特集1 TPP、社会保障改悪、労働ビッグバン… 国民生活への総攻撃を許すな
“再登板”の安倍首相とともに、再び暴走をはじめた自公政権。公約違反のTPP(環太平洋連携協定)参加に加え、労働法制の規制緩和や社会保障の大改悪、消費税増税など、国民生活破壊への道をひた走っています。
安倍首相が目指すのは「世界で一番企業が活躍しやすい国」(施政方針演説)。だまって見ているわけにはいきません。まずは、政府の暴走に怒っているお二人のインタビューから。
米国の“経済植民地化”
長沼さん |
まず訪ねたのは、山形県農業協同組合中央会(JA山形中央会)の常務理事・長沼良治さんです。
昨年八月、TPPのモデルと言われる韓米FTA(自由貿易協定)の影響を知るため、県選出の国会議員らと韓国を視察しました。
視察を振り返り、「TPPは農業だけでなく、医療や雇用など国民生活のあらゆる分野に深刻な影響が及ぶ問題だと、あらためて感じた」と長沼さんは語ります。
訪問先のひとつ、「韓米FTA阻止汎国民運動本部」からは、とりわけ「毒素条項」について注意を促されました。たとえばISDは、「ある国に投資した他 国の企業が、その国の制度や政策で“不利益”を受けた場合に提訴できる」という条項。提訴に基づいて裁くのは、米国が支配的な力を持っている世界銀行の下 部組織「国際投資紛争仲裁センター」です。同機関は「投資家が損害を被ったかどうか」を判断するだけで、“実際には米国企業に有利な判決しか出さない”と 言われています。
同運動本部の代表は「究極のねらいは、その国の社会や法制度をすべて米国式に変える“経済植民地化”だ」と警告しました。「国民皆保険制度が“自由な企 業活動”の邪魔になっていると思えば、米国の民間保険会社が日本政府を訴えて制度の改廃を求める」などということも起こりえます。
この訪問では、韓米FTAと日米間のTPP交渉における類似性も明らかに。米国は韓国とのFTA交渉に入る前に、「乗用車の排気ガス基準緩和」「薬価再 評価制度改定の中断」などを“先決条件”として求め、受け入れさせました。TPP交渉に入る前に、「BSE対策としての米国産牛肉の輸入規制緩和」「米国 車の簡易輸入手続き台数の大幅増」などを“入場料”として支払わされた日本と同じ構図です。
TPPはこんなに危険!◎食の安全が脅かされる ◎国民皆保険制度崩壊のおそれ ◎地域経済を支える土木・建設業にも重大な影響 ◎いったん緩和した規制は元に戻せない (「『TPP断固反対』山形県連絡会議」発行のチラシなどを参考に編集部が作成) |
STOPかけるのは「今でしょ!」
「TPPには断固反対」
社会保障削減の新たな突破口にされている生活保護削減に反対(5月31日=赤旗提供、首相官邸前) |
別の訪問先では、「韓米FTAによって、九九%近い農産物の関税が撤廃された。将来を悲観した 畜産農家や果物農家が、廃業しはじめている」(全国女性農民会総連合)という実態や、「食生活で重視されている『身土不二』(地元で作られた食べ物が身体 に一番良いという教え)が脅かされる」(iCOOP生活協同組合)などの危機感が語られました。
日本政府の試算(生産額)でも、TPP参加によって日本国内の小麦は現在の一%しか残らず、砂糖やでんぷん原料作物にいたってはすべて壊滅します。米は 六八%、牛乳乳製品は五五%に減少し、食料自給率は三九%から二七%へ低下します。洪水や土砂災害を防ぐなどの「農業の多面的機能」も、一・六兆円の損害 を受けます。
「私はこのチラシ(『TPP断固反対』山形県連絡会議作成)にすべての思いを書き込んだ」と長沼さん。そのチラシには、次のように記されていました。
「私たちは、先人から引き継いだ、美しい景観と清浄な環境、誇るべき伝統文化、心豊かな地域社会を守り、次代に引き継いでいく責任があります。日本の環境、文化、食と暮らしを守るため、TPPには断固反対します」
まっとうな希望が生きる政治へ
偽装請負を告発
次に訪ねたのは、パナソニック若狭工場(福井県敦賀市)で不当解雇され、これに抗議して裁判をたたかっている河本猛さんです。
河本さんは、二〇〇五年二月から同工場で派遣社員として働きはじめました。電子部品の製造ラインに従事し、月平均一〇〇時間ほどの時間外労働をこなす激 務でしたが、世界に名だたる企業で働いていることに誇りを持っていました。
ところが、二〇〇八年秋の「リーマン・ショック」を受けて、突然パナソニックは派遣社員の契約打ち切りを通告。本来雇用側は、「三年を超えた派遣労働者 に対して直接雇用の申し込みをしなければならない」ことになっています。それにもかかわらず、なぜ直接雇用されないのか。驚いた河本さんが労働組合や労働 局に相談しながら調べるうちに、会社の偽装請負が発覚しました。パナソニックは派遣労働者を自社工場で働かせていたにもかかわらず、業務を発注していると いう請負契約の見かけをとっていたのです。偽装請負が社会問題化した直後に、パナソニックは労働者に秘密にしたまま派遣契約に修正していました。
