集団的自衛権行使にNO! 元政府「当事者」らが立ち上がる ジャーナリスト・志葉 玲
元自衛官・元官房副長官補・元法制局長官…
米軍と一体となり、日本の自衛隊が海外での戦闘に参加する「集団的自衛権の行使」。これを実現 せんとする憲法違反の閣議決定(七月一日)は正に暴拳そのものだ。安倍政権の暴走に対し、元イラク派遣自衛隊員、元内閣副官房長官補、元内閣法制局長官な ど、かつての「当事者」らが反撃に立ち上がった。
「犠牲隠ぺいされる」
「集団的自衛権の行使には、自分は絶対反対です」
元航空自衛官の池田頼将氏はそう断言した。小牧基地(愛知県)所属の航空自衛隊員だった池田氏は、二〇〇六年四月にイラクの隣国・クウェートに派遣され た。その派遣先で同年七月、米軍関係車両にはね飛ばされた上、まともな治療を受けられずにあごや腕などに重い後遺症が残ってしまった。
池田氏は自身の経験から、もし集団的自衛権が行使され、自衛隊員が戦闘行為をおこなえば「必ず自衛官たちがけがをしたり、死ぬことになる。そしてその犠牲は隠ぺいされるでしょう」と語る。
「僕の事故は、二〇〇六年七月四日に起きました。米軍主催のマラソン大会に参加していたときに、突然、背後からドスン! と鈍い音がして、僕は意識を失 いました。米軍と契約していた民間軍事企業KBRのバスにはねられたのです」
ところが、KBRからも米軍からも、謝罪・補償は一切なし。「自衛隊までもが『米軍の衛生隊が、たいしたけがじゃないと言っている』という扱いでした。 事故直後、僕は全身血まみれで、体がまったく動かない状態でした。何度も『帰国して治療を受けたい』と訴えましたが、上司は『検討する』というだけでし た」。
池田氏は帰国まで二カ月間、放置された。帰国後も自衛隊内で上司からパワハラを繰り返し受け、退職に追い込まれた。現在は、国の責任を問う国家賠償請求訴訟を起こし、係争中だ。
国民を欺いた安倍氏の“前科”
池田氏が重傷を負った〇六年七月は、陸上自衛隊がイラクから撤退する一方で、航空自衛隊がイラク激戦地への米軍兵士輸送活動を密かに開始したときと重なる。
池田氏の国賠訴訟の弁護団の一人、川口創弁護士は、「自衛隊員が米軍に大けがを負わされた事実が発覚すれば、自衛隊による『対米支援』が失敗に終わる恐 れもありました。そのような事態を避けるため、空自が池田さんの事故を隠ぺいした可能性は否定できません」と語る。
航空自衛隊のイラクでの活動は「人道復興支援のため」と説明されていたが、民主党政権時(二〇〇九年)に情報開示された活動実績では、国連関係者の運搬 は六%にすぎず、全体の六割以上が米軍など多国籍軍の兵士の運搬だったことも明らかになっている。「二〇〇八年四月、名古屋高裁が判断を示したように、米 軍の兵員や物資を運ぶことは、武力の行使となり違憲です」と川口弁護士。
安倍首相は今、集団的自衛権の行使について「必要最小限にとどまる」と説明している。だが、国民にウソをついて航空自衛隊の違憲活動を拡大させたのは、他でもない第一次安倍政権なのだ。
「何度も死にたいと考えた」
帰国後、病院で治療を受けた池田氏は、「外傷性顎関節症」と診断された。蝶番が失われたあごは、全く動かなくなってしまった。「わずかに開いた口のすき 間から流動食を流し込む、それが僕の食事のすべてです。テレビでグルメ番組などをやっているのを見ると、すごくつらい。ふつうの食事は一切とれませんの で」と池田氏。左腕は肩から上にあがらず、右手も力を入れると震えて、自分の名前すらまともに書けない。
眼球の奥や、首、肩などにも慢性的に強い痛みを抱える。「週に一度買い物に行く以外はほとんど動かないでいます。痛みで眠ることもできないので、強力な睡眠薬を使っています」。
働けなくなり、事故を隠ぺいした自衛隊に絶望した池田氏は、自暴自棄になり、結婚生活も破たんし、離婚した。「何度も死にたいと願いました。大量の睡眠 薬を一気に飲んだこともあります。体が慣れてしまっていて、死ねませんでしたが…」と打ち明ける池田氏は今、安倍政権の暴走に対する危機感から、積極的に 人前で自らの経験を語っている。
「もう、僕のような経験をする自衛官は一人も出したくない。だから、集団的自衛権行使の危うさについて、今後も発言していきたい」
「安全保障のプロ」も異議
