特集1 どうなる?社会保障 「社会保障と税の一体改革」で国民生活は
昨年八月に自民・公明・民主の合意で成立した「社会保障制度改革推進法」にもとづいた医療・介護・年金・生保などの「改革」内容を具体化する法案が、国会に提出されようとしています。
安倍政権は、どのような「改革」をねらっているのか──全日本民医連・相野谷安孝理事に聞きました。 (編集部)
「財政再建」を口実にして消費税増税
相野谷理事(写真=編集部) |
一昨年来、「社会保障と税の一体改革」というこが叫ばれていますね。これは「社会保障のあり方」と「税のあり方」はまったく別の問題なのに、それを無理やり結びつけ、「一体のものとして改革していく」という政府のスローガンです。
最大の目的は消費税の増税です。いま日本には、九九一兆円もの国の借金があります。ところが大企業からは国際競争に勝つために税(法人税など)をまけろ と迫られています。アベノミクスで「国土強靭化」などと称して公共事業にもお金を使う方向もやめていません。
そうなると税収を増やすためには、広く庶民から徴収できる消費税を引き上げるしかない。しかし消費税増税への国民の反発は大きい。そこで社会保障はいつ も増税の口実にされてきました。「一体」には、こうしたごまかしがあります。
安倍首相は、「日本を企業が一番活躍しやすい国にする」(企業天国、労働者地獄)などと宣言。参議院選挙勝利を目的に、見た目の景気回復をはかり、「ア ベノミクス」などとする経済政策を進めてきました。日銀による株価の引き上げや一〇兆円もの新たな公共投資がおこなわれ、国の借金はさらに増加しました。
この結果、増税の「口実」にされた社会保障をさらに削れという大合唱が起こっているのが今日の状況です。
政府の財政制度等審議会(財務省の諮問機関)では「支出を切りつめろ。一番の問題は社会保障に対する公費負担だ」という議論がされ、会長を務める吉川洋 氏(東大教授)は「支出削減の本家本丸は社会保障だ」と言い切っています。
社会保障制度改革推進法にもとづいて設置された政府の社会保障制度改革国民会議の議論でも、「長期的なビジョンを持って、給付を抑制していくことが重 要」「負担の引き上げ、給付の削減を議論すべき」という意見が出されており(表)、「消費税を上げるのだから、よりいっそう、社会保障は抑制しなくてはいけない」など本末転倒の意見もでています。「消費税増税は社会保障のため」という自・公・民の「口実」も吹っ飛びました。
マスコミも社会保障抑制あおる
大手マスコミの態度も大問題です。五大紙(読売・朝日・毎日・日経・産経)がそろってこの論調 にはっぱをかけ、「税金を増やすだけでなく、支出を減らさなくては」「高齢層にも『痛み』を説け」「(七〇~七四歳の窓口負担)二割への引き上げは当然 だ」「社会保障費は二九兆円を上回り、地方交付税を除く政策経費の五四%を占める」「(消費税一〇%化で)年一三兆五千億円の大型増税にもかかわらず、財 政再建には力不足だ」などと論じています。
七月一六日の朝日新聞は、「選挙で我慢を説く勇気」との社説を掲げ、「余裕のある高齢者にも我慢を求めない限り、制度が維持できない」などと主張してい ますが、病院窓口の二割負担(七〇~七四歳)は「余裕」に関係なく押し付けられることになるのです。
表
社会保障制度改革国民会議における主な議論
【持続可能な社会保障制度の構築】
■急速な少子高齢化の下で、制度を持続可能にするためには、長期的なビジョンを持って、給付を抑制していくことが重要ではないか
【給付と負担の見直し】
■将来世代にツケを残さず、制度が持続可能となるよう、負担の引上げ、給付の削減を議論すべき
【低所得者の取扱い】
■所得ではなく、資産にも着目して負担能力を認定すべき
【経済・雇用との関係】
■社会保障制度を支える力を強化する視点や支える範囲を拡大していく視点が重要。若者や女性、高齢者の就労促進も雇用問題という視点だけではなく、医療分 野では、予防医療による高齢者の就労力の維持・向上につながるという観点もある。介護も、女性の就労促進という観点で極めて重要。年金も、支給開始年令の 引上げやパートの適用拡大など、就労に対して中立的にしていく観点も大切
出典:これまでの社会保障制度改革国民会議における主な議論(第1回~第16回:総論部分)より抜粋
ねらいは、医療・介護・年金
2013年4月、東京でおこなわれた、消費税大増税の中止を求める国民集会(写真=編集部) |
参議院選挙により衆・参で自公が多数を占めた結果、社会保障制度の改革論議が加速しています。
社会保障制度改革国民会議は八月五日に最終報告書をまとめました。この「報告書」を土台にして、社会保障審議会の各部会(医療保険部会・介護保険部会・ 年金部会・少子化対策特別部会など)が具体的な制度改革にむけた検討をおこない、年内に結論を出すと言われています。ここでは次のような改悪の方向が示さ れています。
まず、社会保障のあり方は「徹底した給付の重点化・効率化が必要」としています。推進法では、社会保障の給付を「受益」とし、まず自分で何とかしろとい う「自立・自助」を原則としました。これは国の責任を放棄した社会保障の解体宣言です。つまり、医療の治療や介護などのサービスを受けるのは「個人の利益 だ」とした上で、その「利益」を重点化・効率化するというのです。言いかえれば、「自分でまかなう(自己責任)」を原則に、徹底した給付の抑制、削減、限 定化をおこなうということです。
