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いつでも元気

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特集1 得るものは最低、失うものは最大 日本をアメリカに売りわたすTPPは断固阻止を 東京大学・鈴木宣弘教授に聞く

“誰がどう見ても最悪の選択肢だ”

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鈴木宣弘さん
 東京大学大学院・農学国際専攻教授(農学博士)。専門は農業経済学、国際貿易論。農林水産省、九州大学教授などを経て2006 年より現職。著書に『よくわかるTPP48のまちがい』(共著、農文協2012)、『震災復興とTPPを語る-再生のための対案』(共著、筑波書房 2011)など。
撮影=酒井猛

 日本政府は、TPP(環太平洋連携協定)への参加をおしすすめています。しかしTPPは、日本破壊の道です。「なんとしても阻止しなければ」と語っている、東京大学大学院の鈴木宣弘教授(農学国際専攻)に話を聞きました。
―TPPは世界の流れだ、乗り遅れるなと言わんばかりの報道が目立ちます。
 自由な企業活動を保障すれば何もかもうまくいくという市場原理主義、新自由主義のやり方では“世界がもたない”ことが明らかになりつつあります。「人々 が支え合う社会を」というのが世界の流れだと思います。規制緩和の流れの中で一%の人が巨額の富を得て、残り九九%の人々の雇用が失われたり生活が苦しく なる格差社会が広がり、これに抗議するデモが世界各国で起こっています。
 TPPはアメリカ主導で関税をすべて撤廃し、企業活動の邪魔になるとみなせば国独自の制度や規制・しくみも取り払って例外を一切認めないという協定ですから、世界の流れなどではありません。

「TPPで輸出伸びる」は本当か

―TPPで国内総生産(GDP)が伸びるという主張もあります。
 「得るものは最低、失うものは最大」というのがTPPです。TPPで伸びる日本の国内総生産(GDP)は一〇年間積算で約〇・五%、一年あたり〇・〇五%(二七〇〇億円)で、誤差の範囲にすぎません()。日中韓間の自由貿易協定(FTA)やASEAN(東南アジア諸国連合)に日中韓をくわえた一三カ国のFTAと比べても低いのですから、誰がどう見てもTPPは最悪の選択肢です。
 「TPPで輸出が伸びる」という議論もありますが、アメリカ以外のTPP参加国・交渉国は内需の小さい国ばかりで、日本が輸出を伸ばすのは無理でしょ う。最大の取引国アメリカも、たとえば自動車の関税は二・五%で高くない上に現地生産がすでに七割も占めていて、ここでも輸出が伸びる余地はあまりない。
 しかも日本の輸出依存度は、二〇〇五~〇九年の五年間平均で一四%にすぎませんから、この程度で「日本経済が輸出によって立つ」などとは言えません。

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雇用失われ、産業空洞化すすむ

―TPPが日本にもたらす弊害は。
 政府(農林水産省)も三五〇万人の雇用減になると試算しているように、日本の雇用が失われます。海外投資が完全に自由化され、日本にアメリカの資本がど んどん入る。日本企業にも外国人労働者がこれまで以上に入ってくるでしょう。
 最近「日本企業もベトナムに出ていけばいい」という「メリット論」が出てきましたが、日本国内の雇用が失われることが前提で、メリットとは言えません。 利益になるとすれば、安い土地や賃金を求める、一部の多国籍企業だけです。
 TPPに参加すれば、国民皆保険制度、共済組合、労働法、生活協同組合、農業協同組合など、支えあいのあらゆる制度やしくみが壊される危険があります。
―労働法まで対象に?
 容易に労働者を解雇できるようにしたいという大企業の標的になる可能性は十分あります。

