特集1 どうなる!? 介護保険 “要支援者のサービス削減” “特養入所対象の限定”など かつてない大改悪ねらう安倍政権 全日本民医連事務局次長 林 泰則さんに聞く
林さん |
「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」(以下、医療介護総合法案)が国会で審議入り。その一つとして現在、介護保険法の「改正」が審議されています。
今回の見直しの最大の特徴は、「自助・自立」を土台にすえ、全世代にわたる社会保障制度の解体を打ち出した「社会保障と税の一体改革」の枠組みの中で具体化されようとしていることです。
掲げられているキーワードは、「適正化」(範囲の縮小)、「効率化」(費用の削減)、「重点化」(対象の限定)で、さらなる給付削減・負担増をもたらす「四つの切り捨て」が提案されています。
第1の切り捨て 要支援者の訪問介護・通所介護の削減・打ち切り
「改正」案は、要支援者の六割が利用している訪問介護・通所介護を、現在の予防給付から切り離し、市町村が実施する「新しい総合事業」に移行させるというものです(図1)。 この事業はこれまでの介護保険とは異なり、(1)人員や運営に関する細かな基準は設けず、国が定めたガイドラインのもとで各市町村による“柔軟で効率的な 対応”を可能とする、(2)ボランティアなどの非専門職によるサービス提供が可能、(3)事業者に委託する場合の単価は現在の訪問介護・通所介護の報酬以 下に設定、(4)利用料金の下限は要介護者の負担割合を下回らないしくみにする──などとされています。
さらに、予防給付と「新しい総合事業」の総費用の伸び率(自然増で年五~六%)を後期高齢者の伸び率(年三~四%)以下に抑える方針も盛り込まれています。公的負担の削減が前提なのです。
このまま実施されれば、要支援者の訪問介護・通所介護が現在の内容から大きく後退することは避けられません。全日本民医連が実施した影響予測調査では、多 くの介護事例で、サービスの切り下げによって生活上のさまざまな支障や、状態・病状の悪化が生じ、在宅生活を続けることが困難になると指摘されています。
サービス提供者を「ボランティアでもかまわない」というのは、介護専門職を切り捨てるものです。事業所では、要支援者が市町村の「新しい総合事業」に移 されたり、事業を受託しても単価が切り下げられて経営困難を生じる状況も出てくるでしょう。職員の処遇条件の引き下げや失職なども生じかねません。
さらに「新しい総合事業」の内容が市町村の裁量に委ねられているため、市町村の財政力や介護事業所・ボランティアなど社会資源の事情により、サービスに大きな格差が生じることにもなります。
それだけではありません。介護保険の利用を申請してきた高齢者に対して、要介護認定もせずに「新しい総合事業」に直接振り分けるしくみも検討されていま す。入り口のところでできるだけ介護保険を利用しないようにしむける、介護版「水際作戦」とも言うべき内容です。
第2の切り捨て 特養の入所対象を原則要介護3以上に限定
当初は、特別養護老人ホーム(以下、特養)の新規入所を「要介護3以上に限定する」という案が 示されていました。特養に入所を希望しながら入所できず「待機者」となっている五二万人のうち、要介護4・5の在宅待機者(約八万七〇〇〇人)の入所を優 先させたいというのが政府の説明です(表1)。
しかし、現在特養に入所している要介護1・2の入所理由の六割が「介護者不在、介護困難、住居問題等」、二割が「認知症の周辺症状などによる判断力の低 下・喪失」という実態が明らかにされるなか、社会保障審議会で反対意見があいついで、厚労省は「やむを得ない事情がある場合は要介護1・2でも入所を認め る」という修正案を示しました。
この「やむを得ない事情」については、「認知症高齢者であり、常時の適切な見守り・介護が必要」などが例示されており、市町村の関与のもと、特養ごとに設置されている入所検討委員会で個々に判断するとしています。
しかし、この修正案で重度の在宅待機者や、「やむを得ない事情」を抱える要介護1・2の入所が保障されたわけではありません。
第一に、重度の待機者ですら入所を申し込んでから一年待ち、二年待ちが常態化している現実があります。仮に「やむを得ない事情」があると認められてもす ぐに入所できる保障はありません。そもそも特養そのものが絶対的に不足しているのですから、特養を増やさない限り根本的な解決になりません。
第二に、「やむを得ない事情」の解釈いかんによっては、入所が実現するどころか、待機者リストそのものから除外されてしまう危険性があります。待機者を減らしていく事実上の「待機者斬り」の事態が生じかねません。
こんな「改正」が実施されれば、独居、家族の介護力、認知症、低所得などさまざまな事情を抱える「軽度」在宅困難者の「行き場所」「終の棲家」の問題は、現在にも増してさらに深刻化するでしょう。
第3の切り捨て 一定以上の所得がある利用者の、定率1割負担の切り崩し
