見えてきたTPPの大問題 「後戻りが許されない条約」アジア太平洋資料センター内田さんに聞く
二〇一五年一〇月、「TPP(環太平洋連携協定)交渉が大筋合意」とのニュースが流れました。翌月五日、ニュージーランド政府が協定条文を公表し、これまで秘密とされてきた交渉の全貌が明らかに。条文全文一〇〇〇ページ(付属文書五〇〇〇ページ)という膨大な内容の問題点を、内田聖子さん(アジア太平洋資料センター事務局長)に聞きました。聞き手・宮武真希(編集部)
まず大きな問題として、日本政府が公表した協定条文(以下、テキスト)の日本語訳版は、ニュージーランド政府が発表したテキストを日本政府が翻訳して一〇分の一に要約したものにすぎません。日本の私たちもテキスト本文を読めるように、日本政府は早急に全文の日本語訳版を公表すべきです。
日本政府が発表した文書を読むだけでは、TPPの全体像が見えません。そこでTPP反対運動にとりくむ私たちは、独自に英文のテキストを読んで分析しています。そのなかで数々の問題点が見えてきました。
国会決議違反の内容
一つめの問題は、国会決議に違反していること。日本はTPP協定交渉参加にあたり、「農林水産業や国民生活に悪影響を与えることがないように」との観点から国会決議をあげました(二〇一五年四月一九日の農林水産委員会決議)。しかし、農産品の「聖域」と言われる五品目について、国会決議違反の内容であることが明らかになりました。また、「聖域」以外にも約四〇〇品目について関税撤廃や削減がリストアップされています。これは日本の農業にとっては大打撃で、「食料自給率」や「食料安全保障」という国家の重要な機能すら保障しない。「こんな国がほかにあるだろうか」と、私もかなりショックをうけています。
終わらない交渉
二つめは、TPPが発効されてしまえば延々と相手国から規制緩和を要求され、内容が変更になる危険な条約であるということです。
そのことを、テキスト冒頭の文言が的確にしめしています(表1)。TPPは追加交渉や再協議ができるうえに、関税削減の年数を繰り上げることもできる。「終わらない交渉」という仕掛けがあるのです。
たとえば食品表示についても、条約を結ぶと、「日本のいまの基準のままでは、アメリカ産を輸入できない。これは不平等だ」と日本の基準を緩和するようアメリカから求められるかもしれない。そういう余地がたっぷりあるのです。
三つめの問題は、いったん条約を結ぶと、たとえ政権が変わろうとも後戻りできないということです。
表1 テキスト冒頭の文言
●TPP委員会を設置
●発効から3年以内に「協定の改正または修正の提案を検討する」と規定
●日本はアメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、チリの5カ国と発効7年後に農産物関税や関税割当、緊急輸入制限の再協議を規定
●再協議や追加交渉を保障するメカニズムの導入、「委員会」「作業部会」「ワーキンググループ」の設置
民主主義の問題
TPPには「発効後は、自由化に逆行する形での内容変更は認められない」という決まりがあります。これが「ラチェット条項」です。
たとえば、TPP発効後にアメリカの要求で規制緩和や法律を変更したとします。その後、「規制緩和は国民生活によくないから、もとに戻そう」としても、許されません。私たち国民の意志が条約に反映されない──これは民主主義の問題でもあり、とても恐ろしい内容です。
日本政府は、いくつかの分野をラチェット条項の適用から留保しています(表2)。しかし、これ以外にも国民に提供すべき社会的サービスはまだまだあるにも関わらず、ここに含まれていなければラチェット条項を適用できるなどと言うことは、とても危険です。
また、関税の撤廃についても「現行の関税を引き上げたり、新たな関税を設けてはならない」ことになっています。このような恐ろしさが、通底にあるのがTPPです。TPPは後戻りができない、一度発効されたら二度と元には戻れないのです。
表2 ラチェット条項の適用を留保する分野
(1)社会事業サービス
(保健、社会保障、社会保険など)
(2)政府財産 (3)公営競技など
(4)放送業 (5)初等および中等教育
(6)エネルギー産業
(7)領海などにおける漁業
(8)警備業 (9)土地取引
さらには日米並行協議も
日本はTPPと並行してアメリカと二国間だけの交渉もすすめています。これが非常に複雑なしくみになっています。
たとえば、食の安全をめぐる問題はTPPでは交渉の議論にあがっていません。しかし日米並行協議では、食品添加物や防かび剤の表示、ゼラチン・コラーゲンの問題について、アメリカから規制緩和を要求されることが想定されます。
保険分野も日米並行協議でおこなわれます。アメリカのターゲットはかんぽ生命保険です。すでに全国の郵便局で販売されているアフラックと同様に、アメリカの保険会社の参入を要求されて日本の郵便局にずらっとパンフレットが並ぶ、という事態になるでしょう。
批准・発効の見通し
TPP協定は、各国の代表が署名し、一二カ国すべての国会で批准されると発効します。
アメリカでは、オバマ大統領が議会に批准の意向を通知してから九〇日が過ぎないと署名はできません。議員には、情報公開や内容確認に十分時間をかける権限があるからです。さらに、アメリカは二〇一六年に大統領選挙を控えており、難航が予想されます。
アメリカ以外の一一カ国は、もちろん日本も、アメリカが署名するまでの間に急いで署名することはないでしょう。その間に私たちは、各国の議会に「批准阻止」を働きかける運動をつくることが重要です。
テキストの内容を分析し危険性を学んで、「TPP批准反対」の世論を高めましょう。一月からの通常国会では、野党間での協力が求められます。野党一丸となって与党を追いつめ、TPPをストップさせましょう。
いつでも元気 2016.1 No.291
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