特集1/土砂災害から見えてきたもの/置き去りにされた防災対策 広島
八月二〇日未明にかけての豪雨で土砂災害が発生、七四人が犠牲になった広島市。被害の大きかった安佐南区の緑井地区・八木地区は広島共立病院(広島医療生協)の診療圏で、医療生協組合員とその家族二四人が亡くなるという惨事に見舞われました。
広島共立病院も一階が浸水、CT(レントゲンによる断面撮影)装置が使えなくなるなどの被害を受けましたが、広島医療生協は災害発生直後から避難所まわ り、被災者宅の訪問・泥出し作業などに奮闘。全日本民医連も全国支援をおこないました。
決壊した川の水が流れ出して
土砂災害の爪痕が生々しい(八木地区) |
九月六日、広島医療生協の職員と支援にかけつけた全国の民医連職員ら約四〇人で、緑井地区へ。 地元の自治会の指示のもとにおこなわれた、個人宅の泥出し作業に参加しました。二列に並び、汚泥をつめた土のうを手渡しでリレーしたり、落石をリヤカーに 載せるなどして、搬出する作業をおこないました。
被害に見舞われた地域は、一九六〇年代の高度成長期に山間部を切り開いてできた住宅地です。豪雨で崩れた山から道路に土砂が流れ込み、その土砂の中を決 壊した川の水が下っていくという異様な光景が広がっていました。泥出し作業に向かう途中、その「川」の上にかけられた「橋」をいくつも渡らなければなりま せんでした。
長野・諏訪共立病院から支援に駆けつけた清水浩紀さん(事務)は、「被災から二週間経っているのに、爪痕が生々しい。復旧のために、まだまだ人手が必要 だと思った」と衝撃を受けたようす。「(二〇年前に鹿児島で起きた)8・6水害支援の恩返しのつもりで来た」という鹿児島医療生協の倉元あゆみさん(事 務)は、「土のうの数を見たときには『作業は終わるのかな』と思ったけれど、みんなの力ですぐに片付いた。坂を上って行くときに後ろを振り向いたら、民医 連の緑のビブスが連なって見えて、みんな同じ思いでつながっているのだと実感した」と話してくれました。
支援を受けたお宅で、破壊された一階部分の片付けをしていた住人の男性は、「みなさん本当にありがとう」と感謝を述べ、「あと二〇秒(二階への)避難が 遅れたら、いのちが危なかった。こわかった」と被災した夜のことを振り返っていました。
求められる継続的な支援
泥出し作業に汗を流す |
当日は、八木地区で全戸訪問活動もおこなわれました。広島共立病院からマイクロバスで一〇分ほ ど行ったところで降り、二〇人が二人一組になって、約一五〇軒を訪問。小高い山の中腹には横転した家屋も見え、重機やトラックなどが行き交って、行方不明 者の捜索が続いているようでした。
広島医療生協組合員の速山健さんと兼本靖子さんは、「大変でしたね」と被災者を気づかいながら、「被災の状況によっては医療費が減免されます」「困った ことがあったら、何でも医療生協に相談してください」などと声をかけていきます。住人が避難して留守のお宅には、相談を呼びかける「お知らせ」を投函しま した。
対話できたお宅では、「玄関先まで押し寄せた泥が引かずに、三日間は外に出られなかった」「ヘドロが床上まで来て、悪臭がする」などの被災状況を聞くこ とができました。家屋が立地する地形や玄関の高さなどによって、お隣どうしやご近所でも被害状況がまったく異なっていました。
なかには「(家の近所にある)駐車場に停めていた車が泥に埋まって使えなくなった。新車を買うにも停める場所がなくて困っている」という方も。浸水もな く、一見無事に見えるお宅でしたが、実際に話を聞かないとわからないことが多いのだと実感しました。
「今は復旧にあたる作業員や支援ボランティアがたくさん入っていて、気が張っているようです。でも、一段落したところで心身に不調を来すこともありう る。継続して支援していかなければ」と速山さん。兼本さんも「大きな道路は優先的に片付けられていますが、私有地の片付けは個人まかせになっている。個人 の力では限界があります。すべての被災者が再出発できるように、意見や要望をまとめて行政にはたらきかけたい」と、課題を見すえます。
