特集2 精神疾患の理解を深めるために 心の病気を抱える人のサポートは
誰もが体験するさまざまな精神症状
伊勢田 堯 代々木病院 非常勤医師 (精神科) |
心の病気(精神疾患)は目に見えたり、触ってわかるものではないため、周囲に理解されにくく、偏見がつきまといます。
その上、本人も病気であると理解できないことも多いため、余計に苦しむという特徴があります。
今回は精神疾患の特徴を紹介するとともに、精神疾患を抱える人にどのように接したらいいのかという、周囲のサポートについてお話ししたいと思います。
主な精神疾患
まず、主な精神疾患の特徴を紹介します。
■神経症性障害
神経症性障害とは、心理的なことが原因でおこります。パニック障害(「死んでしまうのではないか」と感じてしまうほど強い不安を感じる発作を繰り返 す)、恐怖症(狭いところや高いところが極端に恐いなど)、強迫性障害(鍵を閉めたかどうかが気になってしかたがない、何度も手を洗わないと気がすまない など)、離人神経症(自分という感覚が無くなる感じ)、強いストレスが加わったときにおこるPTSD(外傷後ストレス障害)などがあります。
ただ、ストレスや不安がすべて悪いというわけではありません。大事な試合の前にストレスや不安を感じないスポーツ選手はいないでしょう。ストレスや不安 をバネにしながら、結果としていいプレーができるのです。このことは、精神的なストレス・不安がマイナスの作用だけではないことを示しています。ストレス や不安を上手に対処できなくなることが問題なのです。
■うつ病
気分・感情障害といわれ、抑うつ感、悲哀感、不安・イライラ感、意欲の低下、思考低下(決断がつかない状態)、不眠などの症状をともないます。10数パーセントの方が一生のうちに一度は体験するといわれるくらい、よくある病気です。
完璧主義で責任感が強い性格の人がなりやすい病気で「国民病」といっていいほど、かかる人が多い病気です。
■統合失調症
考えがまとまらず、幻聴や妄想によって混乱し、生活に支障が出る病気です。100~120人に1人の割合でかかるといわれており、めずらしい病気ではあ りません。病気にかかりやすい素因は受け継がれますが、「遺伝病」ではありません。脳にある特定の脆さがあり、その人にとってストレスになる環境要因がか さなると発病します。
幻聴や妄想があり、突然独り言を言ったり興奮したりすることから、その言動が理解されず「不治の病」と考えられていた時期もありました。しかし、適切な治療と生活支援があれば社会生活は十分可能です。
■アルコール依存症など
ストレスから逃れるためにアルコール・薬物・ギャンブルなどにのめり込み、自分ではコントロールができなくなってしまう病気です。深刻な問題が生じても自覚がない場合が多いのが特徴です。
本人への生活支援とまわりの人たちが適切な対応をとることで、本人が問題に気づくきっかけになり、回復過程によい影響をあたえることができます。
その他にも、本人も周囲も苦しむ境界性人格障害などの人格障害、発達障害などは発生頻度も少なくありません。
本人・家族だけではなく、社会的にも深刻な影響をあたえているので、こうした人たちへの支援は、国や自治体、また地域社会として抜本的に改善していく必要があります。
脳と心の「きしみ」で起こる
これらのさまざまな症状はどうして起こるのでしょうか。そのことを理解する上で、「脳の働き方は人それぞれ違う」ということを理解することが大事だと思います。
私たちは目標や希望を持って生活しています。それが順調にいっているうちは、脳も心もよく働きます。ところが、困難に直面したり、それまでの脳や心の働 きで処理できない課題に直面したりすると、脳と心に「きしみ」や「疲れ」が生じます。精神症状とは、その「きしみ」や「疲れ」によって生じたものなので す。
人によって体の特徴が異なるのと同じように、脳の働き方も人それぞれです。得意なことや苦手なことも違い、性格も違います。同じように、脳の働きがきしみやすい部位や、きしみが生じやすい生活を送ることによって、ある特定の精神疾患が発症すると考えます。
うつ病になりやすい脳の働きや性格の特徴を持っている人は、(1)気分が沈む、(2)意欲がなくなる、(3)悲観的になる、(4)集中力がなくなる、な どの「うつ症状」があらわれます。同様に、神経症になりやすい脳の働きや性格の特徴を持っている人は不安やパニック状態におちいり、統合失調症になりやす い脳の働きや性格の特徴を持つ人は幻覚・妄想・まとまりのない思考などの症状があらわれる、という具合です。
考えてみれば、私たちは誰もが、目指していることが上手くいかないとき、程度と種類の差はあれ、さまざまな精神的な症状を体験しています。
このように見ると、精神障害は特殊な人だけがかかる病気ではないことがおわかりいただけると思います。
サポートの仕方は
では、周りの人たちはどのようにサポートするとよいのでしょうか。
心の病気は、本人が自覚する場合もありますが、いっしょに生活している家族や職場など、身近な人が「困っているのではないか?」と気づくことも多い病気 です。不登校になったり、出勤できなくなったり、活発だったのに無口になるなど、これまでの行動と明らかな変化があらわれるからです。
