第一次・第二次産業を不当に低く見る価値観が蔓延しているのではないか。
しかもそれは、日本だけでなく世界中にはびこる「文明の病」ともいうべき価値観なのではないか。そして僕らは、無意識にその構造に乗ってきたのではないか。だからこそ、牡蠣工場や親父の会社には後継者がなく、働く人も集まらないのではないか。
でも、みんながホワイトカラーになったら、だれが食べ物や衣服や家などを作るのだろう。何かが根本的におかしい。僕には批判する資格もないけれど、そんなことを思った。
想田和弘(そうだ・かずひろ)
“観察映画”と名付けた独自の手法で、国際映画祭の受賞多数。台本も打ち合わせもなしで現場を“観察”した作品は、観るものの先入観を打ち壊す。精神障害者のありのままの日常を描いた『精神』、自民党の選挙運動に密着した『選挙』など。著書に安倍政権の背景を分析した『熱狂なきファシズム』(河出書房新社)もあり、社会的発言も活発。
いつでも元気 2016.4 No.294
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