特集1/年金削減許せない!/12万人が立ち上がる
一月三一日、全国各地の年金事務所や地方厚生局など九六カ所に、「年金削減は許せない」という怒りをこめた「行政不服審査請求書」が提出されました。その数はなんと一二万六六四二人分。
なぜこんなに多くの方が請求に参加したのでしょうか。当事者たちの声を聞きました。
行政不服審査請求書を提出する(愛知県で。写真提供・全日本年金者組合「年金者しんぶん」) |
三多摩健康友の会(東京)国立支部の事務局長・早津淑子さん(68)も、不服審査請求に加わった一人です。四月に請求に対する回答が届きましたが、結果は「却下」。「請求は不適法なもの」として審査すらしない、いわば門前払いの裁決でした。
「請求をよく見もしないで形式だけの回答を送ってきたのでは。私たちのことをまったく考えてくれていないのだなと思った」と早津さんは憤ります。
早津さんの年金は月一〇万円足らず。「介護保険料が天引きされ、家賃と光熱費を払うと、残りはほとんどなくなってしまう。貯金を取り崩して生活しています」と早津さん。
「つねに節約のことを考えています。スーパーは一八時以降の値引きセールをねらうのは当たり前。衣服は何年も買っていません。お風呂はシャワーですませ ます。エアコンは使わず、冬はこたつだけで乗り切っています」と。
年金一%削減の影響についてうかがうと、「月一〇〇〇円とはいえ、年間にすれば一万二〇〇〇円の削減。年金者組合の仲間たちと毎年行っている旅行の費用 がそれくらいです。たとえ一%であっても、一年に一回のささやかな楽しみを奪われかねない」と表情を曇らせます。
10年余り前の“物価下落”理由に
年金を三年で二・五%削減することが決まったのは、二〇一二年一一月。衆院解散前に、民主・自民・公明が合意して可決されました(維新も賛成)。
昨年一〇月に一%削減したのを皮切りに、ことし四月にさらに一%(物価・賃金などの上昇で、実際は〇・七%)削減、来年四月にも〇・五%削減する計画です。
さらにその後も、マクロ経済スライド(注)の発動で、一年に約一%ずつという、とんでもない削減がねらわれています。
今回の二・五%削減について、政府は「二〇〇〇~二〇〇二年、物価下落にあわせて削減すべき年金を削減していなかったため」と説明しています。
しかし、この“特例措置”は、政府自身が「社会経済情勢にかんがみ」、つまり高齢者の生活と経済にあたえる影響を考慮してとったものだと説明していまし た。当時と比較して、高齢者の生活が豊かになったわけでも、経済状況が好転したわけでもありません。医療・介護保険料の値上げ、消費税増税などの負担増 で、高齢者の生活は苦しくなっているのが実情です。
物価にあわせて年金を削減する口実となった「消費者物価指数」にも問題があります。電気代やガス代など、生活に欠かせない費用が上がっているにもかかわ らず、パソコンや冷蔵庫などの電化製品が下がっているため、「総体的に物価が下がっている」ことにされてしまうからです。年金で暮らす高齢者の生活実感と かけ離れていることは明らかで、医療・介護保険料の負担増もまったく考慮されていません。
「怒りが充満している」
全日本年金者組合荒川支部では、組合員数(約二二〇人)を超える五三七人分の不服審査請求書を提出しました。
「年金削減に対する怒りが充満しているのを感じた」と話すのは、副支部長の齋藤花子さん(80)です。「これだけの人が提出した背景には、高齢者の暮ら しがどんどん苦しくなっていることがあると思います。年をとれば身体のどこかに具合の悪いところが出てくるものですが、医療費が高すぎて病院にかかりづら い。若者の非正規雇用も広がっていますから、経済的なことで子どもにも頼れないという声をよく聞きます」と齋藤さん。
事務局長の河合伸忠さん(71)は、「全体の六分の一にあたる九〇人は、今まで年金者組合はもちろん、民主団体などともつながりのなかった方々です。そ のような方でも、声をかければ請求に参加して、その方がまた知人に声をかけた。今まで声をあげたことのない方々が、たくさん参加して広がった」と話しま す。
浮かび上がった低年金