医療制度は必ず攻撃対象に

―野田首相は「日本の国民皆保険制度を守る」と言っていますが。
 ありえません。アメリカ政府は自国の保険会社や製薬企業などの要望を受け、日本政府に国民皆保険制度の縮小や混合診療解禁などを求めてきました。国民皆保険制度が問題にされないはずがない。
 アメリカの製薬企業は、日本の薬価(薬の価格)も問題にしてきました。日本の薬価は世界的に安くありませんが、アメリカよりは低いため、これを上げろという要求も必ず出てきます。
 また、アメリカの製薬企業は、薬の特許の強化をねらっています。ジェネリック医薬品()を禁止し、いつまでも高く薬を売りつけられるようにするのです。日本の公的医療保険の財政も圧迫されて、つぶれる可能性だって出てきます。
―医療制度が崩壊する危険があると。
 TPPに日本が参加すれば、行き着く先はアメリカの医療事情を批判した映画「シッコ」(マイケル・ムーア監督、〇七年)のような社会でしょう。無保険の 男性が中指と薬指を切断する事故にあったのですが、手術費の「安い」薬指だけをつないでもらって、中指は捨てざるをえなかった話が出ていました。民間医療 保険に加入していても、その保険会社と契約している病院でなければ瀕死の患者でも「当院では診られない」と放り出す。
 私は二年間アメリカにいましたが、歯を一本抜くのに一〇〇万円近くかかると言われていました。日本人なら飛行機代を払ってでも帰国して治療した方が負担 が軽い。アメリカには四七〇〇万人とも言われる無保険者がいる。これが自己責任、競争を徹底した先に待つ医療です。


 

企業が国家訴える条項まで

 TPPにISD条項というものがあるのも問題です。「経済活動を阻害する」と判断すれば、企業が他国の政府を訴えることができることを定めた条項です。
 たとえばアメリカの民間保険会社が「日本の国民皆保険制度は邪魔だ」と思えば、日本政府を国際裁判所に訴えて損害賠償や制度撤廃を求めることができま す。TPP参加交渉の場で出てこなくても、後からいくらでも問題にできます。
 しかも国際司法裁判所は国連常任理事国のアメリカの意を受けて、アメリカに有利な判決しか出さない。実際にアメリカは北米自由貿易協定を結んでいます が、アメリカの企業がメキシコやカナダの政府に対して人々の命を守る安全基準や環境基準、セーフティーネットなどを企業活動の支障になると訴えて、損害賠 償や制度廃止に追い込んできました。アメリカとISD条項が結びつくと、こんなとんでもないことができるわけです。
―国家主権に関わる重大問題ですね。

遺伝子組み換え食品が世界を支配

 農業・食料も脅かされます。日本の農業が壊滅的な打撃を受け、食料自給率が一三%にまで落ち込みます(農林水産省試算)。
 日本は今、食料自給率三九%ですから「原産国表示ルール」に従えば、私たちの体はすでに六一%「外国産」で、純国産ではありません。日本の農産物の関税 は世界的に低く、開かれた農業になっているのに「日本の農業は鎖国的」などと言う人は、事実誤認も甚だしい。
 食の安全も脅かされます。アメリカのモンサント社は、遺伝子組み換え食品の表示をするなと言っています。食料品や医薬品の開発などでは、将来人体に影響 が出る可能性を考える「予防原則」がありますが、これも「認めない」と。すでにアメリカ政府は、TPP 参加国のニュージーランドやオーストラリアに「予防原則は認めない」と言っています。
 さらに遺伝子組み換え食品は、在来種を駆逐します。在来種を守ろうとしても、種が飛んで繁殖し、生態系を破壊する。その国の農産物がすべて遺伝子組み換え食品に置き換わる可能性があるのです。
 そして遺伝子組み換え食品ばかりになっても、その種などを使って勝手に栽培することを認めない。開発した「特許」があるからと言うのです。実際にアメリ カではモンサント社が農家や個人宅を偵察し、無断で栽培していたら損害賠償を求め、破産に追い込んだりしています。
そうやって自社から遺伝子組み換え食品の種や苗を買わないと農産物をつくれないようにするのです。
 遺伝子組み換え食品の世界市場はモンサント社を含む数社が牛耳っています。こうしたやり方が広がれば、一部の企業が世界の人々の命をコントロールできるようになるわけです。
―安全な食品を口にしようと思っても、遺伝子組み換え食品しかなくなると。
 食料品ではありませんが、インドではモンサント社が遺伝子組み換えの種で綿花を一〇〇%支配した後、種の値段を四倍につり上げたため、多くの農家が自殺し、社会問題にまでなりました。
 また、アメリカ政府は日本では認められていないポストハーベスト(生産後の農産物にかける農薬)も認めろと言っています。添加物の規制も緩和して、表示しないようにしろと言っています。
 しかもアメリカでは「日本が科学的根拠に基づかない安全基準でアメリカの農産物を閉め出している。許せない。日本の検疫体制を直接点検して変えられるよ うにしろ」とか「大腸菌が入っていても認めるようにしろ」という議論までされていて、もう無茶苦茶です。

