特集1 正しく知って! 生活保護 日弁連がパンフレット作成
日本弁護士連合会(日弁連)が、パンフレット「あなたも使える生活保護」(A5版・8頁)を発行しました。「生活保護は、誰でもどこに住んでいても申請でき、生活に困っていると判断されれば、無差別平等に使えます」と、生活保護制度の利用を促す内容です。
パンフレットをつくった動機や、政府による生活保護基準引き下げの動きなどについて、小久保哲郎弁護士(日弁連貧困問題対策本部事務局次長)に聞きました。
─パンフレットをつくった目的を教えてください。
数年前、お笑いタレントの家族が生活保護を受けていることが報道されたのをきっかけに、生活保護制度やそれを利用している方々に対するバッシングの嵐が吹き荒れました。「不正受給が増えているのでは」「生活保護費が国の財政を圧迫しているのでは」などという誤解や偏見が広がり、肩身の狭い思いをした利用者も多かったように思います。
この機会にあらためて生活保護制度について知っていただき、生活に困っている方々には制度の利用を促したいとの思いから、このパンフレットをつくりました。
─誤解や偏見とはどういうことでしょう。
生活保護制度の利用者が二一六万人を超えて過去最多になったと言われますが、人口全体から見た利用率は一・七%。一九五一年の二・四%と比べても、三分の二にすぎません。ほかの先進国と比べても、日本の利用率は高くないのです。
貧困関連社会支出の国際比較で見ても、日本はヨーロッパに比べて極端に低い状況が続いています。さらに強調したいのは、日本の捕捉率(※1)の低さで、本来なら生活保護制度を利用できる方々の二割弱しか利用していません(下図参照)。
生活保護制度に対するバッシングが吹き荒れた背景の一つに、この捕捉率の低さがあると考えています。年金が減らされ、低賃金の非正規労働者が増えるもとで、「自分たちはこんなに切り詰めてがまんしているのに」「生活保護の利用者は働かないで楽をしている」などの偏見が広がる土壌があったと思うのです。
捕捉率を上げて、みんなが利用できる役に立つ制度だという認識を広げることで、国民が足を引っ張りあうような悲しい状況を脱することができると考えます。
(※1)収入が生活保護基準以下の世帯のうち、保護を受けている世帯の割合。
わかりやすく工夫
─そのためのパンフレットだということですね。
本来、生活保護の利用条件はとてもシンプルなものです。「厚労省の定める最低生活費より世帯収入が低い方々に、その差額を支給する」制度で、「働いていたら利用できない」「持ち家があったら利用できない」というのは誤解です。まずは正しい知識をもっていただこうと、最初にそのことを説明しています。
次に、親族の援助(扶養)は強制ではなく、生活保護を利用する要件ではないことを強調しました。自治体は生活保護を申請した方の親や兄弟に対して、「生計を援助できますか」と問い合わせる(扶養照会)わけですが、援助はできる範囲ですればよく、援助する気持ちや余裕がない場合は断ることができるのです。バッシングの根拠とされた「不正受給」については、それが全体の額の〇・五三%にすぎないことを指摘しています。
パンフレットの最後に、生活保護申請書のひな形をつけました。これに記入して自治体の申請窓口に持参すればいいのですが、受付を拒否されたり、嘘の説明で追い返されたりすることがあります。そういう時のために、無料で相談できる支援団体の電話番号も掲載しています。
─ほかに工夫したことはありますか。
本来は生活保護を利用できるのに利用していない方々に手に取っていただこうと、イラストを入れてわかりやすく、親しみやすくつくりました。
五〇〇部を上限に注文を受け付けたのですが、最初に発行した一万部が一カ月足らずでなくなりました。さらに一万五〇〇〇部を増刷しています。インターネット上でも拡散されて、大変好評をいただいています。
パンフレットの内容は、日弁連のホームページからもダウンロードできます。病院や診療所、公共施設などに置いていただいて、ぜひ積極的に活用していただきたいと思います。
