特集2 心肺蘇生法 ~そばにいるあなたの勇気で救える命があります~
すばやく適切にAEDを使用するには
角南和治 総合病院岡山協立病院 医師 (内科) |
目の前で突然人が倒れたら…。きっと頭の中が真っ白になってしまうことでしょう。
救急蘇生法の指針が昨年10月に改訂され、市民にとっても心肺蘇生法は、さらにとりくみやすいものになりました。しかしいざというとき、実際にあわてず 迅速に対応するには、日頃からの訓練や心の準備が必要です。ここでは心肺蘇生法について、最近の話題も交えて解説します。
どんなときに心肺蘇生か?
突然に発症し緊急を要する病気は、心臓発作(急性心筋梗塞や狭心症)、脳卒中、呼吸不全など数 多くあります。こうした状況では一刻も早く救急車を呼び、そばにいる人は注意深く見守ってあげなければなりません。しかし呼びかけに反応があり、規則正し い呼吸をしている間は「心肺蘇生」は必要ありません。
「心肺蘇生」が必要な場合とは、呼びかけても反応がなく、呼吸も止まっている(あるいは普段と異なる呼吸しかしていない)場合です。このときは心臓が止まり、脳にも血液が流れていません。
脳への血流が3~5分間以上途絶えると障害が残るため、その場に居合わせた人が早急な対応(胸骨圧迫=心臓マッサージ)をしなければ生命に関わり、一命を取り留めても重度の後遺症が残ってしまいます。
こうした突然の心肺停止は、さまざまな病気が急に悪化して生じることもありますが、半数以上は「心室細動」という突然の不整脈が原因です。
心室細動とは?
では「心室細動」とはどんな不整脈なのでしょうか?
日頃私たちの心臓は規則正しく動いていますが、何らかの原因で心室細動となると、心臓が小刻みに震えるだけで全身に血液を送り出すことができず、実質的に心臓停止となります。
心室細動は心臓発作のときに最も多くみられ(心臓発作で救急車をすぐに呼ぶ必要があるのはこのためです)、多くはさまざまな心臓の病気に伴って生じます が、心臓に何の病気がなくても突然生じることがあります。また、「心臓震盪」といって、小児~思春期で肘やボールが胸に強くあたり、その拍子に心室細動が 生じることもあり、いつ、誰に起きるかは予測がつきません。
心室細動は、そのまま放置されれば10分程度で心臓がピクリとも動かない状態となり、元に戻すことは困難です。しかし発症早期に適切な対応ができれば、元の規則正しい拍動に戻すチャンスが残されています。
AEDとはどんな装置?
この心室細動を電気ショックで止めるのがAED(自動体外式除細動器)です。2004年から市 民の使用が許可されました。発症から早ければ早いほど電気ショックの効果は高く、1分遅れるごとに有効率が7~10 %減少するとされています。身近にあるAEDですばやく適切に電気ショックをあたえることができれば、救命率が高まります。
実際、2010年時点で全国には32万台以上のAEDが設置され、市民によるAED使用は年間1000件を超えるようになりました。この結果、市民に よって電気ショックが実施されたケースは救急隊によって実施されたケースより約2倍も社会復帰率が高くなっています。
ただし、AEDは心臓を蘇らせる魔法の装置ではなく、心臓をいったん完全に止めて回復を待つものです。コンピューターにたとえるなら「再起動」のような 働きですから、AEDだけでは救命できません。血液を送り続け、電気ショックの効果を高めるためにも、胸骨圧迫をしっかりおこなうことが重要なのです。
具体的な心肺蘇生法
心肺蘇生法は国際的な新しい知見をもとに、5年ごとに改訂されています。最新の改訂では、いざという時に行動しやすいようにこれまでより簡素化され、成人と子どもの心肺蘇生の手順も共通となりました。
では、実際に目の前で人が倒れるのを目撃した、あるいは倒れている人をみつけたときの対応方法をみていきましょう。
(1) 反応を確認
119番通報、AED手配
まず反応を確認します。車の往来など危険な場所であれば、安全の確保を優先します。倒れている人の肩を軽くたたきながら大声で呼びかけ、応答がなければ 「反応なし」と判断します。大声で周囲の応援を頼み、119番通報とAEDの手配を依頼しましょう。
119番に通報すれば電話を通して心肺蘇生の指導もしてもらえます。落ち着いて行動しましょう。
(2) 呼吸の確認
次に、倒れている人の胸とおなかの動きをみて、動いていなければ「呼吸なし」と判断します。ここでひとつ覚えておいてほしいことは「死戦期呼吸」です。 突然の心停止の時には、しゃくりあげるような途切れ途切れの動きが残ることがあり、これを「呼吸あり」と判断してはいけません。普段どおりの呼吸でなけれ ば「呼吸なし」と判断します。
心臓が止まれば呼吸も止まるので、「呼吸なし」と判断すればただちに胸骨圧迫に入ります。胸骨圧迫開始は早ければ早いほど有効です。このため呼吸の確認 は10秒以内で判断し、どちらか迷う場合は「呼吸なし」と判断してかまいません。
(3) 胸骨圧迫を開始
心肺蘇生法の中で最も重要で、「強く、速く、絶え間なく」おこないます。
胸の真ん中(胸骨という胸の中央の細長い骨の下半分)に手のひらの基部(つけ根の部分)をあて、しっかり腕を伸ばして、胸が5センチ以上沈むように圧迫します。
圧迫のテンポは1分間に100回以上です。重ねた手の指を組んで、手のひらの基部だけに力がかかるようにし、圧迫と圧迫の間は腕が元の高さに戻ることが 理想的ですが、緊急事態の際には上手にできなくても勇気をもって押し続けることが重要です。
(4) 人工呼吸は?