「とりくみを通じて、日本の低年金の問題があらためて浮かび上がった」と語るのは、全日本年金 者組合の森口藤子・副中央執行委員長です。「私たちの不服審査請求を取り上げた全国紙や地方紙の報道に接して、『自分も参加したい。どうすればいいのか』 と電話してきた方が多数いました」と話します。
不服審査請求をおこなった高齢者からは、「月三万円余りの年金で、毎日コンビニのおにぎりを食べる生活」「銭湯を週三回から二回に減らした」「灯油を節 約するため、遅く起きて早く寝る日々」など、日頃の生活ぶりをうかがわせる切実な声が。「早くあの世に行けというのか。悲しい。悔しい」という声もありま した。
森口さんは「高齢者の生活実態を見て、尊厳ある暮らしを維持するためにはどれくらいの年金が必要か。『健康で文化的な生活を営む権利』を保障した憲法二 五条を守る視点が、政府の姿勢にはまったく感じられない」と批判します。
財源は積立金と応能負担で
年金を削減せず、給付を充実させる財源は十分にあります。
たとえば、巨額の年金積立金の存在です。これは国民が納めた厚生年金・国民年金の保険料の残額が積み立てられたもので、その額は約一二八兆円(二〇一三 年)にも達しています。厚生年金で約五年分、国民年金で約四年分の給付費用に相当します。イギリス・ドイツ・フランスなどの一~二カ月分という水準と比べ ても、異常なため込みです。
しかもその積立金が、債券・株式などに運用されています。現在、国内債券を中心に一部が運用されていますが、政府は株式の「アクティブ運用」(個別の銘 柄を選んで投資する方法)の比率を高めることなどを掲げています。積立金を使って「マネーゲーム」をするようなもので、大切な国民の財産を食いつぶすこと になりかねません。本来の目的と違う運用は禁止し、年金の底上げにこそ使うべきです。
もうけている大企業に応分の負担を求めることも当然です。
消費税導入前年の一九八八年に四二%だった法人税は、昨年二八・〇五%となり(復興特別法人税含む)、消費税が八%になったことし四月からは二五・五% にまで引き下げられています。政府内ではさらなる法人税引き下げの動きもありますが、企業の税と社会保険料を合わせた負担は多いとは言えず、これ以上減ら す必要はありません(表1)。
雇用の安定も重要な課題となっています。リストラや非正規雇用への転換が進むなかで、厚生年金の支え手が極端に減り、国民年金の保険料も払えない人が急増しているからです。
非正規雇用が全体の四割近くにも達するという雇用状況の悪化は、少子化にも拍車をかけており、将来の年金の支え手を減らすことにもつながっています。労 働法制の規制緩和で、非正規雇用を拡大する政策をとってきた政府自らが、年金保険料の未納を広げる悪循環を作りだしているのです。
最低保障年金制度の確立を
「他の先進国と比べて極端に低い年金給付の水準を引き上げ、安心して暮らせる年金にすべきです」と森口さんは語ります。
日本では六五歳以上の年金受給者約三一〇〇万人のうち、基礎年金のみの受給者は一〇四七万人、平均受給額は月五万円という低水準です。厚生年金でも、月 一〇万円未満の受給者が三七〇万人いるとされています。六五歳以上の無年金者八八・六万人をあわせると、実に約一五〇〇万人の高齢者が月一〇万円未満の年 金で暮らしていることになります。
居住などの要件を満たせば支給される最低保障年金制度がないのも、先進国では日本ぐらいです(表2)。
国連の社会権規約委員会は昨年、日本政府に対し、無年金・低年金など高齢者の貧困(とりわけ女性の貧困)に懸念を表明。最低保障年金制度を設けるよう求める勧告をおこなっています。
社会保障拡充の一大転機に
森口さんは「年金受給者の怒りを集めた今回のとりくみを、社会保障拡充の一大転機にできれば。年金の受給額が増えて、老後は安心して暮らせるということ になれば、内需も活発になるでしょう。生活が苦しく、将来が不安という若者や現役世代とも連帯しながら、国民のふところをあたためる内需主導の経済政策へ の転換を求め、社会保障をよくする運動を大きくしていきたい」と話してくれました。
文・武田力記者
いつでも元気 2014.7 No.273