生活保護基準は岩盤
─一方で、政府は生活保護基準をさらに引き下げようとしています。
政府は二〇一三年度から三年間かけて、生活保護費を約六七〇億円(平均六・五%、最大一〇%)削減しました。さらに、住宅扶助費(※2)の削減にまで手をつけています。
なぜ、政府は生活保護基準を引き下げようとするのか。それは、生活保護基準が憲法二五条に定められた「健康で文化的な最低限度の生活」を規定し、あらゆる社会保障制度の土台を形作る岩盤の役割を果たしているからです。
二〇一二年に成立した社会保障制度改革推進法は、「受益と負担の均衡」「自助、共助及び公助の最も適切な組み合わせ」を謳いながら、社会保障に対する国の責任を後退させる姿勢を明確に打ち出しました。この法律で附則の第二条に掲げられたのが「生活保護制度の見直し」で、いわば社会保障削減の“最初の生け贄”にされたわけです。また、生活保護基準の引き下げは、他のさまざまな制度に影響をあたえます(下表)。
(※2)生活保護利用者にアパート家賃などの費用として支給。都市部などでは家賃が高いため、上限額でも劣悪な環境の住まいしか確保できない場合も。
─この動きに対抗していくにはどうしたらいいのでしょう。
まずは生活保護を利用する資格のある方々に制度を利用していただいて、捕捉率を上げることが重要だと思います。生活に困ったら誰でも無差別平等に「健康で文化的な最低限度の生活」が保障される、そういう本来の生活保護制度にしていくことによって、国民の生存権とそれに対する国の責任を実質化していくことができるのではないでしょうか。
さらに、社会保障全体が削減の対象になっていることを考えれば、医療・介護や年金、障害者など分野ごとのたたかいだけでなく、すべての当事者が連帯・連携して対抗していくことが大切だと思います。
よりよい「生活保障法」に
─生活保護制度をもっと使いやすいものにしていくためには、どうすればいいのでしょう。
日弁連の「生活保護法改正要綱案」では、まず「生活保障法」に名称を変更することを提案しています。憲法二五条の定める生存権は、“恩恵”ではなく権利なのだということを明確にして、利用者のスティグマ(恥辱の意識)をなくし、利用を促したいという趣旨です。
窓口で申請を妨げる水際作戦をなくすため、国と実施機関の周知・広報義務や説明・教示義務などを法律に明記することも提案しています。また、生活保護基準を厚労相が勝手に決めるのではなく、国会の民主的なプロセスを経て決めることも求めています。
ケースワーカーの増員も欠かせません。一人の担当者が一〇〇件以上も抱えているような現在の状況では、利用者の生活に丁寧に寄りそって十分な支援をおこなうことは不可能でしょう。生活保護利用者は、高齢世帯(四七%)と傷病・障害世帯(二八%)で四分の三を占め、八割が医療扶助を利用しています。支援を必要とする方々が多いわけで、福祉的なスキルをもった専門職を多く配置して、経験を蓄積していくことも必要だと思います。
─パンフレットをどんどん活用していきたいですね。
国民一人ひとりの生存権が守られるように、民医連のみなさんともいっしょに協力していきたいと思います。ぜひパンフレットの積極的なご活用をお願いします。
聞き手・武田力記者
写真・酒井猛
生活保護基準は生存権を支える岩盤
―基準引き下げは他の制度に影響―
◎最低賃金が上がらない
「(地域別最低賃金について)生活保護に係る施策との整合性に配慮」(最低賃金法第9条3項)
◎住民税の非課税基準額が下がる
非課税だった世帯が新たに課税世帯に
◎非課税だと安くすんでいた利用料の負担増
・保育料
・高額療養費自己負担限度額
・介護保険自己負担限度額
◎生活保護基準を目安にして利用条件を設定している施策の適用が狭くなる
・就学援助
・国民健康保険料の減免
・介護保険料の減免
・公営住宅家賃減免
・障害者自立支援利用料の減免
いつでも元気 2015.06 No.284