「改正」案では、「一定以上の所得」(合計所得一六〇万円、年金収入で二八〇万円以上)の利用者を対象に、利用料を一割から二割に引き上げる内容が示されています。保険加入者の二〇%(実際にサービスを利用する人の一〇%)が対象になると説明されています。
ここで言う「一定以上の所得」は、利用料が二倍になっても負担することが可能かどうかという観点から検討されたものではありません。あくまでも「高齢者 世帯内で相対的に高い所得層」という線引きで、“被保険者の二〇%にあたる人の利用料を引き上げよう”と設定したところ、該当する金額が二八〇万円だった ということです。
表2は、民医連事業所の利用者の事例です。「改正」によって、現在の約二万七○○○円から四万五○○○円へと一万八○○○円近い負担増になります。この 「改正」によって、二八〇万円を若干上回る程度の所得層で、利用を減らしたりとりやめる事態がいっそう広がるおそれがあります。
また、「一定以上の所得」の金額は省令で定めるとされていることも問題です。法「改正」以降は、国会の審議を経ずに厚労大臣の判断で対象を拡大できま す。さらに、「社会保障と税の一体改革」では、介護保険の利用料も医療の窓口負担のように、年齢や所得に応じて「一割」「二割」「三割」負担に切り替えて いく方向が示されています。定率一割負担のタガを外すことは、際限ない利用料の引き上げにつながっていくでしょう。
第4の切り捨て 「補足給付の見直し」で資産まで要件に
補足給付とは、低所得の施設入所者を対象とした居住費・食費(ホテルコスト)の負担軽減制度です。施設入所者全体の約六割、特養では約八割の入所者が補足給付を受けています。
現在は、本人および世帯が市町村民税非課税であれば支給対象となりますが、「改正」案では、所得要件の見直しと、資産要件の追加を提案しています。
所得要件の見直しでは、対象となる所得に遺族年金、障害年金を加えるとともに、世帯分離していても配偶者が課税されていれば対象外となる要件が加わります。
さらに資産要件を新たに追加し、「単身で一〇〇〇万円、夫婦で二〇〇〇万円」を超える預貯金があれば対象外とされます。この預貯金額は自己申告とされ、 市町村は金融機関に照会できるとともに、いわゆる“タンス預金”も含めて申告させるとしています。仮に不正の申告をした場合はペナルティー(最大二倍の加 算金を加えた“三倍返し”)を課すとされており、驚かされます。
この資産要件については、最初の提案では不動産(土地)も対象に挙げられており、一定価格の不動産を所有していれば補足給付の対象外とし、その場合はそ の不動産を担保に補足給付相当額を貸与して施設に入所させ、死後その不動産を売却して貸与額を回収するという案が示されていました。しかし、市町村が不動 産を評価するしくみが未整備のため、今回の「改正」では実施が見送られたという経過がありました。
補足給付の要件の見直しは、低所得者を施設入所から閉め出す改悪です。そもそも保険料を支払うことで給付されるはずの社会保険制度に、資産要件を導入すること自体、不当です。
誰もが安心できる介護保険に
改悪中止を求める声を広げよう
以上、従来にない大改悪がおこなわれようとしていることがおわかりいただけたと思います。これ までの改悪も許し難いものの連続でしたが、少なくとも介護保険制度の給付の枠内にとどまるものでした。今回は、要支援者のサービスの一部を予防給付から切 り離す、制度開始以来の定率一割負担の原則を崩すなど、給付体系全体を大幅に改編するものです。
なお、改悪はこれだけにとどまりません。政府は今後の見直しのテーマとして、「被保険者の範囲の拡大」(現在四〇歳以上となっている保険料支払い年齢の 引き下げ)、「ケアマネジメントの利用者負担の導入」(ケアプラン月一〇〇〇円、予防プラン月五〇〇円を徴収)などを打ち出しています。財務省では、“要 介護1・2も介護保険制度の給付から切り離せ”と繰り返し主張しています。「介護の社会化」の理念を投げ捨て、「介護の自己責任化」を本格的に推進するも のであり、今後の際限のない制度改悪に道をひらくものと言えるでしょう。
この「改正」には各地から怒りの声が上がっています。特に「予防給付の見直し」に対しては、中央社保協が昨年実施した自治体アンケート(回答五一五) で、三割超が“予防給付を市町村事業に移し替えることは不可能”と回答しています。見直しの撤回、予防給付の継続を求める意見書の採択を自治体に求める運 動も広がっています。
「医療介護総合法案」は、性質の異なる医療改悪と抱き合わせることで問題点をわかりにくくし、改悪目白押しの介護保険「改正」に対する批判を封じて一気 に成立させることをねらったものです。断じて許すことはできません。
相次ぐ制度改悪のなかで、「保険あって介護なし」という深刻な事態が拡大しています。今回の改悪を阻止すると同時に、介護保険制度そのものの抜本的な改 善を重ねて求めていく必要があります。全日本民医連では昨年一二月、「人権としての医療・介護保障実現のための提言」をとりまとめました。提言を携えて介 護・社会保障の充実を求める幅広い人たちとの対話、共同を広げていく方針です。
いつでも元気 2014.6 No.272