新連載 まちのチカラ 第1回 岡山県奈義町 “古くて新しい”が住みやすい
“限界集落”“消滅自治体”など、小さな町や村はいま、存亡の危機にあります。困難に立ち向かい、自立した「まちおこし」をはかる元気な自治体を紹介する「まちのチカラ」を始めます。第一回目は岡山県奈義町です。
岡山県の最奥、鳥取県の手前に佇む奈義町は伝統芸能と自然美と現代アートが調和する、古くて新しい町。子育て支援と地域医療が盛んとあって、人々も元気いっぱいです。転入者が増えているのも納得という、町の魅力とは。
伝統文化を受け継ぐ
岡山駅から電車で1時間、さらに車で30分ほど走ると「横仙歌舞伎の里」という看板が見えてきます。横仙とは「山の横」を意味し、那岐山の麓にある奈義町の辺りを指す古い言葉。この地で江戸時代から続くアマチュア歌舞伎は、年4回の公演や小学校での体験授業に加え、役場に専門職員まで置いて熱心に奨励されている郷土芸能です。
同じく民話も多く語り継がれています。法然上人が挿した杖が巨木に育ったと伝わる菩提寺の大イチョウの話、隣の山との背比べに負けて泣いたという那岐山の名前のいわれなど…。
「奈義昔話語りの会」の入澤知子さんは、そうした文化が残る奈義町について「郷土愛につながる分野がいろいろあることが魅力」と言います。「時代の波に呑まれず、先人たちが残してくれた数々の宝を私たちも次世代に残していきたいです」。
故郷といえば 那岐山
まだ霧が立ち込める早朝5時、標高1200メートルの那岐山に向かいました。案内してくださったのは、山の麓で自然を生かした農業を営む中井泰洋さんです。
ゆっくり登って片道2時間というトレッキングコースで、初老の男性とすれ違うこと3回。お一人は76歳で、「昔は100分で往復できたのに、今では2時間半だ」とあっという間に追い越されてしまいました。
頂上は、晴れた日には鳥取砂丘と瀬戸内海がぐるり見渡せる絶景スポットです。そこで頬張る中井さんのおにぎりの美味たるや! 岡山・鳥取の両端から年間数万人が訪れるほか、健康づくりにと定期的に登る人も珍しくありません。
山を下りたら、有名無名の滝や川を楽しむことができます。裸足で浸っていると、真夏でもじんわり痛くなるくらいの冷たさ。それでも子どもたちは、魚や昆虫探しに大忙し。時に強い局地風が吹きすさぶことでも知られる那岐山麓ですが、人々は畏敬と愛着の念をもって親しんでいます。
健康な食材を育む
農業もさることながら、奈義町で最も盛んなのは畜産業です。「ナギビーフ」のブランド名で知られる和牛は、5年に1度の全国和牛能力共進会で2位になった実績が。豚肉は、岡山県産黒豚のほぼ100%を供給しているとか。
伍協牧場の三代目、豊福祥旗さんを訪ねると、自宅裏の牛舎を見せてくれました。きれいに清掃された舎屋に、黒々と毛並みの揃った牛がずらり。
ナギビーフの特徴の一つは、他の産地より半年ほど早い段階で出荷することです。それは、若い牛ならではの柔らかさと、噛みごたえの両方を実現させる技術があるから。「食べる人の健康は、食材自体の健康によるはず」と豊福さん。100%地元産の稲わらを使用するなど、とことん地産地消で牛のQOL(生活の質)向上に努めています。
しかし何より驚いたのは、5軒ある肉牛畜産家の全てに30歳前後の後継者がいることです。その理由を尋ねると、「地元が好きな人は多いですよ」と一言。季節によって表情を変える田んぼの奥に畜舎と那岐山が見える原風景が、人々の心に深く沁み入るのかもしれません。
ママ支援から活躍の場づくりへ
地元好きといえば、子育て中のママたちも。移転した保育園の旧園舎で運営されている「なぎチャイルドホーム」が、母親の活動の舞台になっています。
「町がかなり自由にやらせてくれるので、ママたちといっしょに新しい企画をどんどんつくっていけるんです」と話すのは、嘱託職員の貝原博子さん。トップダウン的な子育て支援ではなく、母親自身が講師役やボランティアになって運営を切り盛りしています。
この日の催しは、小学生の一日ママ体験。参加した母親に話を聞くと、「運営側に回って視点が変わった」「今まで自分の子しか見えていなかったことに気づいた」など小さな変化を喜ぶ声が。貝原さんはそうした母親たちを優しく見守りつつ、「むしろここを卒業した後に、PTAや地域活動で活躍してくれる女性が増えたら」と夢を膨らませています。
家族ごと顔の見える医療
町の人たちの安心を支えているのは、地域医療を担う「奈義ファミリークリニック」です。子どもからお年寄りまで、まさに老若男女の駆け込み寺的な存在です。
松下明院長は、家庭医をめざし山形県から移り住んで15年。今では奈義町民の家族関係や状況を最もよく知る人の一人です。それもそのはず、約8割のカルテには家族の情報が詳細に記してあります。「家族図を視野に入れると、医療のクオリティーがぐんと上がりますから」と松下院長。研修医の受け入れなど、家庭医の育成にも熱心です。
困難な事例があれば、すぐに地域包括支援センターに電話をかけ「見える事例検討会」を開きます。検討会には弁護士や司法書士など、多種多様な職種が参加。皆で一人の患者の人間関係を紐解き、解決方法を探るのです。
同センター長の植月尚子さんは「顔の見える関係とは、困った時に声を掛け合い、お互いに助け合えること。奈義町は合併しなかったからこそ、今も一人ひとりの顔が見える」と言います。
転入者も続々
どの自治体でも少子高齢化が深刻な中、奈義町では昨年度、転入者が転出者を38人上回りました。子育てや医療に対する公的支援に加え、若い世代を対象にした公共住宅サービスも好評です。
それでも「町の魅力はまだまだ眠っている」と話すのは、地域おこし協力隊として今年移住してきた藤井晃さんと横田久美子さん。地域おこし協力隊とは、都市部の人材を地域の活性化が必要な市町村で活かそうという国の事業です。2人は町の観光促進を託され、「現代美術館を中心にアートを巡るルートをつくりたい」など構想を練っている真っ最中。これからどのように町の宝を掘り起こし、つなげ、ピーアールしていくのか楽しみです。
神戸や岡山から1時間半、大阪からでも2時間という立地にありながら、息を呑むほどの星空が眺められる奈義町。人口6000人強の町ですが、住民組織や町民活動はまだまだ紹介し切れないほど。ぜひ、町のさまざまな表情を見つけに足を伸ばしてみてください。
文・写真 牧野佳奈子
(福井出身、名古屋在住のフリーフォトライター。環境、文化、人権などをテーマに国内外を取材)
☆次回は群馬県上野村です。
いつでも元気 2015.11 No.289
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