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いつでも元気

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特集2/働くもののメンタルヘルス/心の健康を保つには

「心の健康診断」を職場に生かす

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東京・代々木病院
働くもののいのちと健康を守る
東京センター
天笠 崇
全日本民医連精神医療委員
(精神科医)

 年に1回、毎年6月頃に、厚生労働省労働基準局労災補償部が「脳・心臓疾患と精神障害の労災補償状況」をとりまとめています。今年は6月27日に公表されました。

脳・心臓疾患と過労死の労災補償状況

 「脳・心臓疾患」と同疾患による「過労死」の労災請求件数は、どちらも2011年が最多で、そ の後は徐々に減ってきています。支給決定件数(労災と認めて補償を決定した件数)が最も多いのは道路貨物運送業で94件(全体の3割)、次に総合工事業で す。年齢では、40~50代が最多でした。月間時間外労働時間数が60時間未満の支給決定例はありませんでした。

「精神障害」の請求は過去最多

 それに比べ、精神障害と過労自殺の労災請求件数は1409件と、前年度に比べて152件の増加で、過去最多でした(図1)。
 支給決定件数では、社会保険・社会福祉・介護事業32件、道路貨物運送業24件、医療業22件と続き、年代では30代が最多で21件、次が40代でした。
 月間時間外労働時間数の多い・少ないに関係なく、支給決定件数が分布していました。過労自殺も過労死の一種ですが、特徴がかなり違います。

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働くもののメンタルヘルスは悪化している

 以上のように、働くもののメンタルヘルス(心の健康)は悪化しています。
 『自殺対策白書』(内閣府・2014年版)では、2012年は15年ぶりに年間自殺者が3万人を下回りました。「健康問題」「経済・生活問題」を原因・動機とした自殺者数も、近年減少してきています。
 ところが、「勤務問題」を原因とする自殺は2011年まで漸増し、以後は横ばいの状態です。また、2年ごとに実施されている上場企業に対する「『メンタ ルヘルスの取り組み』に関する企業アンケート調査結果」(社会経済生産性本部メンタルヘルス研究所)でも、最近3年間における「心の病」が「増加傾向」 「横ばい」と回答した企業割合の合計が、一貫して90%程度となっており、減っていません。

労働精神科外来の実際

 筆者は、5年前に今の病院に赴任し、メンタルヘルス不全に陥った働く人々を対象にした“労働精神科外来”を開設し、診療しています。2人の労働者の事例を紹介します。
■不当解雇されたAさん
 Aさんは30代の落ち着いた女性。勤めていた会社を不当解雇され、「働くもののいのちと健康を守る東京センター」の紹介で労働精神科外来を受診しました。
 診断面接の上、うつ病と診断し治療を開始しました。途中、労災申請のために申立書の作成にとりかかったところで、職場での出来事を思い出し、症状がぶり 返しました。そこで抗うつ薬増強療法を実施したところ、症状が回復して生活リズムを取り戻しました。基礎体力を回復することから始めて、在宅でのリハビリ など、少しずつレベルアップしています。
 Aさんは現在、首都圏青年ユニオンに加盟し、仲間の支援を得ながら、不当解雇事件をたたかっています。このような活動をすることも、重要なリハビリの方法です。
■復職にむけて治療中、Bさん
 Bさんは男性、コンピューターシステムの設計・開発などをおこなうシステムエンジニアです。
 過去にも、PIP(Performance Improvement Program)と称する「業績改善プログラム」(達成不可能なノルマを課すなど、解雇を狙っているとも言われる企業のやり方です)を受けましたが、その 際は軽いうつ状態になっただけで何とか乗り切り、働き続けてきました。
 ところが、定年まで数年を残すのみとなったところで、再び「PIPを受けるように」との業務命令が出され、心身とも不調になり、労働組合の紹介で、労働精神科外来を受診しました。
 診断はうつ病。Bさんは、抗うつ薬での治療を望まれず、睡眠薬と認知行動療法(ものごとの受け取り方や考え方の幅を広げていく治療法)で経過を見ること になりました。現在は症状が回復し、他院のリワークデイケア(復職を目標にした労働者が、復職までのコンディション作りと再発予防対策のために利用するデ イケア)に通っています。

予防対策

 メンタルヘルス不全の予防には、発生そのものを減らす1次予防、早期発見・早期の適切な処遇や治療でメンタルヘルス不全の有病率を減らす2次予防、そし てリハビリによってメンタルヘルス不全による後遺症を軽減し再発を減らす3次予防の3つがあります。
 ここでは、メンタルヘルス不全に陥る前の1次予防について述べます。

