元気スペシャル 民医連へようこそ! 先輩職員 共同組織からのメッセージ
四月は新しい船出の季節。民医連に入職したみなさんへ、先輩職員と共同組織の方から心の込もったメッセージをいただきました。
まずは有馬泰治医師(福岡・千鳥橋病院)のインタビューからどうぞ。
──民医連に就職したきっかけは?
有馬泰治 福岡・千鳥橋病院 医師 |
医学部に入学した一九九六年の四月、薬害エイズ訴訟を支援する医療関係者の集まりに参加したのが、民医連との出会いです。原告の母親・川田悦子さんの話 を聞いて、社会というのはさまざまな人の運動によって変わっていくものなのだと感じました。
その後、長崎県五島でじん肺患者さんの掘り起こし検診をしたり、沖縄の戦跡へのフィールドワークをしたりするなかで、患者さんと医療のつながり、社会や平和の問題に関心を深めていきました。
病気の背景にある環境や社会の問題をとらえ、患者さんの権利擁護や矛盾の根本的解決のために先進的にとりくんでいるのが民医連でした。「魚が水を選ぶ」 ように、自分を活かせる場として民医連を選んだような気がします。
──民医連の魅力とは?
何と言っても、患者さんやそのご家族、医療スタッフ同士の連携にあると思います。一人では解決できなくても、それぞれが知恵を出しあって話しあい、あち こちに足を運んで調整するなかで解決の糸口が見えてきます。粘り強くあきらめずにとりくめば、チームの力を感じる瞬間に出会えます。
病気の治療だけでなく、患者さんの生活背景まで見通して、みんなで“よりよいゴール”を目指していくところにやりがいや達成感があります。
──働いてきたなかで、印象に残っているエピソードはありますか?
数年前に診療所の所長をしていたときのことです。七〇代男性で、胃がん末期の患者さんがいました。
元銀行員で何十年も日記をつけているような几帳面な方でした。外科の大学教授のところまでセカンドオピニオンを求めに行き、できるだけの治療をしたあとで、彼が最後に希望したのは「家で死にたい」ということでした。
往診して痛みのコントロールや点滴をしつつ、だんだん最期が近づいてきました。ご家族から「呼吸が止まった」との連絡を受けて、看護師長と自宅に駆けつ けた夜、ご家族の労をねぎらいながら、亡くなったご本人に関する思い出や生きざまなどについて語りあいました。
葬儀や遺影、献体のことまで、ご本人がすべて段取りをなさっていて、訪問看護師、薬剤師、ヘルパーなどといっしょに、私もチームの一員として役割をあた えられ、それをまっとうできたような、不思議な感覚になりました。厳かで、とても胸に残る体験です。
──社会活動にも積極的にとりくんでいらっしゃいますね。
二〇〇八年からホームレスの方々のために炊き出しをしている「おにぎりの会」のとなりで、月一回の健康相談会を始めました。実は、病院内での出来事が きっかけです。当時はリーマン・ショックのあとで、「一日に一人」の割合でホームレスの方が受診し、半数は入院するという状況がありました。アルコールを 飲んで大声を出したり、職員にセクハラをしたり、“おとなしくない”患者さんが多くいたんです。職員の間に「またホームレス?」というような気分が蔓延し てきて、モチベーションが下がっている職員もいました。
私はそれを「もったいない」と思ったんです。困難を抱えている方々をぎりぎりのところで救う“命綱”の役割を、私たちの病院が果たしているのですから。
一歩踏み込んで、ホームレスの方々の背景や実情を知れば、自分たちの果たしている役割に確信が持てるのではないかと、炊き出しをしている公園に出向きました。
健康相談会には、看護師やケースワーカーなどの職員だけでなく、興味を持った医学生たちが多く参加してくれます。“人生の先輩”であるホームレスの方々 と接するなかで、接する側も自然にその方々を人として尊重する姿勢が生まれてくるのがわかります。それはきっと医療現場でも必要なまなざしでしょう。
それぞれの方の人生の歩みを聴き取りながら、貧困の社会的背景や医療者の役割を見つめなおす機会にもなっています。
──最後に、新入職員へのメッセージをお願いします。
健康に長く仕事を続けるために、うまくストレスを避ける方法を身につけてほしいと思います。私たちの仕事は、患者さんが健康になればそれでいいわけでは ありません。民医連で働くすべての職員とその家族も健康に過ごすことができるように、心を配ってほしいと思います。
