特集1 胃ろう 体への負担が少ない栄養補給の手段
最近、テレビや新聞などで「胃ろう」という言葉を聞く機会が増えました。
胃ろうとは「お腹にできたもう一つのお口」です。そう言われてもピンとこない方が大部分でしょう。今回は胃ろうとは何か、どのように使うものなのかについて、ご紹介したいと思います。
胃ろうとは
高橋美香子 山形・鶴岡協立病院 (消化器内科) |
胃ろうは漢字で「胃瘻」と書きます。「瘻」とは「孔(あな)」のことです。つまり「胃ろう」とは、おなかの外側と胃のなかをつなぐ孔のことです。
胃ろうを造るには、局所麻酔をして手術します。時間はおおよそ15分程度です。
上部消化管内視鏡(胃カメラ)を用いておこなうこの手術のことを「PEG(ペグ)」と言います。
何のためにそんな手術をするのでしょうか?それは、この胃ろうを通して液体を出し入れし、患者さんの治療に役立てるためです。
胃ろうには、大きく分けて「出すための胃ろう」と「入れるための胃ろう」があります。胃ろうの孔に入れて液体を出し入れする管は「カテーテル」と呼ばれます(図1)。
「出すための胃ろう」はがんなどで腸や胃の出口がふさがり、腸閉塞や胃拡張の状態になった方に対しておこないます。胃や腸にたまった内容物を体外に排泄 して、口からの食物摂取を可能にする「減圧胃ろう」とよばれます。進行したがんの方の苦痛の症状をとるのに有効です。
「入れるための胃ろう」はさまざまな原因で口から十分な栄養摂取ができない場合に、栄養をこの胃ろうから補うことで体力と生命を維持するためのもので す。「栄養胃ろう」ともいわれ、栄養治療の一環として実施されます。
単に胃ろうと言うと、この「栄養胃ろう」をイメージする人も多いようですが、胃ろうからは栄養だけではなく、薬や水分も入れることができます。
栄養治療の必要性とその方法
図1 胃ろうとカテーテルの構造 |
栄養治療は、なぜ必要なのでしょうか。栄養が十分に摂れない状態では、それ以外の治療の効果も十分にあがらなくなってしまうからです。
口からの食事で必要な栄養量を摂れない場合、そのままにしておくと栄養失調で衰弱してしまい、最悪の場合には生命の危機に至ります。あるいは病気の治療 やリハビリのために、より多くのエネルギーが必要になる場合もあります。栄養失調による衰弱を防止し、治療を効果的におこない、より元気になってゆくため に、「口からの栄養では不十分だ」と考えられる場合には、不足分を補う必要があるのです。
口から十分な食事が摂れない場合の栄養補給の手段には、「胃ろうや鼻から管を使うルート」と「血管を使うルート(点滴)」の2つがあります。
患者さんが「胃ろうはいやなので、点滴で栄養補給をしてほしい」と希望される場合があります。しかし、長期的に栄養補給が必要な方に対しては、胃ろうの 方が体への負担が少なく、安楽で安全、かつ手軽な栄養補給の手段であると世界的に認められています(図2・表1)。
どのような場合に造るのか
胃ろうを造るのは、(1)十分な食事摂取ができない状態が1カ月以上継続すると考えられる場合、(2)なおかつ、栄養を適切に補給することで数カ月以上の生存が期待される場合、(3)患者さん(またはご家族)の希望があった場合です。
具体的には、(1)脳卒中や脳・神経の組織が壊れてしまう病気などによって、飲み込む能力に障害が出てしまった場合、(2)認知症や進行がんなどによっ て食欲がなくなった場合、(3)食べると肺炎を繰り返す場合、などが適応になります。患者さんの状態によっては食事や栄養のためではなく「飲みにくい薬を 安定して飲むため」「たくさんの水分を摂るため」といった目的で胃ろうを利用する場合もあります。
日本における1000件規模の調査によって、胃ろうは障がいが軽度なうちに造った方が、食事摂取の回復や日常生活能力の回復に有効であることが分かって きました。寝たきりになり、ほとんど食べられなくなって衰弱してから造るよりも、食事が十分摂取できなくなって体重が減りはじめた時期での導入が効果的だ ということです。
メリットとデメリット
栄養胃ろうのメリットは、安定的に栄養が摂取できることです。衰弱してゆく危機を回避でき、栄養状態の改善とともに体力の回復が得られ、結果的に長生きできるようになります。
日本におけるPEGの手術後の平均生存期間は、約3年と言われています。もちろん個人差はありますが、海外の報告と比較すると、日本では胃ろうの方がき め細かくフォローされ、元気になったり長く生きられたりできるという傾向があるようです。