「偽装請負の期間も含めれば三年以上になる」と河本さんは指摘。これを受けて、河本さんら八〇人の労働者の“派遣切り”はとりやめになりました。パナソ ニックは対象者八〇人に対し、(1)直接雇用のアルバイト(時給八一〇円)、(2)請負会社への移籍(時給一二〇〇円を維持)などを選択肢として提示しま した。
河本さんは直接雇用を選ぶことを口頭で伝え、「条件が低すぎる。正社員化を」と団体交渉を申し込みました。ところが、パナソニックは「直接雇用関係にな い」などと詭弁を弄して団体交渉を拒否し、河本さんの雇用そのものを打ち切りました。
「偽装請負を告発し、団体交渉を申し込んだ報復として、恣意的に職場から排除するなんて許せない」と、河本さんは憤ります。
ねらわれている“総攻撃メニュー”【医療】70~74歳の窓口負担を2割に/高度医療を混合診療にするためのルール整備/解熱鎮痛剤・湿布薬・うがい薬など市販薬類似の医薬品の保険外し/平均在院日数の短縮を「規制的手法」で推進/国保の広域化による国保料値上げ/協会けんぽ・国保組合の国庫補助削減 【介護】ケアプラン作成の有料化/軽度(要支援1・2)の人の利用料を2割以上に/要介護3未満のサービスをすべて保険外に/特養ホームの相部屋の室料を値上げ/特養ホームの入所を制限 【年金】支給額を3年間で2.5%削減(決定済み)/「マクロ経済スライド」の拡大による恒久的な給付削減/支給開始年齢の68~70歳への先延ばし 【労働】解雇の自由化(金銭解決)/サービス残業の合法化 【生活保護】保護申請者の親族に対する扶養照会の強化/行政が「就労可能」とする人への低賃金就労の強要/受給者の支出状況や健康状態に対する福祉事務所の調査を強化/医療費の窓口負担導入/後発医薬品使用の原則化 |
背景に米国と財界の圧力
誰が何と言おうとTPP断固阻止!(5月25日、芝公園にて) |
公約違反を繰り返す政党や政治家たち。派遣切りが社会問題化したあとも無法がまかり通る労働の現場。国民のねがいがまっすぐに実現しない背景には、日本の政治に対する米国や財界の圧力があります。
TPP参加の“入場料”として、日本が米国に約束した「かんぽ生命保険の新商品展開の凍結」は、日本国内で圧倒的なシェアを占める米国系保険会社の意向 をくんだものです。安倍首相は「国益を守るために“強い交渉力”をもって日本の立場を主張する」などと言いながら、“入場料”の段階から米国の要求を丸飲 みしたのです。
国際NGOの一員として、TPP交渉の現場に足を運んだアジア太平洋資料センターの内田聖子事務局長は、「日本政府が説明していることと交渉の実態と は、あまりにかけ離れている」と、政府の“二枚舌”を批判しています(「TPP参加をとめる! 五・二五大集会」にて)。
「解雇の自由化」って?
さらに日本の財界は、露骨に政治に口を出せるようになっています。
首相の諮問機関のひとつ、産業競争力会議には、長谷川閑史・経済同友会代表幹事ら大企業経営者が名を連ねています。「TPP参加」のほかにも、「労働者の解雇自由化」「原発の再稼働」などを“提言”しています。
前出の河本さんは、今の安倍政権のもとで企まれている解雇の自由化について、「『会社にたてつく労働者はいらない』となるに決まっています。労働者はま すますモノが言えなくなって、不自由で不安定な状態に押し込められていく。今ある法律ですら守らない企業に、さらに横暴勝手なふるまいを許すなんて、とん でもありません」と警告します。
国民の底力を見せるとき
財務大臣の諮問機関「財政制度等審議会」では、さらに驚くべき社会保障改悪が提案されています(「平成二五年度予算編成に向けた考え方」)。
医療では「高度医療を混合診療にするためのルール整備」「解熱鎮痛剤・湿布薬・うがい薬など市販薬類似医薬品の保険外し」、介護では「利用料負担の引き 上げ」「要介護3未満のサービスをすべて保険外負担とする」などの改悪が露骨に示されています。
TPP参加も見越しながら、公的医療保険や介護保険で受けられる範囲を縮小することで、米国だけでなく日本の民間保険会社もいっしょになって利益をあげ ようとする思惑が透けて見えるようです。「いのちも老後も金次第」という社会にいっそう突き進んでいます。
「経済成長」「財政健全化」の名のもとに安倍政権が計画しているのは、いのちや健康を守るルールを破壊し、国民生活すべてを市場にさし出す総攻撃です。これに反対する世論と運動を大きくすることが求められています。
七月の参院選は、直接国民の意思を示す大きなチャンスです。全日本民医連は、国民多数のまっとうな希望が生きる政治のため、「国民や私たちの要求実現を 目指す勢力の前進にむけ、もっと声をあげよう」(藤末衛会長アピール)と呼びかけています。
国民の底力を見せるときです。
文・武田力記者
写真・酒井 猛
いつでも元気 2013.7 No.261