特集1 どうなる?医療保険制度 ねらわれる社会保障制度の変質・「解体」
高すぎる窓口負担に保険料。日本の医療制度の改悪は、〇九年の「政権交代」後も止まる気配がありません。
全日本民医連は今年二月二〇日、都内で記者会見。「二〇一一年国保など死亡事例調査」の結果を発表しました。民医連加盟事業所から寄せられた事例から、 昨年一年間に六七人が経済的理由で医療機関への受診が遅れ、亡くなったと明らかにしました。
正規の保険証を持ちながら窓口負担が足かせとなって亡くなった人が二五人(表1)。正規の保険証がなかった人では、保険料滞納で国民健康保険の資格証明 書(医療費を窓口で一〇割払わなければならない)を発行されていた人が七人、保険証を持たない「無保険」も二五人と目立ちました(表2)。
いのちを守る砦である公的医療保険制度が、砦としての役割を十分果たしていない現実。しかし政府は、医療から国民を遠ざける制度改悪をすすめています。
窓口負担をさらにアップ
「無保険の人も多くいた」と全日本民医連長瀬文雄事務局長(中央。写真・編集部) |
そのひとつが、保険料と窓口負担をさらに増やす改悪です。「社会保障と税の一体改革大綱」(今年二月一七日閣議決定)は七〇~七四歳の医療費窓口負担を 見直すとしています。自民党・公明党政権のもとで〇八年、七〇~七四歳の窓口負担は二割に。国民の反発が強いため一時的に一割に据え置かれていますが、こ の暫定措置をやめることなどを検討しているのです。
政府は昨年、一~三割の定率負担とは別に定額負担(民主党案では受診一回あたり一〇〇円)を徴収する案も検討。「大綱」に明記されませんでしたが見送られただけで、再浮上する可能性もあります。
表3 「一体改革」が狙う主な医療制度改悪・「市販類似医薬品」の患者負担引き上げ (2013年度) |
高齢者差別も温存
高齢者を差別する後期高齢者医療制度も政府は廃止すると言いますが、「廃止」とは名ばかり。七五歳以上のうち、本人がサラリーマンの場合や、サラリーマ ンの扶養家族の場合は被用者保険(サラリーマンの健康保険)に戻す方針ですが、それ以外(七五歳以上の約九割)は七四歳以下とは別の国民健康保険(新制 度)に加入することに。高齢者の人口や医療費が増えれば保険料に跳ね返るしくみや、以前は禁止されていた七五歳以上の保険証取り上げ(保険料滞納者への資 格証明書発行)も引き継がれます。
七四歳以下の市町村国保も、政府は「広域化」で都道府県ごとに統合する方針。保険料も都道府県ごとに統一され、多くの自治体がおこなっている一般財政か らの国保財政補てんも禁止されるため、さらなる国保料の上昇は避けられません。市町村国保独自の軽減措置も、国保の統一でなくなる恐れがあります。
協会けんぽ(中小企業のサラリーマン向けの公的医療保険)にも〇八年、かかった医療費にあわせて都道府県ごとに保険料を算定するしくみが導入され、保険 料は三年連続で上昇。〇八年度八・二%(事業主・加入者ともに)だった保険料は、一二年度に全国平均一〇%と、初めて収入の一割に達する見込みです。国は 協会けんぽに二〇%まで補助できることになっていますが、定められた下限の一六・四%しか補助していません。
患者の病院追い出しを促進
病院からの患者追い出しも、医療費への公的支出抑制が目的で加速させられようとしています。政府は「一体改革」で、現状のままなら二〇二万床(二〇二五 年)の入院ベッドが必要になるところを一五九万床に削減する「改革」を提示(「我が国の現状と医療・介護に係る長期推計」二〇一一年一〇月厚労省)。これ から高齢化社会を迎え、医療が必要な人が増えるときに、現状の一六六万床(二〇一一年)よりも入院ベッドを減らすのです。
「改革」では平均の入院日数も、入院全体で現在の「三〇~三一日程度」(二〇一一年)から、二四日程度(または二五日程度)(二〇二五年)に短縮。一 方、「介護施設」(特養・老健)は一六一万人分(二〇二五年)必要になるところを一三一万人分に抑制するなど、入院患者を在宅へ移行させ、「安あがりな医 療」を追求しようとしています。
公的保険の範囲も縮小し、市場に開放
薬の保険はずしも検討
公的医療保険で受けられる医療の範囲を狭める改悪も。「大綱」でも「医薬品に対する患者負担」の見直しが検討課題に。「風邪薬や痛み止め、胃腸薬など、薬局で似た薬が売られているなら、保険からはずしたり、より多くの薬剤負担を徴収してもいい」という発想です。
民主党政権が参加を強行しようとしている環太平洋連携協定(TPP)も、医療制度に重大な影響をあたえます。TPPは、参加した国同士のすべての経済活動の「障壁」を取り除く協定だからです。