公共事業入札も世界に開放

 TPPは公共事業入札や地方自治にも影響します。病院や学校をつくろうと思って地元業者が工事 を落札してくれると思ったら、アメリカの企業が落札した、ということが起こりえます。経産省の試算でも四割の公共事業が海外に開放される。しかも一定額以 上の公共事業は入札時、英語で公示しなければならない。
 すでにオーストラリアとアメリカ二国間のFTAでも、水道事業を例外にしておかなかったために、アメリカの企業がオーストラリアの水道事業を買収し、大 問題になりました。日本でも、自治体独自におこなっている地産地消の学校給食が「企業活動の自由を妨げる」として、
やめさせられる可能性があります。

日本政府は情報を隠すか出す情報はウソと決まっている

―こんなに重大な問題なのに、日本国民には情報が知らされていません。

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北海道釧路市でおこなわれたTPP 参加阻止を訴える集会(6月9日)

 日本政府は情報を隠すか、出す情報はウソと決まっています。今年五月、ある集会で政府側は「アメリカと自動車、郵政、BSE問題などについて意見交換し ているがTPPとは関係ない」と。しかし数日後、アメリカ側の資料からTPP参加の条件として自動車関連の要求を突きつけられていたことが明らかになりま した。「軽自動車の区分をなくせ、車検もなくせ。アメリカ車の最低輸入台数を決めろ」などと要求されていたのです。国会議員の有志が緊急会合を開きました が、政府側は一時間「何も説明できない」と繰り返すだけでした。
 マスコミも徹底した情報操作をしています。「農家が悪い。農業を改革すればTPPに参加できる」という議論にして、他の様々な問題を隠してきました。日 本は民主主義国家の体をなしていません。都道府県知事も賛成は六知事。四七ある都道府県議会も四四の議会が反対を決議し、市町村議会の九割が反対。これで 参加しようとする方がおかしい。
 日本政府はTPP参加の協議をしていると言いますが、やっているのは事前交渉です。日本は狂牛病対策として生後二〇カ月超の牛肉は輸入していませんが、 アメリカに迫られて日本政府は今年一〇月に緩和の答申を出そうとしています。
 日本政府は今、参加の承認を得るために自ら規制緩和を申し出ることで、アメリカに「頭金」を払っている状態です。参加が認められないのは「頭金」の払い 込みが足りないからで、逆に認められればすぐにでも参加が決まります。
 「参加してからTPPの例外を求めればいい」という人がいますが、そんなことはできません。今年九月からTPP参加交渉に加わることが認められたカナダ は「今まで決まった条文にも、今後決まる内容にも文句を言わない」という念書を書かされていました。どの段階で参加しても協定の内容に口を出せないので す。

命の根幹に関わる問題だと訴えよう

連携して政府の暴走食い止めよう

―こんな危険な協定、何としても参加を阻止しなければいけませんね。
 医療も食料も、人の命に関わる公共財です。本当によいものを食べることで健康が保たれる。予防医療も健康に密接に関わっています。医師、看護師、介護職 なども自由に参入できるようにしろという要求がとくにアジアの国々から出ていますが、文化も言葉も違う。「働いてくれればいい」という話ではありません。
 農業のみなさんもTPP参加反対を一生懸命訴えていますが、医療に関わるみなさんが訴えていただければ、TPPが命の根幹に関わる問題なのだということ が、国民により説得力を持って伝わると思います。TPPの問題点を多くの国民に知らせ、連携して日本政府の暴走をやめさせましょう。
聞き手・多田重正記者

いつでも元気 2012.9 No.251