胃ろうは、寝たきりや食べられないといった暗いイメージでとらえられている方もいらっしゃるでしょう。しかし実際には、胃ろうをつけることによって寝た きりになることはなく、胃ろうと口からの食事を併用することで食べ続ける体力を維持し、結果的に口からの食事摂取を長く続けられている方も多くいます。胃 ろうから栄養を摂りながら、身体や飲み込みのリハビリをおこなっている方もいます。元気になり口から全ての栄養が摂れるまでに回復し、胃ろうが必要なくな る方は6%ほどと言われます。胃ろうを使いながらスポーツや仕事をおこなっている方もいます。
「減圧胃ろう」の場合のメリットは、なんと言っても進行がんの患者さんが嘔吐による苦痛から解放され、残された人生の中で再び食べる喜びを取り戻せることです。
では、胃ろうのデメリットは何でしょうか? PEGは15分程度の簡単な手術ですが、細菌感染などによる合併症が発生する確率は0%ではありません。特 に体力の低下した方に実施される場合が多いので、重篤になりやすい傾向があります。元気になるためにPEGの手術を受けるのに、合併症を発症してしまうの は不幸なことです。もちろん医療者側は合併症を防ぐためにさまざまな工夫をおこなっています。
また、PEGの手術を受けても、それだけで元気になれるわけではありません。そこから、十分な栄養を摂取して、時間をかけて元気になってゆくのです。長 く使い続けていく過程で、胃ろう周辺の皮膚がただれたり、栄養剤が漏れたり、カテーテルが詰まるなどのトラブルが発生することもあります。認知症の患者さ んの場合は、ご本人がカテーテルを抜いてしまうこともあります。胃ろうが原因で下痢や便秘、肺炎などを起こすことも少なくありません。
患者さんとご家族を中心に、みんなで協力連携してこのようなトラブルを乗り越えてゆくことが大切です。
倫理的な問題について
図2 どういう状態のときに造るの? |
近年、マスコミをはじめとして、人工的な栄養補給に対して、「人間の尊厳」の立場から見た疑問 や批判があります。なかにはバッシングとしか言えないようなものもあり、胃ろうの患者さんを「エイリアン」と称した政治家もいました。こういった、心ない 表現で多くの患者さんやそのご家族が傷ついています。
「口から食べられなくなったら寿命だ」という考え方をする方はいるでしょう。その方の自由意思で、胃ろうなどの人工的な栄養補給を選択せず、自然に大往生することを選択される方もいます。
しかし一方で、胃ろうをはじめとした人工的な栄養補給を適切におこない、きめ細かいケアやリハビリを継続することで、寝たきりで植物状態と思われていた 方が元気を取り戻し、口から食べられるようになったり車いすで動けるようになったりする場合もあります。また、たとえ寝たきりのままで施設に入所すること になっても、体力がついて安定した状態になり、心のこもったケアをうけ、家族や周囲の方々との豊かな時間を取り戻す方も多くいます。
胃ろうがほかの手術や治療と大きく異なるところは、PEGの手術が必要になった時期に、ご自身の意思で手術を受けるかどうか決めることができない場合が よくある点です。その場合には、ご家族が本人の意思を推定して選択することになります。そのため、人工栄養を選んでも拒否しても「これでよかったのだろう か」という思いが、ご家族の中に残るのではないでしょうか。
■このような症状があるときは胃ろうを造れないことも
□内視鏡が通過しない方(食道の腫瘍など) |
「生きててよかった」と思える人生を
胃ろうは、車いす・補聴器・眼鏡・入れ歯などと同じ、「失った機能を補う手伝いをするための道 具」にすぎません。車いすや補聴器・眼鏡を利用している人たちは「こんな状態で生きていたくない」と思っているでしょうか。むしろ「この道具のおかげで生 活が豊かになった。活動範囲が広がった」と感じているのではないでしょうか。
胃ろうを道具と割り切って上手に使えば、とても役に立ちます。胃ろうでその方の尊厳がなくなったと考えるのは間違いだと思います。逆に、胃ろうを造ったからといって栄養摂取以外の問題が解決するわけでもありません。
その方の人生が有意義なものになるかどうかは胃ろうを造ったかどうかではなく、「どのように生きたか」です。「胃ろうをつけた後、幸せと感じられるかど うか」──それは胃ろうそのものではなく、周囲の方との関わりの中で、ご本人とご家族がどのように過ごされてゆくかにかかっていると言えます。
胃ろうはこれからの人生を元気に過ごすための、ほんのわずかのお手伝いです。周囲の方々との温かい関わりの中で、胃ろうの方も胃ろうにしなかった方も、 「生きててよかった」と思える、そんな人生を送れたらいいですね。
イラスト・井上ひいろ
いつでも元気 2013.5 No.259
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