今回の指針では「人工呼吸ができる場合は30:2(30回に2回の割合)で胸骨圧迫に人工呼吸を加えるが、人工呼吸ができないか、ためらわれる場合は胸 骨圧迫のみをおこなう」と明文化されました。これは成人の突然の心停止(病院外の場合)では人工呼吸なしの胸骨圧迫のみでも救命率は同等であることが報告 されたことから、人工呼吸へのためらいで心肺蘇生の開始が遅れることがないよう考慮されたためです。ただし小児の心停止など人工呼吸の必要性が高い場合も あります。
(5) AEDの操作
AEDは、まず電源を入れます。ふたをあけると電源が入るAEDもあります。電源を入れたあとは音声メッセージに従って操作します。
具体的には、衣服を取り除いて、2枚のパッドを皮膚の上に直接貼り付けます。心臓をはさむように、1枚を胸の右上、もう1枚を左脇の下5~8センチあた りに貼ります。 機種によってはパッドから延びているケーブルの先端をAED本体に差し込みます。この時点でAEDは心電図の解析を自動的に開始し、「体 に触れないでください」とアナウンスが流れますので、倒れている人から離れます。
AEDは電気ショックが必要と判断すれば自動的に充電を開始します。充電が完了すると「ピー」などの連続音やボタンの点灯とともに電気ショックをおこな うアナウンスが流れますので、ショックボタンを押します。この時にAEDから強い電気(約2000ボルト)が流れますので「離れてください」と周囲に声を かけ、誰も倒れている人に触れていないことを確認しましょう。
電気ショックのあとは、ただちに胸骨圧迫を再開します。電気ショックでいったん心臓の動きが止まっているため、回復するまで胸骨圧迫が必須です。AED は2分おきに自動的に解析をおこない、必要と判断すれば電気ショックを繰り返します。このため救急隊が到着するまで、パッドをはがしたり電源を切ったりし てはいけません。
なお、心臓が回復した場合と、逆にピクリとも動かなくなった場合のいずれでも「ショックは不要です」というアナウンスが流れます。どちらの場合なのかを 判断することは困難ですので、明らかな動きや呼吸が回復しない限り、心肺蘇生を続けてください。
子どもと成人は同じ?
今回の指針では、成人と子どもの違いを意識することなく同じ手順で心肺蘇生法をすすめるため、年齢の区分は示されていません。医療従事者は思春期以前(お よそ中学生まで)を「子ども」とし、1歳未満を「乳児」として対応しています。また以下の点は成人と異なりますので注意が必要です。
●胸骨圧迫:乳児では胸の真ん中を2本指で押します。子どもで体が小さいときは片手で押してもかまいません(右図)。いずれも深さは胸の厚みの3分の1程度で、速さは1分間に100回以上です。
●人工呼吸:子どもでは呼吸が悪くなって心停止を起こすことが多いため、できるだけ早く人工呼吸をおこないます。30回の胸骨圧迫と2回の人工呼吸を繰り返すことが望ましいです。
●AED:未就学児(小学校入学以前)の場合、小児用パッドがあればそれを使用します。小児用モードに切り替え可能なAEDもあります。他の手順は成人と同様です。これらがないときは成人用パッドをそのまま使用してかまいません。
小学生以上は成人と同じパッドを使用します。
命のバトン
最後にひとつのエピソードを紹介します。
2002年9月、ひとりの高校生が体育祭のリレーでバトンを渡した後、グラウンドに倒れそのまま帰らぬ人になりました。明るく活発だった16歳の女子高 生の心臓突然死でした。母親は「なぜ、うちの娘が」という思いで調べるうちに、当時すでに米国で普及していたAEDを知りました。そして「米国で助けられ る命が日本で助けられないなんて」という思いを県知事に宛てた一通の手紙に託しました。「娘は二度と帰ってきませんが、同じ悲しみを繰り返さないように」 と。知事は60台あまりのAEDを即時設置することを決め、以後も大きく広がっていきました。彼女は母親としての願いを胸に、現在も福井県内のNPO法人 「命のバトン」で心肺蘇生法・AEDの普及活動をされています。
あなたの勇気が救命に
AEDが急速に普及してきた背景には、このお母さんをはじめ多くの人たちの熱い思いがありました。倒れている人のからだに触れることは、とても勇気のいることです。でもそばにいるあなたにしかできないのが「心肺蘇生」とAED使用です。
いざという時のためにぜひ講習会に足を運んでみてください。あなたにとって大切な人の命を守るために。
イラスト・井上ひいろ
AED 設置場所を調べるためには
日本救急医療財団のホームページ
「AED 設置場所検索」
http://www.qqzaidan.jp/AED/aed.htm
もしくは、各都道府県で独自の検索システムを構築しているところもあります。
一度調べておくと、いざという時に役立ちます。
いつでも元気 2012.6 No.248
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