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いつでも元気

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特集1 リニア建設中止を 南アルプスに大穴を空ける巨大プロジェクト

大鹿村。写真の奥が南アルプス

大鹿村。写真の奥が南アルプス

 昨年一二月、JR東海がリニア中央新幹線(品川―名古屋間)の建設工事に着手。品川―名古屋間を四〇分で結ぶ「夢の超特急」と喧伝されていますが、路線の八六%が地下トンネルで、環境にあたえる影響も甚大です。
 南アルプスに大穴を空ける巨大プロジェクトに、日本弁護士連合会、自然保護協会、日本科学者会議などから次々と「再検討」「凍結」「中止」を求める声明が出されています。昨年六月に出された「環境大臣意見」さえ、この計画による「環境影響は枚挙に遑がない」としています。
 リニア中央新幹線が通る予定地のひとつ、長野県大鹿村をたずねました。

(武田力記者)

 長野県のJR伊那市駅から車で約一時間。車がすれ違うのもやっとの曲がりくねった道を登っていくと、南アルプスの山々に囲まれたのどかな風景が開けてきました。「日本で最も美しい村」連合(七町村)に加盟する大鹿村です。原田芳雄主演の映画「大鹿村騒動記」(二〇一一年)の舞台にもなりました。
 「自然豊かな、昔ながらの田舎の風景でしょう」と長野県民医連・伊藤文徳事務局次長。
 この村に衝撃が走ったのは、昨年一一月のこと。JR東海が公表したリニア建設計画で、村内にトンネルを掘るための斜坑口が四カ所設けられ、掘り出した残土を運搬する大型車が一日最大一七三六台、一〇年近くにわたって往来することが明らかになったのです。
 「一七三六台と言えば、一日一〇時間の作業だと仮定しても、一分間に三台です。狭い生活道路を大型車が占拠する形になる。住民の生活に多大な影響をあたえます」
 こう指摘するのは、信州大学の野口俊邦名誉教授(森林経済学)です。昨年八月の長野県知事選挙に立候補し、リニア建設問題を争点に押し上げてたたかいました。
 住民の不安の声を受けて、大鹿村議会は「リニア中央新幹線計画の認可について慎重な検討を求める意見書」を全会一致で採択。JR東海から生活道路を確保するための具体策が提示されるまで、「工事実施計画」を認可しないように、国に求めました。しかし国は、意見書を無視する形でJR東海の着工を認めてしまいました。
 「認可した国にも問題はありますが、周辺住民はJR東海に不満と不信を募らせています」と野口さん。

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環境にあたえる重大な影響

 工事は始まっていますが、問題は山積みです。その一つが、トンネル工事で発生する大量の残土の問題。品川―名古屋間で発生する残土は、六三五九万立方メートル(東京ドーム五一個分)にも及びますが、野口さんは「八割は置き場が決まっていない」と指摘します。
 「海や谷を乱暴に埋め立てれば、動植物の生態系も破壊され、大雨や地震などによる土砂災害を誘発する危険もあります」
 さらに山の地下にトンネルを掘ることで、水脈が分断され、水の流れが変わってしまうこともわかっています。JR東海は、トンネル工事で静岡県の駿河湾に注ぐ大井川の水量が毎秒二トンも減少すると予測しています。下流にある七市の生活用水・農業用水がまるまるなくなってしまう計算です。
 実際に、リニア実用化のためにおこなわれた山梨県の実験線トンネル工事では、それまで水が出ていなかったところから年間六六〇万キロキットルもの水がわき出したり、逆に沢や井戸の水が涸れてしまうなどの被害が発生した前例もあります。
 トンネル工事が予定されている東濃地区(岐阜県)には日本最大のウラン鉱床があり、放射能に汚染された土が掘り出される可能性もあります。
 リニア建設予定地を抱える自治体から「環境保全協定を結ぼう」という提起がされていますが、JR東海は拒否しています。
 野口さんは、「今回の工事が環境にあたえる重大な影響を無視しつづけるのは、工事費用や補償に使うお金をできるだけ少なくしたいからでしょう。工期先にありきで、影響を受ける周辺住民の声を聞かないやり方は許されない」と憤ります。