自分たちの仕事を生きいきとやりがいのあるものにしていくことも大切です。医学的な知識だけでなく、患者さんの幸せのために何ができるかを常に意識し て、みんなでアイディアを出しあってほしいと思います。それができるのが民医連です。みなさんのご健闘を期待しています。
写真・酒井猛
あなたも今日からチームの一員
みんなで「民医連綱領」を胸に
最期までその人らしく
ヘルパーステーション宮城野の里
サービス提供責任者 橋浦麻衣
入職された皆様、おめでとうございます。私は、八年前に高齢者福祉施設「宮城野の里」に入職しました。デイサービスの介護職と生活相談員を経験し、昨年四月に現在の部署に異動してきました。
正直にお話しすると、実は私は他人の家に入ることに対して抵抗があり、介護職になってからもずっと「訪問介護の仕事だけは…」と敬遠していました。けれ ども、この部署に異動して一年ほど経った現在は、訪問介護に大きなやりがいを感じています。
自宅でしか見せない利用者さんの表情や暮らしぶり、ご家族との関係など、それまで気づかなかった部分に気づいて、より心の深いところで寄り添うことがで きるようになりました。いまでは、多くの高齢者の方々が願う「このまちで、この家で暮らし続けたい」という思いを、ギリギリまであきらめないで支えていく 仕事が訪問介護だと思っています。
「自宅で最期を迎えたい」と思っていらっしゃる方は、たくさんいます。訪問介護や訪問看護など、介護と医療が手を結ぶことで、現実にその願いが叶えられ るようにもなってきました。民医連以外の他の事業所とも連携して、最期までその人らしい生活を続けていただくために、これからもお一人おひとりの声に耳を 澄ませながら、この仕事に励んでいきたいと思います。
いっしょに悩み、考えたい
城北病院・看護師 佐竹千春
民医連に入職された皆様、入職おめでとうございます。たくさんの新人の方が入職され、職員一同嬉しい気持ちと期待でいっぱいです。新人の皆様も、これから始まる新しい生活に期待と不安でいっぱいだと思います。
これからは学生生活とは違い、患者様とじっくり関わるなかで、教科書だけでは知ることができなかったことを学ばせていただいたり、そのなかで壁にぶつか りながらたくさん悩むこともあるかと思います。一人で悩まず、いっしょに悩み、考えていきましょう。私たちにとっても、初心に戻り、看護を振り返る大切な 機会になると思います。
また、新人の皆様が学んできた新しい知識を私たちに教えてもらうことで、民医連の病院をよりいっそう素敵な病院にしていきたいですね。民医連の病院は、 一人の患者様と家族様にとって、安全・安心の医療を多職種で共有し、じっくり関わることができる病院です。
これからたくさんの笑いも涙もあると思いますが、いっしょにがんばりましょう。よろしくお願いします。
いろんなことに挑戦しよう
道東勤医協協立すこやかクリニック
事務長 鈴木誠
新入職員のみなさん、民医連へようこそ。突然ですが、「平和とは?」
そんな五文字にこだわり続けているとりくみが、私たち道東勤医協の青年によって始められた「平和自転車リレー」です。根室半島の先端・納沙布岬から釧路 協立病院までの一五〇キロを、「平和とは何か」を考え、リレーしながらペダルを漕ぐという熱い平和のとりくみです。いまやこのとりくみは、全国各地の民医 連の仲間に広がっていて、知らない先輩はいないはずです(笑)。
全国の仲間と同じ気持ちで医療や介護、社保・平和活動などにとりくめるのが、民医連の最大の魅力だと思います。日常業務でもさまざまな職種の仲間と関 わって、いつでも患者さんや利用者さんの立場に立って活動できるのは、民医連が“ぶれない気持ち”(「民医連綱領」)を持っているからではないでしょう か。
「民医連綱領」という日々の活動の羅針盤を持って働けることは、すごく勇気をもらえます。「いのちを守る私たちが戦争を許してはいけない」「そのために 自分たちに何ができるか」──そんな新しい視点が一九年前に花開き、平和自転車リレーが始まりました。「民医連綱領」を片手に、いろんなことに挑戦できる のも民医連の職場の魅力です。いっしょに民医連の、職場の、仲間の、そしてあなたの可能性を花咲かせましょう。
いつでも元気 2013.4 No.258