特に今回、ねらわれているのは医療・介護・年金です。
下がり続ける年金(前年度比) |
医療
大問題は、保険証一枚で患者が自由に医療機関を選べる「フリーアクセス」を見直そうとしている ことです。「いつでも、どこでも、だれもが受診できる」というのが、世界に誇れる日本の医療保障でした。これを否定し、「必要な時に、必要な医療にアクセ スできる」ということばで、受診を制限しようとしています。具体策として、紹介状のない大病院の受診者に定額の負担(一万円という案や、初診時だけでなく 再診でも負担)を導入することを盛り込みました。また、医師に医療費を抑えるゲートキーパーの役割も押しつけようとしています。
七〇歳~七四歳の窓口負担を二倍(一→二割)にすることや、国保の運営責任を都道府県に押しつける他、「病院の機能再編や介護との連携を促す」などとして、入院を制限し在宅への追い出しを加速しようとしています。
また、アベノミクスやTPP参加のなかで混合診療の解禁が追求されています。
介護
約一五〇万人と言われる「要支援」を介護保険からはずす、ケアプランの料金をあらたに徴収する (月五〇〇~一〇〇〇円)、介護保険の施設に入所できる人は要介護3以上の重い人だけに重点化する、高所得者の利用料負担も一割から引き上げることなどが 考えられています。
年金
毎年、今受けている年金支給額を減らし続ける方向や、支給開始年令を現在の六五歳からさらに引き上げること(六八歳~七〇歳)などが検討されています。
世論と食い違う現政権
七月の参院選では、自民党は連立相手の公明党とあわせて議席の過半数を獲得しました。しかし国民は、自公政権に何もかも任せたわけではありません。
福島第一原発事故以降、「原発ゼロの社会を」という世論は日に日に大きく広がっています。自民党は再稼働に向けて動きだしていますが、その動きは世論と 食い違っています。参議院選挙直後に福島第一原発で放射能汚染水が海に漏れていたという事実も明らかになり、新たな怒りが広がっています。
TPP(環太平洋連携協定)参加交渉については、四四道府県が議会で、「参加反対」もしくは「慎重に検討すべき」という決議をあげており、これも大きな 世論です。にもかかわらず現政権が参加を進めようとすれば、足元をすくわれることになるでしょう。
普天間基地の「移設」も、現政権は沖縄県民の総意となっている「県外移設」を無惨に踏みにじりましたが、ここでも県民との矛盾が深まっている。
改憲についても、「改憲反対」が世論です。改憲したあかつきには、従軍拒否に「死刑」などの最高刑を科すとの考えを示した自民党・石破幹事長の発言にも、不安や怒りが広がっています。
消費税増税にも「景気を悪化させる」などの懸念が広がっています。
「一体改革」と消費税増税にストップを
「一体改革」前にも改悪の連続
大企業の内部留保をはき出して、活用を(「一体改革」を批判する民医連のビラより) |
このように、社会保障改悪はもちろん、消費税増税、原発再稼働、TPP、普天間基地の「移設」 や改憲など、具体的な課題で自民党が突っ走ろうとすればするほど、それに歯止めをかける世論が大きくならざるをえない状況が、すでにうまれています。七月 二五日には「TPP即時撤退」を求める"オール北海道"の総決起集会が七〇〇〇人の参加で成功しています。
八月からは、生活保護受給者の「生活扶助」の基準額の切り下げが始まりました。現状の受給額でも食事の回数を減らしたり、衣服を買わなかったりという切 りつめた生活を強いられている受給者たちは、「切り下げは生存権を保障する憲法二五条に違反している」として、いっせい審査請求をおこそうと計画していま す。
生活保護の基準額切り下げは、生活保護基準をもとに適用基準を定めている低所得者向けの減免制度(住民税、介護保険料、保育料、就学援助)にも影響しま す。これまで非課税世帯だったところが課税対象になる、介護保険料や保育料の減免を受けていた世帯が、減免を受けられなくなる、などの事態がうまれます。
年金も、この一〇月から一カ月あたり約二〇〇〇円切り下げられます(厚生年金の受給者)。振り込み額が減額されるのは、一二月一五日振り込み分からで す。「これほどまでに削減するのか」という国民の怨嗟の声があふれるでしょう。
社会保障充実の社会を
一九九七年、橋本内閣は「社会保障を充実させる」ことを目的に、消費税を三%から五%に引き上げました。同時に健保本人の医療費窓口負担を一割から二割に上げるなどの改悪をおこない、国民は消費税で五兆円、社会保障で四兆円、合計九兆円の負担増を強いられました。
消費税の増税による景気悪化などで自殺者も急増し、翌年九八年から日本の年間自殺者はそれまでの一・五倍に増え、三万人を超え、これが二〇一一年まで一四年間も続きました。
二〇〇一年からの構造改革で、国民はさらに苦しめられました。二〇〇〇年の民間給与総額は約二一六兆円でしたが、二〇一〇年には一九四兆円に落ち込んで います。これは、一世帯あたり年間一〇〇万円も下がった計算です。
このような状況のもとで消費税を増税し、社会保障の抑制や負担増をすすめれば、国民生活も日本経済も壊されます。「すべて国民は、健康で文化的な最低限 度の生活を営む権利を有する」という憲法二五条を政治に生かす運動とさまざまな怒りを共有し共同する「架け橋」の運動を広げ、なんとしても「一体改革」と 消費税増税にストップをかけましょう。
いつでも元気 2013.9 No.263