「人命を軽視した計画」

 路線全体の八六%がトンネルであるにもかかわらず、地震などの自然災害や停電・脱線などの事故が発生した場合の対策も不十分です。日本自然保護協会は、「断層が動いたときに、地盤の変位を止めることは現在の土木技術では不可能」「いくつもの活断層を横切る本計画は人命を軽視した計画であり看過できない」と強く警告しています。
 JR東海は、五キロおきにトンネルから脱出する非常口を設けると言いますが、地震や火災が起きたときに一〇〇〇人もの乗客を安全に、しかも何キロも避難させることができるのか、不安の種は尽きません。
 さらに、リニア新幹線から発生する電磁波を長期間あびることによって人体にどれほどの影響があるのか、心配する声もあがっています。消費電力は在来新幹線の三~五倍。野口さんは「国全体で省エネルギー社会に向かっているのに、この流れにも逆行している。昨年六月に出された『環境大臣意見』でも、『これほどのエネルギー需要が増加することは看過できない』と指摘しています。JR東海の葛西敬之名誉会長が、再三『原発再稼働』を主張していることも考えあわせれば、原発再稼働とリニア計画はセットで推進されているのではないでしょうか」と話します。

税金による穴埋めの可能性も

採算性にも疑問

 「採算性にも疑問がある」と話すのは、辰巳孝太郎・参議院議員(日本共産党)です。辰巳さんは国土交通委員として、国会でリニア中央新幹線の問題をとりあげてきました。
 「JR東海は、二〇四五年までに東京―大阪間の移動需要が一・五倍になると推計しています。しかしその推計は、生産年齢人口(一五歳以上~六五歳未満)の減少(二〇一五年七七〇〇万人→二〇四五年五三〇〇万人)を加味していないことが、私の国会質問で明らかになりました。巨費を投入する割には、驚くほどずさんな計画だということが、この一点からもうかがえます」
 過去には、JR東海の山田佳臣社長(当時)も「リニアだけでは絶対にペイしない(採算がとれない)」(二〇一三年九月)と発言していたほどです。
 「もしリニア建設計画が破たんしたらどうなるか。民間企業とはいえ、公共交通を担っているJR東海を国はつぶせないでしょう。そうなれば、税金による穴埋めがおこなわれ、国民にツケがまわってくる可能性もあります。だからこそ、問題を明らかにしていく国会論戦と、国民世論による監視が必要です」と辰巳さんは話します。

国民的な議論が必要

 民間企業であるJR東海が「自己負担で建設」するにもかかわらず、安倍首相はリニア中央新幹線を「国家的プロジェクト」と位置づけています。また、国土交通省の「新たな『国土のグランドデザイン』」(昨年三月)には、「リニア中央新幹線により首都圏・中部圏・近畿圏が一体化」「世界最大のスーパー・メガリージョン(超巨大都市圏)の形成による国際競争力強化」が打ち出されています。
 最終的には大阪まで通そうという、九兆円の巨大プロジェクト。「国費を投入してでも、できるだけ早期に大阪まで開通させるべき」と主張する関西選出の国会議員もいますが、「それではますます国の事業なのか、民間の事業なのかわからなくなる」と辰巳さん。
 辰巳さんは「本当にいまリニア中央新幹線が必要なのか。リニア建設に投資するお金があるなら、在来線の地震・津波対策や、ホームドアの設置・無人駅の解消など、他にやるべきことがあるはずです」と。さらに、「リニア建設では、駅前開発など地元自治体の負担も大きい。建設工事で地方が一時うるおったとしても、完成すれば東京一極集中が加速して、ますます地方が衰退することになりかねない」と指摘します。
 「リニア建設予定地の住民にも、ほとんど情報が知らされないまま、計画だけがすすんでいます。国民不在でていねいな議論もないまま、目先の利益だけを追求して子々孫々に禍根を残すことがあってはならない」と前出の伊藤さん。
 野口さんは「着工したと言っても、用地買収や本格的な工事はまだこれからです。計画の詳細と問題点を知らせていくことで住民の関心を高め、中止を求める運動は広げていける」と前を向きます。

写真・五味明憲

いつでも元気 2015.05 No.283