内閣官房副長官補として二〇〇四~二〇〇九年まで、第一次安倍政権を含む自民党の歴代内閣を支え、自衛隊イラク派遣でも指揮をとった実務トップの柳澤協二氏も、「安全保障のプロ」として安倍政権の論理破たんに苦言を呈する。
柳澤氏は、安倍首相が彼の私設諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)の報告を受けて開いた集団的自衛権をめぐる記者会見(今年五月一五日)を、こう批判した。
「私は首相が説明に使った、紛争地から米軍の艦隊が日本の民間人を輸送するというパネルを見たとき、ずっこけてしまった。あれは、内閣の危機管理の失敗 のケースです。私が現職のときも、海外で紛争が勃発した際に、いかに邦人を救助するか、そういう想定はしょっちゅうやっていた。仮に海外情勢が緊張すれ ば、外務省が渡航注意の情報を出す。そういう段階で民間機で帰国する。事情があって取り残された邦人がいたら、仮に危険な状況が続いているのであれば、落 ち着くまで安全な場所に退避していてもらうのが鉄則。今の自衛隊法でも『経路の安全が確保されていなければ運ばない』としている。銃弾が飛び交い、敵に狙 われるかもしれない危険な状況で、わざわざ輸送なんかしない。とにかく、突っ込みどころ満載の会見だった」
柳澤氏は、安倍政権の「覚悟の足らなさ」も徹底的に批判する。
「シリア情勢への介入などで、米国に集団的自衛権の行使を求められたらどうするのか。いったん集団的自衛権の行使をやれるようになれば、断れない。安倍 首相は『(日米同盟は)血の同盟』と言葉に酔っているが、その血はいったい誰の血なのか。自衛隊員の血だ。安保法制懇の提言や首相会見では、日本が攻撃さ れてもいないのに他国へ行って武力行使をおこなうこと、戦争当事国になり相手国から敵とみなされることのリスクやデメリットが示されていない。国民にリス クの判断を求めないなら、一種の詐欺的な行為だ」
「血の同盟」到来を許すな
「憲法のハイジャック」
バグダッドでの「テロ掃討」。米軍は令状もなく一般市民を次々に拘束していた(2004年) |
元内閣法制局長官や元外交官、憲法学者らも立ち上がった。阪田雅裕氏(元第六一代内閣法制局長官)や、大森政輔氏(第五八代内閣法制局長官)ら六人。
会見で阪田氏は「『集団的自衛権の行使は違憲』とする解釈は、日本に定着している。一政権が変えられるものではない」「立憲主義に反し、怒りを覚える」と強い調子で批判した。
大森氏も「日本国憲法制定後、朝鮮動乱を契機に自衛権についての議論が始まったが、集団的自衛権の行使はその都度否定され、過去の議論で決着済み」と語 る。「安倍政権は『必要最小限』で集団的自衛権は認められるとしたが、『必要最小限』とは個別的自衛権であって、集団的自衛権はそれを超えるものだ」。
内閣法制局とは、内閣が国会に提出する法案が憲法に違反していないかをチェックする、言わば「法の番人」。その元長官が二人も安倍政権に異を唱えたこと の意味は軽くはない。安倍政権が憲法をねじ曲げて解釈し、自らの政策を強引に通そうとすることは「憲法のハイジャック」(小林節・慶応大名誉教授)なの だ。
イラクやパレスチナなどを取材してきた筆者には、安倍政権の言動はあまりに軽いと思える。ひとたび戦地で市民に銃をむければ、もはや個人の良心や葛藤な ど関係なく殺し合いの狂気に飲まれる。ある米兵は、イラクでの同僚の姿が目に焼きついていると筆者に語った。
「パトロールから戻ったトラックの荷台には血まみれの死体が山積み。同僚は、イラク人少年の生首を手に“コイツをブッ殺してやったぜ!”と叫んだ…無茶苦茶だったよ」。これが“正義の戦争”の実態だ。
自衛隊が紛争地で殺し殺されるかもしれない、日本が戦争当事国になるやもしれないことについて、安倍首相らは一体どれほど責任を負う覚悟があるのか?
民主主義が問われている
かつては政府側だった「当事者」たちが次々と声を上げ始めたのは、こんな政権に日本の未来を任せられるかという危機感からだろう。
今、問われているのは、日本の民主主義そのものだ。解釈で憲法がねじ曲げられる。自分が、家族が、友人が戦争で血を流し、命を落とす。そんな日本の到来を許してはならない。
いつでも元気 2014.8 No.274