元気スペシャル 事故から3年 福島第1原発の内部へ フォトジャーナリスト 山本宗補
1・2号機の中央制御室。事故当時は懐中電灯で手さぐりの状態だった |
レベル7の過酷事故から三年の福島。今なお一三万人の避難民が、故郷に帰還する目途も立っていない。
二月末、メディアに公開された福島第一原発の事故収束作業現場を取材した。報道陣約二〇人を乗せたバスで、大熊町と双葉町をまたぐ広大な原発構内を走っ た。海岸沿いにあった高台を約二〇メートルも掘り下げた低い台地に、一号機から四号機が一列に並んでいた。
もともとの高台は、今や見渡す限りの汚染水タンク群に埋め尽くされていた。中身が放射性物質で高濃度に汚染された水でなければ、まるで石油備蓄基地だ。
道路脇には汚染水を移送する大小の不揃いなパイプが縦横に張り巡らされている。作業員は白い防護服で全身を包み、全面マスクにヘルメット姿。取材陣の私たちも同様のいでたちで臨む。
こうした一種異様な光景は、日本中でも福島第一原発の敷地内だけだろう。だが、外界から隔離されたような同原発の作業員にとってはこれが日常だ。
懐中電灯を頼りに
公開された中央制御室と報道陣 |
公開された施設は、(1)一・二号機の中央制御室、(2)凍土遮水壁実証試験のためのボーリン グ現場、(3)溶接型タンクの建設現場。また、三号機と似た構造だということから、(4)五号機の主蒸気隔離弁室(一階)と、圧力抑制室をおさめるトーラ ス室(地下)も公開された。
(1)は、一・二号機の原子炉を制御する部屋だ。事故直後、電源喪失で真っ暗闇となり、頼りは懐中電灯だった。当時、室内は毎時一ミリシーベルト(一〇 〇〇マイクロシーベルト)を超える極めて高い放射線にさらされていたが、運転員はここで原子炉格納容器から蒸気を放出するベント作業などにあたったとい う。制御盤の水位計脇に原子炉の水位と時間を手書きした痕跡があり、「一六時四〇分マイナス九〇センチ」「一六時五五分マイナス一三〇センチ」などと記さ れていた。
(2)は、問題となっている地下水への放射性物質もれを防ぐための試験場だ。「地下水が原子炉建屋に入りこまないように、一~四号機の建屋全体を地表か ら適切な深さまで凍土壁で取り囲み、建屋内に流入する地下水を遮断」する実証試験をおこなっている。四号機の高台側で、一〇人ほどが作業していた。遮水壁 の案は、全長一・四キロにも及ぶ。計画は絵に描いた餅の印象を受けた。
(3)はフランジ型(ボルト組み立て型)タンクによる汚染水洩れ事故の反省から、溶接型タンクを増設する現場が公開された。高さ一一メートル、直径一二 メートルで、一基一〇〇〇トンを収容するタンク九七基が建造中だった(三月末には汚染水を貯蔵する地上タンクは約一一〇〇基に。高濃度汚染水は一日四〇〇 トン増え続けているという)。
遠い収束、被ばくし続ける労働者
敷地内はどこも異常な高線量
移動中の車内で東電が測定した空間線量は、四号機タービン建屋海側で毎時九七マイクロシーベル ト(以下同単位)。三号機タービン建屋海側で八二五。二号機タービン建屋海側で三二〇。凍土遮水壁実証試験場で三三。当然、車外の線量ははるかに高くな る。メディアに初めて公開された一・二号機の中央制御室は九三。三年経っても、敷地内はどこも作業員に相当な被ばくを強いる環境だとわかる。
防護服に着替える入退域管理棟では、撮影も取材もできないので、大勢の作業員の素顔をしみじみと見た。年齢層は三〇代から五〇代。無精ひげに色白。やせ形で不健康そうな印象が残った。
事故前からの地元出身者もいれば、県外からの初めての建設労働者もいるだろう。しかし暑かろうと寒かろうと、雨や雪が降ろうと、来る日も来る日も被ばく しながら収束作業に彼らが従事している事実は誰も否定できない。コツコツがんばる作業員のおかげで、過酷事故の現場は持ちこたえてきたことを強く実感し た。
汚染水タンクを増設する労働者たち |
改善されぬ問題点
福島第一原発は四月から東電社内で分社化され、原発事故対応に特化した「福島第一廃炉推進カン パニー」となった。現場に権限と責任を集中することで、廃炉、汚染水対策を加速するという。しかし事故後から仮名で現場の状況をツイッターで発信し、九万 人近いフォロワーのいるベテラン作業員ハッピーさん(東電協力企業勤務)が繰り返し指摘してきた問題点は改善されていないようだ。
ハッピーさんは、福島県内では除染に人手をとられるために原発作業員を集めにくいことや、事故から四年目に入り「五年で一〇〇ミリシーベルト」という積 算被ばく線量の限度に近づいたベテラン作業員が、他県の原発再稼働対策にとられることが人手不足の原因だと指摘する。
事実、福島第一原発では汚染水対策での単純なヒューマンエラーが続出。三月二八日には掘削作業現場で、土砂などの下敷きとなった作業員の死亡事故が起き た。電話取材に応じてくれたハッピーさんは、何が問題の本質なのかを指摘した。
「国が東電に金を渡し、東電がのらりくらりとやっているうちは無理。東電がいくらしっかりやると言っても、元請に任せる体制は変わらない。『廃炉カンパ ニー』になって、1F(イチエフ=福島第一原発のこと)を熟知した人が増えるわけでもない。初めての作業員を教育しないまま現場に入れているのは、元請以 下各社の問題。今の体制のままで、1Fに誰が来てくれるのか」
原発作業員の健康管理や身分保障の改善はどうか。
「健康管理は民民契約のままでは受注した企業次第。真面目な下請けもあれば、ひどいところもある。緊急収束作業に参加した人が、将来がんになったとき、 国が医療保障するとか、軍人恩給のように将来の生活保障をしないと人は集まらない。1Fは切り離し、営利目的ではない組織として国家プロジェクトでとりく まないと」
ハッピーさんは「このままいくとメーカーも元請もゼネコンも、1Fの仕事にうま味がなければ受注しないだろう」とも話した。1Fでは毎日三〇〇〇人が働 く。作業員抜きには原発事故収束などままならず、失われた国土の回復は無理だ。
労働者の実態に思いをはせて
取材日前夜、再会した地元出身の若い原発作業員Aさんには、きついおしかりを受けた。
「誰にも注目されずに縁の下の力持ちで三年がんばったんだから、どんな形でもいい、労をねぎらったらどうなのか。『1Fの皆さんありがとうございます』 と、事故現場で働く人のプライドとモチベーションが上がるようなイベントを実施したらどうか。表の世界に物言えば何か解決すると思って取材に協力してきた が、三年間何も変わらなかった」
Aさんは、作業員の待遇や労働環境、健康管理が改善されることを願って、仮名と覆面で国内外のメディアの取材に数多く応じてきた。彼の言葉に、私は毎日 被ばくしながら収束作業に従事している作業員の存在を真剣に心配していなかった自分に気づかされた。
国民の関心は遠のき、東電も国も現場の声を事故収束工程に反映させようとしていない。福島第一原発の現状を注視し、再稼働反対の声を絶やさず、原発労働 者のおかれた待遇や環境の根本的な改善を求める声を全国に広げてゆくことが、私たちに求められている。
いつでも元気 2014.6 No.272