「公的医療保険制度のないアメリカの保険会社から見れば、全国一律で医療行為や医療材料、医薬品などの価格を決めている日本の国民皆保険制度は、最大の 障壁になる」と中央社会保障推進協議会(社保協)の相野谷安孝事務局長。「『公的制度で診る医療の範囲を見直せ』という声は、当然出てくる」と指摘しま す。
新しい医療技術や医薬品が開発されても公的保険が適用されず、公的医療保険の保険料が払えない人は医療から排除され、一定以上の所得のある人は民間保険に入って身を守る-そんな将来を、政府は国民に強要しようとしているのです。
外来患者5%減を目標に掲げる
政府は二〇二五年までに、外来患者を五%減らすことも目標としています。一日の外来患者数は、日本全体で推計六八六万五〇〇〇人(二〇〇八年「患者調査 の概況」厚労省)。その五%と言えば、三四万三二五〇人。民医連全体の外来受診者数(二〇〇八年の一日平均外来患者数八万一二六七人)の四倍以上です。
「民医連の医療機関を受診している患者さんが、全員いなくなることを想像してください。それでもまだ足りない。民医連にかかっている四倍もの人たちが受 診を我慢するようにし向けようと言うのです。みんな健康になって病院にかからなくてよくなるなら別ですが」と相野谷さん。
構造改革路線に回帰した民主党
政権交代後も医療制度の改悪が止まらない背景には、日本の財界や、アメリカ政府の圧力があります。アメリカ政府は自国の保険会社や製薬企業などの要望を受け、日本政府に混合診療の解禁や、医療の「市場開放」などを求めてきました。
日本の財界も、医療の「市場開放」に積極的。日本経済団体連合会(経団連)は政府に「公的医療保険制度の守備範囲を見直す」ことや「保険診療と保険外診 療との併用」などを主張(「医療制度の抜本改革に関する基本的考え方と『厚生労働省試案』に関する見解」二〇〇三年一月)。経団連は民主党政権の消費税増 税の方向性についても昨年六月、「積年の課題解決に向けた一里塚が築かれたと受け止めている」と持ち上げました(『社会保障と税の一体改革に対する意 見』)。
経済同友会も医療における「民の活用」「混合診療の全面解禁」「株式会社による医療機関への参入規制」の「緩和・撤廃」などを求めています(「抜本的な医療制度改革への提言」二〇一〇年四月)。
「〇九年の総選挙で民主党は、“痛みはもうたくさん”という国民の声におされて、後期高齢者医療制度廃止や公的医療費増などを掲げました。しかし日本社 会をどう変えるのか明確なビジョンを持っていなかったために、日本の財界やアメリカの圧力を受け、八〇年代から続く社会保障費抑制、構造改革路線に簡単に 回帰してしまった」と相野谷さん。
大企業・資産家に応分の負担を
「お金持ち天国」あらためてこそ
「大綱」は、消費税を二〇一四年四月に八%、二〇一五年一〇月に一〇%にまで引き上げるとしています。政府はこれを社会保障財源の安定のためと言いますが、事実は違います。実際には一九八九年の消費税導入後、日本の税収は減っています(図1)。日本の国内総生産(GDP)は増えているのに、税収が大幅に減っているのは、国が高額所得者や大企業の税金を引き下げてきたからです。
大企業の中には極端に低い税金ですんでいるところも(図2)。研究開発減税(減税されている九割以上が資本金一〇億 円以上の大企業)、外国子会社配当益金不算入制度(海外子会社からの配当は九五%非課税)などの恩恵を受けているからです。ところが経団連は消費税増税を 政府に求める一方で、「早期に法人実効税率を…三〇%まで引き下げ」るよう要望しています(「平成二四年度税制改正に関する提言」二〇一一年九月)。
「一体改革」の内容を批判するビラ(中央社保協) |
さらに「大綱」は「負担なくして受益はない」「年齢を問わず負担能力に応じた負担を」と豪語していますが、日本は、年収が一億円を超えると税金や保険料の負担率が下がる「お金持ち天国」です(図3)。株の売買や配当にかかる税金を、〇三年から一〇%(本来二〇%)に引き下げたことなども影響しています(表4)。社会保障の財源不足を言うなら、消費税増税ではなく大企業や富裕層の優遇をまずやめるべきです。
消費税導入後も悪くなる一方の日本の社会保障制度(図4)。 「『一体改革』は『能力に応じて負担し、必要に応じて受けとる』という、社会保障の理念を変質させ、『解体』するものです。“消費税を社会保障目的税にす る”と政府は言いますが、そうなれば国民は、『社会保障をよくしたいなら消費税増税、増税が嫌なら悪い社会保障で我慢しろ』という二者択一を迫られること になる」と相野谷さん。「『一体改革』の中身を広く国民に知らせ、民主党政権を解散に追い込んで、国民の信を問うべきです」と強調しました。
文・多田重正記者
いつでも元気 2012.4 No.246