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いつでも元気

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特集2 過労死をなくすために 人間らしい労働「ディーセント・ワーク」実現を

過労は労働者の健康全般に悪影響

疲労は自然なこと

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福地保馬
働くもののいのちと健康を守る全国センター理事長
北海道大学名誉教授(医学博士)

 過労死はなぜ起こるのでしょうか。まず強調したいことは「働いて疲れること自体は悪くない」ということです。スポーツ選手は厳しいトレーニングを重ねることで体力や筋力をつけ、技術や精神面も鍛えて、より「強く」なっていきます。
 一般の労働者も同じです。重要な仕事、難しい仕事、より多くの仕事を任されるなどの「負荷」がかかることで、より高度な仕事ができるようになったり、同 じ時間にできる仕事の量が増えたりします。労働は人間性の向上や健康増進につながります。仕事の目的が達成されることなどを通じて、労働者の自負や自己実 現にもつながります。
 ところが労働の負荷に対して十分な休息がとれないとか、通常の休息では回復しないような大きな負荷がかかると疲れが蓄積します。これが過労です。疲れる ことが問題なのではなく、疲れがとれない、蓄積していくことが問題です。
 図1は、残業時間が長いほど睡眠時間、余暇の時間、地域活動・交流などが減り、疲れがたまっていくことをはっきりと示しています。

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過労は死の危険を高める

 過労は高血圧・動脈硬化をすすめ、死の危険を高めます。
 現在の国の過労死認定基準のもととなった厚労省「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書」(2001年11月)は、長時間労働による睡眠不足 で疲労が蓄積すると「脳・心臓疾患の有病率や死亡率を高めると考えられており、1日3~4時間の睡眠は翌日の血圧と心拍数の有意(編集部注=偶然とは考え にくい)の上昇を、また、これよりやや長い1日4~5時間の睡眠はカテコラミンの分泌低下による最大運動能力の低下をもたらす」としています。さらに報告 は、睡眠時間6時間未満では狭心症や心筋梗塞の有病率が高くなり、睡眠時間4時間以下の人は冠状動脈性心疾患による死亡率が睡眠時間7~7・9時間の人と くらべて約2倍になるとの報告もある、などと述べています。
 図2は、脳や心臓の病気による死亡または労働不能となり、それが労災として認められた件数、ならびに認定するよう求めた請求件数です。

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精神障害の労災も増加

 疲労の蓄積がすすむと、脳や心臓の病気による突然死だけでなく、精神的な健康の悪化や自殺(過労自殺)にもつながります。
 図3は、精神障害が労働によってもたらされた「労災」に関するグラフです。07年まで請求件数・認定件数(自殺含む)が増えていき、その後も請求件数は急激に増えています。請求件数にくらべて認定件数が極端に少ないのは、いかに労災が認められにくいかを示しています。
 「会社にたてつくのは勇気が要る」のが日本ですから、実際には図3よりもはるかに多くの過労死や精神障害、過労自殺が起こっていると考えられます。図2も同じで、労災の「氷山の一角」と見るべきでしょう。

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過労は健康全体に悪影響

 過労は脳や心臓、心だけでなく、労働者の健康全体を悪化させます。やや古いデータですが、ある生命保険会社が同世代の男性平均を1・0とし、がん死亡のリスクを職業別に上位からならべたものが表1です。マスコミ、交通、金融、管理職、教育、中小企業、営業など、労働時間が長かったり、不規則な労働、緊張を強いられる職が上位になっています。過重労働が免疫機能を低め、がん発病を増やしたと考えられます。
 図4(次ページ)は職業別にみた人口1000人あたりの死亡者数です(15~64歳)。就業者全体が男性3・8人、女性2・0人なのに対し、「専門的・技術的職業従事者」「サービス職業従事者」などが多く、労働者の健康に職業が深く関係していることを示しています。
 無職男性が極端に高いのは、「死亡者数に職業が関係ない」のではなく、逆に不健康が失業の原因となったり、失業が不健康を招いていると理解されるものです。