病気を抱える人に接するときは、家族として、友人として、または同僚として、心配していることを伝えましょう。「調子が悪そうだけれど、体調はどう?」 という声かけを繰り返して、信頼関係をつくることからはじめてみましょう。いきなり「診察を受けてみたら?」という声かけでは、うまくいきません。そし て、きしみの原因になった生活上の問題を探し、解決する方法をいっしょに考えるといいでしょう。そのうえで、「つらい」「眠れない」「死にたい」などの症 状を軽くするために「専門家の力も借りてみることも助けになりますよ」とすすめると、本人が積極的に受診することにつながるようです。
統合失調症の患者さんは、幻聴や妄想という非日常的な通常ありえない症状が現れるため、本人も周囲もびっくりして、理解不能の病気と恐れられてきまし た。しかし、誰しも右利き左利きがあるように、脳の働きにもくせがあるのです。左利きの人を無理やり右利きに修正しようとしないで、その「くせ」を活かし た生活の仕方を考えることが大事だと思います。
大事なことは、私たちの認識として精神障害になることを「悪いこと」としない方がいい、ということです。
いま、職場も家庭も余裕がなく、心の病をかかえる人のサポートは容易ではありません。困ったときには問題を抱え込まず、地域の保健師さんに相談しましょう。
事例
2つの事例を紹介します。
■職場の支え
職場での対人関係に悩み、不眠・イライラ感・出勤恐怖などの症状があらわれた中堅リーダーの患者さんが、上司(管理職)に伴われて受診しました。上司 は、「他の職員から、言動がきつい、傷ついたという苦情が出てどうにもならない。精神科の病気だから仕事を休んで認知行動療法を受けてほしい」と主張しま した。
患者さんからの話も合わせて考えると、精神症状は、職場の人間関係の混乱が背景にあると考えられました。しかし上司は、職場の人間関係から生じた精神症 状を職場が混乱している「原因」ととらえ、症状があらわれている患者さんを職場から切り離し、「治療」によって問題を解決しようとしていました。上司は苦 情を言ってくる職員の言動に振り回され、患者さんの症状や問題点の解消に目を奪われていました。
苦情を訴えた職員も含めて、それぞれの職員の「長所」と「やる気」を引き出し、協力し合って仕事をおこなう職場環境をつくるという、管理職の本来の役割が忘れられているように見えました。
最終的には、患者さんが他の職場に異動することで一応の決着を見ました。労働組合が親身になって患者さんの立場にたって仲介に入ったことは救いでした が、管理職をはじめとして職員がお互いに高め合う方向に向かわず、患者さんが「厄介者」扱いになってしまうという、後味の悪い結末でした。
とはいえ、管理職をはじめとする職員もぎりぎりの人員と経営環境で仕事をしており、精神に障害をもつ人たちを支える余裕が失われていることも確かでしょう。成果主義・弱者切り捨ての社会の現状を反映しているとおもわれる事例です。
■友人の支え
大学院を卒業した研究者の患者さん。うつ病を発症し、アパートに引きこもる生活が続いていました。他の心の病気を抱える人や弱い立場の人たちにも同様に いえることですが、うつ病になりやすい脳の働きや性格の特徴を持っている人は、周囲のちょっとした冷たい態度や心ない言動で傷つき、引きこもりになりやす いのです。反面、周囲の思いやりやあたたかい対応に接するとそれが救いになって、症状も軽快します。
この患者さんには、親身になってくれる友人がいました。この友人は、引きこもりとか昼夜逆転の生活などという問題点にこだわらず、地元の地方議員を紹介して生活保護受給の手続きを手伝ったり、月に1回ほど患者さんの自宅を訪問して部屋の掃除をしていました。
患者さんは依然として、研究者の仕事ができる段階にまでは改善していませんが、「死にたい」と訴えなくなり、周囲とトラブルを起こすことなく、精神的には安定した生活が続いています。
症状にこだわらず、生活を支えることが重要であることを示している事例です。
さまざまな社会的支援を
わが国では、精神保健福祉法により「自傷他害防止義務」「治療を受けさせ、医師に協力する義 務」などを家族に課し、行政や医療者の責任が転嫁されてきました。支援らしい支援がされず、患者・家族が社会的に孤立させられた歴史があります。このよう に、これまでの精神科治療は、たとえば統合失調症であればきしみから生じる幻聴や妄想を消失させるもしくは軽減させること、不安障害であれば不安やパニッ ク障害への対応、うつ病であればうつ状態の改善を主要な治療の目標にしてきました。
そして、きしみや疲れが生じた脳を薬によって改善しようとしたり、性格をコントロールしたり、認知機能を広げる精神療法によって、症状の軽減をはかるこ とが中心でした。しかし、症状の軽減だけではなく、重視しなければならないのは「患者さんが希望する生活を実現する支援」だと考えます。イギリスでは、精 神病患者の家族支援法があります。家族に対する軽減勤務などの就労支援やマッサージサービスのケアもあるなど、いま海外の先進医療は、地域社会で患者・家 族を支えるあらたな時代をむかえています。
精神疾患は、三大疾患の一つですが、十分な関心が払われず、偏見もつきまとってきました。今回お話しした内容が、精神疾患の理解、予防、必要な支援の発展のためにお役に立てば幸いです。
イラスト・井上ひいろ
いつでも元気 2012.7 No.249