(1)法の策定―小さく産んで大きく育てる
 今年6月、労働安全衛生法が一部改正され、「労働者の心理的負担の程度を把握するための検査」が施行されることになりました。
 現在、調査項目等、具体的な実施に向けて急ピッチで専門家による検討が重ねられています。同月には、過労死等防止対策推進法も可決成立しました。この法律には国の責任で効果的な防止を講じる等が謳われています。
 このような社会全体の働き方に係わる大きな枠組みを変えること、そのために運動を組織することも非常に重要です。法の効力が出てくるのはこれからです が、法を活かす私たちのとりくみなくして効力は生まれません。「全国過労死を考える家族の会」の方がたは、それを「小さく産んで大きく育てる」と表現して います。なるほどですね。

(2)嘱託産業医の活用―すでにあるメンタルヘルス対策の方法
 筆者が嘱託産業医として関わっている事業場を例に紹介します。
 この事業場では、毎年あらたに平均で12人のメンタルヘルス不全による休職者が発生していました。
 筆者は2011年度途中から嘱託産業医となり、事業場の衛生委員会(従業員の労働環境・心身の健康保持・増進などをはかる委員会。50人以上の事業場に 設置が義務づけられている)のなかで、厚生労働省から発出された指針やガイドラインの学習をすすめました。
 特に、労働安全衛生法に規定された長時間労働者面接の実施を重視しました。面接を実施するためには、従業員の労働時間の適正な把握が必要で、その方法を整備するところからのスタートでした。
 また、長時間労働者の比較的多い職場を優先的に、職場巡視をおこないました。すると、年間の新規メンタルヘルス不全による休職者は、2012年4人、2013年8人、今年7月までに2人の発生まで減少しました(図2)。

(3)「心の健康診断」と「ストレス・マネジメント・プログラム」―外部専門機関YESの紹介
 筆者は、労働者のストレス状態だけでなく、職場環境やストレスを招く職場の要因(労働ストレス要因)も測定し、両者の関連を分析して対策を提案するとりくみを「心の健康診断」と呼んで実践しています。
 また、「心の健康診断」の結果もふまえて、その職場の労働者に「労働ストレスと心身の健康」などについての講義と、「ストレス場面をどう解決するか」を実践的に学ぶワークショップ(体験型講座)を提供しています。
 この講義とワークショップは「ストレス・マネジメント・プログラム」と呼ばれ、メンタルヘルスを高めるものです。
 このプログラムを実践したA事業場では、5年間でメンタルヘルス不全の発生が1000人あたり25人から17人に減少しました。A事業場では新入職員研 修でも同様のプログラムを実践したところ、過去数年は毎年2割弱の新入職員が退職していたのに対し、とりくみ開始後の5年間はゼロになりました。
 さらに衛生委員会にオブザーバーとして参加させていただき、長時間過重労働対策を掲げ、従業員の労務内容の見直しや工夫を1年間にわたって実施しました。
 このような「心の健康診断」をもとにしたメンタルヘルス向上のとりくみを継続的におこなうため、当院では「代々木病院EAPケアシステムズ」(略称 YES)という労働者のメンタルヘルスをサポートする体制をつくりました。
 EAP(Employee Assistance Program)は通常「従業員支援プログラム」と訳されており、「メンタルヘルスの向上にとりくみたいがどうすればよいかよくわからない」という企業や メンタルヘルス担当者の相談にのったり、職場の人間関係や悩みなどについてのカウンセリングを上司などに知られることなくうけることができます。

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労働組合の活躍にも期待

 「『治療と職業生活の両立等の支援に関する検討会』報告書」(厚生労働省労働基準局、2013年)の結果を見ても、労働組合のない職場に比べて労働組合 のある職場の方が、メンタルヘルス不全の治療と職業生活の両立支援度が高くなっています(図3)。
 働く人びとの生活と健康を守る労働組合の活躍が、メンタルヘルスにとっても決定的に重要だと筆者は考えます。大いに期待しています。

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イラスト・井上ひいろ


■心の健康づくり計画
 厚労省は事業場の衛生委員会等で十分調査審議して、「心の健康づくり計画」を策定することを
呼びかけています。「心の健康づくり計画」に盛り込む事項は以下の7点です。
(『職場における心の健康づくり』発行:厚労省 独立行政法人労働者健康福祉機構より)
(1)事業者がメンタルヘルスケアを積極的に推進する旨の表明に関すること
(2)事業場における心の健康づくりの体制の整備に関すること
(3)事業場における問題点の把握及びメンタルヘルスケアの実施に関すること
(4)メンタルヘルスケアを行うために必要な人材の確保及び事業場外資源の活用に関すること
(5)労働者の健康情報の保護に関すること
(6)心の健康づくり計画の実施状況の評価及び計画の見直しに関すること
(7)その他労働者の心の健康づくりに必要な措置に関すること


メンタルヘルス対策のホームページはこちら

■働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト(こころの耳)
→事業者、労働者等を対象にメンタルヘルス対策等の情報を掲載
http://kokoro.mhlw.go.jp/

■メンタルヘルス対策に係る自主点検票
→事業場におけるメンタルヘルス対策の実施状況を点検するためのツール
http://www.jisha.or.jp/web_chk/mh/index.html