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いつでも元気

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特集 育ちあいの職場づくり 新人も中堅も育てる“エルダー制” 上戸町病院リハビリテーション部

 四月は新入職員との出会いの季節。十人十色の新人を、どうやって地域に寄り添う医療の担い手に育てていくのか。長崎・上戸町病院リハビリテーション部の実践を紹介します。

1年目PTの小川天志さん(左)とエルダーの笹田美紀さん

1年目PTの小川天志さん(左)とエルダーの笹田美紀さん

 長崎市にある上戸町病院(一〇四床)のセラピスト(リハビリ職員)には、他院にはない独自の視点が求められます。長崎市は、急勾配の坂道や石段が非常に多い町です。
 「石段を一〇〇段下るか、五〇段登らないと入れない家もある。そういう所に帰る患者さんをどうやって支えるのか、それは一般的な技量を高めるだけでは足りません。『良いセラピスト』ではなく、『上戸町病院のセラピスト』を育てる必要があるんです」と同院リハビリテーション部の中島千穂部長(五四)は言います。
 リハビリテーション部(リハ部)は、五つの課(図1)に分かれており、各課はそれぞれが独立して教育を含む運営をしています。
 セラピストの主な役割とは、患者さんをリハビリの視点でとらえ、生活に必要な能力(ADL)がどのような状態にあるのかを把握し、改善のために適切な訓練を提供することです。
 その役割を果たすために、それぞれの場面や状況に沿ったチームとしての教育もさることながら、理学療法士(PT)・作業療法士(OT)・言語聴覚士(ST)という職種ごとの教育も重要です。

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急増したリハビリ需要

 上戸町病院は機能分化による特定の分野への専門化はせず、地域のかかりつけ病院として医療活動を続けています。そのなかでリハ部は、「予防や急性期から在宅リハビリまでの継続リハビリ」を合言葉に、坂の町・長崎に根ざしたリハビリを追求してきました。二〇〇七年には回復期リハビリテーション病棟を増床。リハビリ需要がさらに高まりました。
 この頃までは「仕事をしながらみんなで育てる」という大まかな認識で育成していました。しかし、専門学校での実習期間の短縮などにより、卒後教育が半ば必須になるなかで、特に職種ごとの教育が難しくなりました。
 そこで回復期リハ病棟増床を機に、セラピスト育成に“エルダー制”(個人指導者制度)を導入しました。

何でも相談できる人

 エルダー制は、一人の新人に対して同じ職種の中堅職員がエルダー(指導者)として配置され、技術的なことはもちろん日々の小さな悩みまで相談に乗り面倒を見ます。一人のエルダーは二~三人の新人を担当し、職責者などがスーパーエルダー(Sエルダー)として、新人とエルダーの相談役になります(図2)。エルダーは三年目まで配置され、基本的に同じ職員が続けます。
 「何でも相談できてすごく助かります」とはにかみながら話すのは、一年目OTの姫野兼一郎さん(二二)。担当エルダーの濱口陽子さん(二九)は、相手の様子を見ながら一対一で話せる時間を作っています。「患者さんを担当しながら、後輩の悩みに気付くのは難しいですけれど、私もそうやって育ててもらいました。後輩にしっかり返していかんとですね」と微笑みます。

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自分たちの“エルダー制”に

 エルダー制を始めた頃は何もかも手探りの状態で、新人とエルダーが毎日交換日記を交わすところからスタートしました。続けていくうちにチェックリストを作ったり、二年目は交換日記から週一回の週報にしたり、徐々に整備されていきました。
 新人教育のために始めた制度でしたが、指導するエルダーにも良い影響が見え始めます。患者さんに一対一で向き合うことが多いリハ職場では、自分だけの医療になりがちですが、「後輩をしっかり見る」という意識を持つことで、全体を見渡す視野を持つことができました。
 一方で数人の育成を受け持つ緊張や業務外の指導もあるため、「エルダーたちが疲弊してしまっている」と中島部長は感じました。そこで二〇一三年からエルダーの相談相手として、Sエルダーを配置しました。さらに相互の相談と情報共有にと、翌年から月一回、エルダーとSエルダーが全員集うエルダー会議を開くことに。

「子育てみたい」

 会議では、新人一人ひとりについてじっくり話し合います。患者さんへのアプローチやリハ計画の立て方、遅刻など生活態度までを含めた課題や到達を担当者はもちろん、他の人からも気付いたことや意見を出し合い、対策を立てます。アドバイスの一つ取っても「この子にはどう伝えるのが良いか。優しく言うか、きつく言うか、いっそ気にするまで見守るだけにするか」と真剣に話し合う様子を、Sエルダーの宮崎真弓さん(三七)は「なんか子育てみたい」と笑います。
 “子育て”の成果は職員の定着にも一役買っています。エルダー制が整備されるごとに、セラピストの離職が減り続けているのです。三人の新人を受け持つエルダーの小森ゆりこさん(二八)は「さまざまな後輩を担当することで自分も成長できるし、改めてSエルダーの凄さがわかった。Sエルダーを目標に、セラピストとしても教育者としても成長していきたい」と決意します。

未来のために今できること

 セラピスト育成には他職種の協力も欠かせません。病棟の看護師も、自分の子どものように積極的に指導し、エルダーに情報を提供してくれます。リハビリ担当医であり回復期リハ病棟医長の平井友久医師(五七)は、セラピスト育成を自身の課題として「患者さんに必要なことは何か、常に考える!」とセラピストに投げかけつつ、さまざまなサポートをしています。
 多くの仲間に支えられながら、新人はエルダーを通して、エルダーはSエルダーを通して、地域を支える医療者に成長していきます。中島部長は「一人前になるにはだいたい五年かかりますが、成長した職員は患者さんや病院を支える大きな柱になります。そのために時間とエネルギーをかけることは、とても大事なことですよ」と誇らしげに話しました。

文・井口誠二(編集部)
写真・野田雅也

いつでも元気 2016.4 No.294