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労働時間の総量規制が必要

 労働者の健康を守るには何が必要なのでしょうか。
 第1に、国の責任で労働時間の上限を決め、上限を超える長時間労働を認めないことです。
 日本は先進国の中でも労働時間が長い国です(表2)。労働時 間の規制がないことが大きな原因です。わが国の労働基準法は「一週につき四〇時間、一日八時間を超えて労働させてはならない」(第32条)と定めています が、会社が労働組合と時間外労働協定(36協定)を結べば、協定で定めた上限まで時間外労働をさせてもいいことになっています。つまり、時間外労働には上 限の規定がなく、青天井なのです。時間外労働を含めた労働時間全体を制限するのは、諸外国では当然です(表3)。
 また、企業の労働時間・労働条件を監督するのは、労働基準監督署ですが、全国的に労働基準監督署が減らされていることもあり、労働基準法違反の企業が あっても労働者の申告がなければ、労働基準監督署はなかなか動きません。労働者が違反を申告すれば「密告したのは誰だ」と企業内で“犯人捜し”まで始まり かねません。ですから労働基準監督署の体制を厚くし、監督官が自ら現場におもむいて企業を調査・監督する労働行政を機能させる必要があります。
 私たち労働者・国民の意識変革も必要です。先ほども述べたように、私たちの労働時間は1日8時間までと決まっています。日常的にそれを超えて働かせるの は本来「違法」です。雇う側も「割増賃金を払えば働かせられる」、労働者側も「お金がもらえれば残業してもいい」という認識をあらためた方がいいでしょ う。

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「同一労働・同一賃金」実現を

 第2に、いわゆる「雇用格差」をなくし、労働内容(価値)が同じなら、雇用形態や労働時間にかかわらず、同じ条件の処遇を受けられる「同一(価値)労働・同一賃金」を早急に実現することです。少なくとも、派遣労働は原則禁止です。
 非正規労働は、人件費を抑え、いつでも首が切れる雇用調節弁となっています。そのために、労働条件が悪く、そのせいで病気やけがをしても、休んだり、労 災補償を請求したりすることには仕事を失う覚悟が要り、労働者自ら尻込みするような状況です。
 また、非正規労働者の増加は、正規労働者の長時間・過密労働をはびこらせる原因でもあります。過重労働に応じない労働者には、「代わりは、いくらでもいる」といった無言の脅しになっているからです。

労働安全衛生活動の推進を

 第3に、労働者の健康を確保する活動を職場で強化することです。
 労働安全衛生法では、職場(事業所)に安全衛生体制(安全衛生委員会の設置、安全衛生管理者の配置、産業医の選任など)を確立して、労働者の健康障害を 防いだり、労働災害の原因を明らかにして再発させない活動をするよう義務づけています。しかし、きちんとされているのは一握りの事業所だけです。
 また、従業員50人未満の事業所では、安全衛生体制の規定自体が緩和されていて(産業医の選任義務がないなど)、10人未満の事業所では、安全衛生体制 自体がなくてもよいことになっています。そのために、せいぜい定期健診しか実施せずに過労死や職業病が出ても、放置されています。
 「事業所」とは、企業全体を指すのではありません。たとえば「支店」「工場」「営業所」などがそれぞれ「事業所」なのです。
 日本のほとんどの事業所は従業員が50人未満です。中小事業所での労働安全衛生体制の確立が図られるよう、法整備と国による支援が必要です。

労働者同士のサポートも

 第4に、労働者自身が、職場の労働安全衛生活動に積極的に取り組むことです。過労死の発生を防止する責任は、第一義的には国や企業にありますが、それを動かすのは労働者です。
 職場で、労災が繰り返されたり、労働安全衛生活動が低調なのは、労働者側にも責任があります。労働者と労働組合などが、職場でしっかりと労災の事案に向 き合い、職場の先頭に立って労働安全衛生活動をすることが大変重要です。
 また、労働のストレスは、周囲からのサポートがあるほど緩和されます。「サポート」とは、企業や上司からの適切な指導や援助だけではありません。労働者 同士が、お互いの仕事や健康の状況を理解しあい、助けあって困難を乗り切る職場の気風を作ることは大きなサポートです。世間話をするなど、日常的なつきあ いも心がけましょう。労働組合も大きなサポートとなるべきです。

過労死のない社会に

 昨年11月、過労死を根絶しようと、弁護士や過労死労働者の家族による「過労死防止基本法」制定の運動が始まりました。
 仕事の疲れやストレスを抱える労働者が6~7割(図5)という社会は異常です。ILO(国際労働機関)は「ディーセント・ワーク」を提唱しています。ディーセント(decent)は「まともな」「ちゃんとした」などの意味で、「まともな労働」「人間らしい労働」「安心して働ける労働」などと訳されています。
 ILOはディーセント・ワークを実現するため、正規・非正規にかかわらず労働者の権利を認め、尊重し、労働条件を改善することや、良質な雇用・収入の創 出、適切な自由時間の確保、所得の喪失・低下に対する補償などを掲げています。
 労働組合とともに国民が手をつなぎ、誰もが安心して働くことができる「ディーセント・ワーク」実現のためにとりくんでいきましょう。

■福地保馬著『ディーセント・ワークの実現を』が学習の友社より出ています(税込一〇〇〇円)

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いつでも元気 2012.2 No.244