浮かび上がる“人災”
土砂にはまりこんだ車(緑井地区) |
自然の脅威を見せつけられた今回の災害ですが、明らかに“人災”の側面があります。
「そもそもあのような危険な宅地開発は避けるべきだった」と語るのは、田結庄良昭・神戸大学名誉教授(地質学)です。地盤がもろい山間地を切り開いて活用する危険性を指摘します。
広島市では一九九九年にも豪雨・土砂災害が起き、三〇人を超す犠牲者が出ていました。この災害をきっかけに土砂災害防止法(注)が制定されたにもかかわ らず、対策はすすんでいません。全国に五二万五三〇七カ所あるとされる「土砂災害危険箇所」のうち、調査すら完了していないところが約一四万カ所(三二都 道府県)にものぼります。広島県の土砂災害危険箇所は、全国最多の三万一九八七カ所。そのうち、警戒区域に指定されているのは一万一八三四カ所で、災害対 策の整備を終えたところはたった三割です。
「住民の生命・財産を守るのが自治体の一番の役割なのに」と憤るのは、辻恒雄・広島県議(日本共産党)。二〇〇一年に約二一六億円あった県の砂防対策費 は、一二年には約八五億円に激減。「現在のペースでいくと、土砂災害対策の整備完了までに何年かかるのか」という辻さんの質問に、県砂防課長が「三三三 年」と答弁したのは、災害発生の前日(一九日、県議会)のことでした。
「『経済性と防災のバランスをはかる』と言いながら、大型開発優先の県政運営をしてきたツケが、最悪の結果をもたらした」と辻さん。“国土強靱化”“防 災”を口実に莫大な税金を投入して、高速道路やリニア新幹線などの大型公共事業を推進する安倍政権の欺まんを浮き彫りにしています。
災害対策はまちづくりの課題
田結庄さんは「行政の広域化と自治体の職員減らしのもとで、災害にきめ細やかに対応する“現場力”や防災についての専門知識が低下している」と、市町村 合併の弊害も指摘します。今回の土砂災害でも、安佐南区に市の避難勧告が出たのは午前四時半で、すでに土砂災害が発生したあとでした。
「行政が動くのを待っているだけではダメ。住民自らが危険な箇所を調査して行政に対策を求めるなど、“防災力”を意識的に高めるとりくみをしなくては」と田結庄さん。
山間地の多い日本では、毎年平均一〇〇〇件を超す土砂災害(土石流・がけ崩れ・地すべり)が発生しています。一九六七~二〇一一年の自然災害の死者・行 方不明者は、阪神・淡路大震災や東日本大震災をのぞけば、実に四割が土砂災害の犠牲者です。近年は記録的な豪雨が多発していることもあり、土砂災害の危険 は高まっています。
土砂災害対策は、「安心して住み続けられるまちづくり」の課題です。
文・武田力記者
写真・若橋一三
旧病院を避難所に
広島共立病院
広島共立病院は、隣地への新築・移転(9月1日開院)作業に追われるさなかに今回の豪雨災害に遭いましたが、外来を2階に設けていたため、ほぼ通常どおりに診療を継続することができました。
新病院開院後は、旧病院の病棟の一部を避難所として活用するよう市に申し入れ、認められました。9月5日に入居がはじまり、6日には40人余りの方々が避難所の小学校から移動してきていました。
土砂災害で「住んでいた県営住宅が立入禁止になった」という谷口良一さんは、「小学校の教室は居住用にできているわけではないので、どうしても落ち着か なくて。こちらは広いし設備も整っているので、言うことありません」とほっとしたようす。「リラックスできて、これでゆっくり眠れます」と笑顔で話しま す。
「市が私たちの思いを受けとめてくれて感謝しています」と話すのは、同院の村田裕彦院長。地域の安佐医師会理事(大災害・救急医療対策など担当)も務め る村田院長は、「日頃から顔の見える関係やつながりができていたことが、今回のような緊急事態でも機敏かつスムーズに旧病院の“避難所化”をすすめる力に なった」と語ります。「今回の災害は、当院が地域で果たすべき役割をあらためて浮き彫りにした。さらに災害対応機能を強めていきたい」。
いつでも元気 2014.11 No.277